第4話 夢に見た男

 悪人どもはさっと緊張した。マギーの手にしているリボルバーを目にしたからだ。しかもその銃身は怒りにプルプルと震えている。ちょっとした弾みで引き金を引いてしまいそうだ。デュガンらはひとかたまりになって、マギーから距離を置こうとした。マギーはじわじわと距離を詰め、やがて身動きできないティムのすぐそばにまでやってきた。

 だが、マギーも手詰まりだった。ティムのピンチに気づいて駆けつけてきたが、敵が三人というのはちょっと多すぎる。彼女の拳銃の腕で倒せるのは一人か二人まで。三人を倒すのは難しい。……どうする?

 とりあえず、ティムを救うのが先決だ。彼女は左手を伸ばし、ティムを何とか自由にできないかと試してみた。だが、手を縛っているいましめは簡単にほどけそうにない。

 突然、彼女は小さな悲鳴を上げ、びっくりしたように後ずさった。小さな黒いサソリが、自分のスカートの端にしがみついているのに気づいたのだ。あわててそれを振り払う。

 デュガンたちがサソリを前にして話し合っている場面を、マギーは直接見てはいなかった。明かりが暗くて見えにくいうえに、サソリが小さくて、目に入らなかったのだ。彼女はデュガンの自慢げな声を耳にしただけで、よく分からないがティムの危機だと思い、駆けつけただけなのだ。そのため、マギーの突然の出現にサイクスが慌て、サソリが落ちたことに気づかなかった。

 デュガンのその機会を逃さなかった。素早くマギーに後ろから飛びかかり、リボルバーをもぎ取る。さらにその頬に、乱暴な平手打ちを二度、三度と見舞った。マギーはふらふらになり、倒れそうになった。

「へへ、詰めが甘いぜ、先生よお!」

 デュガンはマギーを引き上げ、立たせる。

「この小僧をたった一人で助ける気だったのかい? 武器も何ももってない、フルチンの餓鬼をよオ!」

 その間にサイクスはサソリを拾い上げ、元通りにガラス瓶に入れていた。

「おお、そうだ」

 デュガンは名案を思いつき、悪魔のような笑みを浮かべた。

「この小僧だけ裸にしても面白くねえ。こっちの女医さんも同じ格好にしてやる、ってのはどうだ?」

 マギーは恐怖に襲われ、抵抗しようとした。しかしデュガンは奪ったリボルバーを彼女の喉笛に押し当て、抵抗を封じた。

「そいつは面白い」

 それまで無言だったコリーが、にやにや笑いながらいった。こいつもデュガンやサイクス同様、性根まで腐りきっているようだ。

「ひゃっはははは! そうだよ、何ヶ月も前から俺は祈ってたんだよ!」

 デュガンはマギーの顔に髭を押しつけ、高らかに笑った。

「お前とやってみたい、お前と寝てみたいってな! ニャーマトゥが人間の望みを何でも叶えてくれるって、こういうことだったんだな!」

 マギーは身悶えし、必死にデュガンの魔手から逃れようとした。しかし、コリーとサイクスが応援に駆けつけた。三人の荒くれ者の手にかかり、マギーの衣服は少しずつはぎ取られていった。ティムはもがくものの、猿ぐつわにせいでくぐもった声しか出せない。

 やがてマギーは最後の下着もまで奪われた。抵抗しようにも、銃はもちろん、ナイフすらないのだった。

「ははははは、お前はもうこの小僧と同じだ! パンツの一枚もない、すっぽんぽんなんだよ! どうだ、いつものように偉そうな口を叩けるか? ふはははははは!」

「そこまでだ」

 突然降って湧いた若い男の声に、一同は驚いた。ついさっきまで、この部屋にはデュガンとコリーとサイクス、そしてマギーとティム以外に人はいなかったはずだ。

 しかし今、六人目の男がそこにいる。歳は見たところ二十代後半、長身のデュガンにわずかに身長で負けているが、体格的には大差がない。

「てめえは!」

「お前らに名乗る名前などない」

 クールにそう言うと、男は旋風のように床を駆け抜け、デュガンの顔面にいきなりパンチを見舞った。デュガンは顔を押さえてよろめく。さらに二発、三発のパンチ。デュガンはグロッキーになり、ぐずぐずと床に崩れた。

 遅ればせながら、コリーとサイクスも応援に駆けつけた。しかし、二人ともたいした相手ではない。やはり男のパンチの連打を浴びた。三人は重なり合い、ひとかたまりとなって、床の間に転がった。

 男はまずティムのいましめをあっさり解いた。猿ぐつわがはずれると、ティムは自由に息ができるようになると、「ありがとうございます!」と男に礼を言った。男は「なあに、たいしたことじゃないよ」と恥ずかしそうに笑った。

 そして彼はマギーに顔を向け、三人の荒くれ者どもに奪い去られた衣服を返してやった。

「怪我はないかい、マギー?」

 マギーは震える手で衣服を身につけていった。まだ自分の身に起きたことが信じられなかった。

「すまない。もっと早く駆けつければ良かった。そうしていれば、こんな連中に恥をかかされずに済んだのに」

「アラン……」マギーの声は震えていた。「本当にあなたなの……?」

「ああ、そうだよ」アランは優しい笑顔で答えた。

「でも、そんなことあるわけない……」

「しかし、あるんだよ」

「でも、でも……」

 マギーは涙に濡れた眼で愛する夫の顔を見つめた。


「あなたはとっくに死んでるはずなのよ! 私、埋葬までしたのに!」


 アランはうなずいた。「ああ、そうだったね」

「こんなことありえない! 私、夢でも見てるんじゃ……」

「そうだ」とアラン。「これは夢だよ」

「だって……だって……」

「この子から話は聞いたはずだろ? ニャーマトゥには夢を現実に変える力があるって。君はピンチになり、僕に帰ってきて欲しいと強く願った。だから、僕は帰ってきた……」

「ああ、アラン!」

 マギーは泣きながら夫に抱きついた。とっくに死んでいる夫に。

「アラン。アラン。アラン……」

「ああ、泣かないで、マギー」

 アランは優しく妻の肩に手を回した。二人は熱烈なキスをかわす。

「ああ、アラン……」マギーはぼうっとなっていた。「あなたが夢だなん嘘みたい。だってちゃんと手触りがあるもの。それに体温も、重みも……」

「でも、夢なんだよ。君の願いを聞いたニャーマトゥが、一時的に作り出した幻影……いずれ消えるんだよ」

「いいえ、幻影でもかまわない。あなたとまた一緒になれるなんて……」

 二人の熱い抱擁を解いたのは、ティムの緊迫した科白だった。

「ねえ、あいつらの姿が変わってゆくよ」

 マギーとアランは驚いてそちらの方を見た。

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