第8話 ティムの決意

 次の日の夕刻。

 この建設現場は、一日で大変なパニックに陥っていた。古代の邪悪な怪物ニャーマトゥ復活のニュースはすでにこの工事現場で働く多くの労働者に伝わっていた。しかも近代兵器がまったく役に立たないときている。労働者の多くはとっくに逃げ出していた。まだ逃げていないのは責任者エリックたち数人とマギーぐらいのもの。

 ティムもそこにいた。もう女物のシャツは身につけていない。腰の周りにまとっているのは、マギーが最初に出会った時のような先住民のリンベ(腰布)だけ。全裸とたいして違わない格好だ。左手には先住民の槍を持っている。その他にはちっぽけな黒曜石のナイフぐらいのもの。表情は堅い。

 ようやく日没が過ぎ去り、最後の夕陽が男たちの顔を染めたころ、「いよお!」と明るい口調で、アランがまた姿を現わした。マギーとキスをし、エリックたちにも陽気に挨拶する。夫とまた再会したマギーもそうだが、エリックたちもどう声をかけていいのか分からないようだ。

 何と言えばいいのだろう。とっくの昔に死んでおり、埋葬も済ませているような男に。

「よう、花嫁さん」

 からかわれたティムは、さすがにむっとした顔をした。

「あなたも同じ目に遭っていれば、こんなの冗談で済まないのが分かると思いますよ」

「あなたも同じ目に遭っていれば、こんなのが冗談で済まないのが分かると思いますよ」

「ああ、そうだな。俺が悪かった」

 アランは素直に謝ったものの、しばらくは笑いの発作を抑えきれないようだった。

「でも、確かにあれは笑いごとじゃぁ棲まないよな。君を慰みものにするってのは」

「ナグサミモノ?」

「男なのに女のように扱う、てことだ」

「ああ、なるほど」

「他に君をどんなふうにするって言ってた、ニャーマトゥは」

「すごいことを言ってましたよ。僕に子供を産ませるとか」

「子供を……」と言いかけてマギーは口をつぐんだ。ニャーマトゥには男や女の区別はないという話を思い出したのだ。

「ええ、そうです。僕は七人の子供を産まされるんだそうです。ただ一人、ビューボラという女の子だけは、とっくに名前を考えてあるんだそうです。ニャーマトゥの話によると、見かけは人間そっくりで、しかも僕にそっくりでとっても可愛いんだそうです」

 一瞬、ティムの横顔に強烈な嫌悪感がよぎった。

「いくら褒められても嬉しくないです」

「そりゃまあ……」

「でもニャーマトゥ僕に産ませたいんだそうです。ビューボラはニャーマトゥの後継者、本当の悪夢の女王になれる存在だからって……」

 ティムはそのおぞましいビジョンに戦慄した。

「ニャーマトゥの悪夢のイメージが僕の中に流れ込んできます。ビューボラのイメージもぼんやりと……まだ深い霧の中の存在のようですけど、そのうちビューボラのイメージも固定されていって、ついには本当の人間のようになるのかもしれません」

「俺が本当の人間になるようにか……」とアラン。

「はい」

 そのイメージにアランやマギーたちをはじめ、集まった作業員たちもみんな恐怖した。架空の存在であろうと夢あろうと、自分の考えたものが現実になるとは何と恐ろしいことか。

 しかもニャーマトゥに対抗する手段が事実上、存在しない。拳銃やダイナマイトなどが通じないときている。

 ティムに残された武器は、聖なる槍とちっぽけナイフだけ。

「でも、負けませんよ」

 彼はどうにか勇気を奮い起こした。

「絶対勝ちます」

 悲壮な決意である。負ける可能性は高い。だが他に選択肢はないのだ。

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