第3話 邪神の生贄
真夜中にも関わらず、いや真夜中だからこそと言うべきか、その大音響は作業場で働いている多くの者が耳にしていた。エリックのような現場監督たちは、まだ夜明け前の真っ暗なうちに、馬を走らせ、現場に駆けつけた。マギーや愛馬を走らせ、その中に加わった。ティムもその一人である。
ちなみにティムはマギーの家で風呂に入った時のまま、風呂上がりでシャツ一枚の姿だった。用心のため聖なる槍と護身用の短剣だけは持ってきている。
今夜は満月だった。大地に刻まれた情景は時間が静止した世界のように、何もかも凍てついている。爆破された後の工事現場は、ピッケルやシャベルが散乱し、無残な有様だ。幸い鉄道から少し離れていたので、レールやトンネルには被害はないのだが。
「こいつは先住民なんかの仕業じゃないぞ」
エリックは言わずもがなのことを言った。掘り出された強固な岩は、ダイナマイトに爆破され、跡形も残っていなかった。
「あれはやっぱり隕鉄ですね」監督官の一人のジェファーソンという男が言った。「道理で普通のピッケルなんかで歯が立たなかったわけだ。全体が鉄の塊なんだから」
「インテツ?」ティムが口をはさむ。
「隕石のかけらだよ」少年のためにジェファーソンが解説する。「宇宙を飛んでいる大きな石。地球上の物質にはない成分を含んでいる。隕鉄にしても普通の石よりも硬いんだ。人間の科学力で同じものを作るのは難しいな」
ティムはジェファーソンの専門的な話を神妙に聞いていた。何かに納得したかのように、何度もうなずく。
「わかるの?」
ティムがジェファーソンと話を終えると、マギーは訊ねた。どうせこんな原始的な少年には、宇宙や隕石の話などちんぷんかんぷんだろうと思いながら。
「ええ。裏付けが得られました」
「裏付け?」
「伝説が本当だという裏付けです。ナシ・ハイジェの語る伝説によると、力ロハ・ジュジュは星の国の石の力を借りて、ニャーマトゥを封じる力を手に入れたんだそうです。その石はニャーマトゥを殺せはしないんですが、しばらく岩の間で眠らせることができるんだとか。そうして動きを止めていればその間は安全なんです。完全に滅ぼすことはできないんですが、また目が覚めるまで何年かは時間を稼げます」
マギーは落胆した。隕石がどうこうという話は、ティムの正気を取り戻すどころか、いっそう先住民の伝説に深入りさせてしまったようだ。
「しかし、どこに行ったのかな、マッドドッグ・アッシャーの野郎は?」
エリックは頭をかいた。証拠はないものの、この犯行がアッシャーの仕業であることに疑いはない。倉庫から大量のダイナマイトを持ち出し、火をつけるなんてバカな行為を、他の誰がやるというのか。しかし、いったい何のために?
「コリーやサイクスの姿も見えませんね」監督の一人のギャラハーという男が言った。「もしかして共犯ですかね?」
「たぶんな」エリックも同意した。「あの連中は何かにつけてつるんでやがるからな」
「しかし、こんなことをやらかして、どこに逃げる気なんですかね? 見たところ、どこにもいないようですが」
「さあな。何にせよ、もうこの近くにはいるまい」
エリックたちは何班かのチームに分かれ、消えたアッシャーたちの後を追うことにした。労働者たちは万一の場合に備え、銃の携帯は禁じられているが、アッシャーはどこかで銃を手に入れたのかもしれない。用心は必要だ。
エリックたちが馬に分乗し、アッシャーらを捜索するために工事現場から去っていった。あとにはティムとマギーだけが残された。
「私はもう少し、このあたりを探してみるわ。エリックたちが何か見逃してる可能性もあるから」
「注意してくださいね、マギーさん。夜ですし、暗いですから」
マギーは笑った。「あなたみたいな子供に心配されるような女じゃないわよ、私は」
マギーは馬に鞭をくれると、夜の道に注意しながら、ゆっくりと歩いていった。ティムだけがひとりぽつんと残された。あたりに何か手がかりでもないかと探してみる。地面を犬のようにクンクンと嗅ぎ、昼間たくさんの男たちに踏み荒らされた地面を調べ、消えたアッシャーの痕跡でもないかと探ってみる……。
と、人の気配に気づいた。
人間の耳ではほとんど感じ取れないほどのかすかな音だった。服がわずかにこすれるような音。そして靴底がちょっと小石を踏む音。こんな静かな夜でなければ気づかなかっただろう。靴を履かない未開人ならたてるはずのない音だ。
ティムは短剣を手にして油断なく近づいた。暗くて見えにくいが、相手はたぶん一人。襲いかかられても銃さえなければどうにか対処できる……。
だが、あることに気がつき、ティムはぎょっとした。エリックはアッシャーらは三人組だと言っていたではないか!
真っ暗な中で一人が真正面から襲ってきた。ティムはとっさに短剣を振るい、見えない襲撃者を撃退する。だが、すぐに二人目が背後から襲ってきた。ティムは両腕を背後から捕まれ、動きを封じられた。何とか自由を取り戻そうともがく。すかさず三人目の攻撃が来る。そいつには子供への容赦などまったくなかった。ティムは強烈なアッパーカットをくらい、続けてボディブローをくらった。大人でも呼吸できないほどの痛打だ。手に持っていた短剣と槍は、あっという間にもぎ取られた。
大量のダイナマイトを爆発させるなどという危険で目立つ行為を行なった犯人が、この近くをうろちょろしているはずはない。きっと遠くに逃げたに違いない……その思いこみを利用したトリックだった。一味はダイナマイトを爆破した後、古い倉庫の一角の誰も近づかない場所に潜み、明かりを消し、じっと息を殺していたのだ。
三人の男は倉庫の片隅に、抵抗できなくなったティムを引きずってきてボロ布のように放り出した。そこでようやくライターで明かりをつけた。
「縛り上げろ」
アッシャーは冷酷に命じた。
「猿ぐつわもかませるんだ」
コリーとサイクスはそれに忠実に従おうとした。だが……。
「ロープが足りませんぜ」
「ロープならそこにあるだろう」
三人は身動きできないティムを脱がせ、そのシャツを引き裂いて、猿ぐつわの代わりにした。両腕も裂いたシャツをロープの代わりにして、腕全体をきつく縛る。
両脚の膝は太い二本のロープで別々に縛られた。それらは床の二つの穴に通されて、それぞれ縛られている。ティムは両足を大きく開いた格好で、身動きできなくなった。さらにアッシャーは、短めのロープで上半身を縛るようにコリーとサイクスに命じ、ティムを立った姿勢で動けなくした。
この頃には意識を取り戻し、息もできるようになっていた。しかし、四肢の自由を奪われたうえ、口には猿ぐつわをかまされ、声が出せない。まさに絶体絶命の状況だ。
「ああ、みっともない格好だな、小僧。パンツもなしにすっぽんぽんか」ティムの哀れな姿を見て、アッシャーは大笑いした。「しかし、容赦はしねえ。俺に恥をかかせた奴には奴には、それ相応お返しをする。これが俺の流儀だ。相手が女だろう子供だろうと関係ねえ」
そう言って、顔にサディスティックな笑みを浮かべる。
「まあ、もっとも身体にそんなに傷はつけないんだがな。お前をそんなにひどい目に遭わせるなって、ニャーマトゥから言われてるから」
ティムはショックを受けた。こいつはニャーマトゥの名を知っている!
「ははは、そうか、俺がニャーマトゥのことを知ってるのか不思議か。無理もねえ。実を言えば俺が知ったのはつい最近だ。ニャーマトゥが俺に話しかけてきたのよ……夢で。
無論、すぐにゃあ信じなっかったよ。ただの夢だと思ったさ。しかし、ここにいるコリーとサイクスも同じ夢を見てると分かった。俺はピンときたね。三人が同じ夢を見た。これには信憑性がある!
ニャーマトゥは俺たちに話しかけてきた。俺たちの夢をみんな叶えてやる。金も女も権力も思いのままだってな。こんな工事現場で汗水垂らす働く必要なんてもうないって。
俺たちは機会が来るのを待った。ニャーマトゥが戒めから解放され、本来の姿と力を取り戻す日をな! それが今日なんだよ!」
「しかし、なかなか復活しねえなあ、ニャーマトゥはよう」
サイクスがぶつぶつと文句を言う。
「まだ条件が整ってないんだよ。ニャーマトゥが言ってただろ? 今のニャーマトゥにはまだ肉体がねえって。肉体を手に入れるには生け贄がいるってな。肉体を手に入れることで完璧になるんだ。つまり……」
アッシャーはティムの頬をナイフの先でつんつんとつついた。
「この小僧の肉体をよ」
「でも傷つけちゃいけないんでしょ?」
「いや、そう言うわけでもねえんだ。むしろ、死ぬほどの恐怖を味わわせろってよ。生け贄で気が狂うほどの恐怖がニャーマトゥのお望みだとか」
彼は冷酷な笑みを浮かべた。
「そうさ、お前を殺すようなことはしねえ。ちょっぴり痛い目に合ってもらうだけだ。どうだ、フェアだろう?」
「ということは」サイクスが期待をこめた口調で言った。「俺のかわいいペットの出番ですかね?」
「ああ、そうだ、サイクス」
アッシャーはくすくす笑いながら、サイクスに場所を譲った。サイクスはしゃがみこみ、ティムと視線を合わせた。コリーだけはまだ喋らない。その二つ名の通り、無口な男なのだ。
サイクスはいつも持ち歩いている小さなガラス瓶を取り出した。大きさは直径一〇センチほど。内部には小さなサソリがいる。今は眠っているのか、あまり活発に活動していない。
サイクスはティムの腰の高さで、瓶の蓋を開けた。そしてまだサソリが動いていないのを確認すると……。
ティムの下腹部に瓶を押しつけた。
ティムは悲鳴を上げたかったが、猿ぐつわのためにそれはできない。うーうーとくぐもった声を出すぐらいだ。サソリはまだ動いてはいない。だがこのままでは……。
「動かねえぞ」アッシャーが不満を洩らす。
「今は眠ってるんですよ」とサイクス。「ちょっと刺激を与えれば、動き出します」
「じゃあ刺激してみろ」
サイクスは左手で瓶をティムの腰に押しつけながら、右手でライターを探った。やがてライターに火がつく。サイクスはそれで瓶の底をあぶりはじめた。サソリは少しずつ、身じろぎをはじめた。
「小さなサソリだ」サイクスは笑っていた。「刺されたぐらいじゃ即死はしねえ。もっとも、かなり痛いがな。たぶん、お前のちんちんが真っ赤になって腫れあがるぐらいには」
「腫れる程度か?」とアッシャー。
「いや、このサソリの毒はかなりきついらしいですぜ。刺された場所は真っ黒になって、腐って落ちる場合もあるとか」
「そいつぁいいや!」アッシャーは手を叩いて喜んだ。「もうじきこの小僧のちんちんが、熟れすぎたプラムみたいにころって落ちるんだとよ! そうだ、おめえは明日から男でなくなるんだ! 女になるんだよ! おめえは可愛い顏だからな! 女になってもさぞや可愛いだろうなあ! 可愛いがってやるぜ、お嬢ちゃんよお!」
「……そこまでよ」
怒りに燃えるマギーの凜とした声が、夜の闇を貫いた。
「子供をもてあそぶだなんて、まったく最低の奴らね」
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