第31話 メディカルユニット
「……」
「……」
2人は言葉が出ずに立ち尽くす。
何も起こらないか、プーカが出てくるかの二択だと思い込んでおり、それ以外の人物が現れるとは、全く予想外だったのだ。
「あら、あなたが悠真さんですわね。そちらは、遥さんかしら」
「え……」
いきなり名前を呼ばれてさらに困惑する2人に、そのお姉さんは優しく微笑みかけた。
この物言いから、プーカが姿を変えたわけではないと知れる。
ゆったりとした白いローブを着たその女性は悠真たちよりも数歳年上に見えた。そして、肩まで流れるような銀色の髪にプロポーション豊かな体はどことなく色香を漂わせ、堀の深い整った顔立ちはギリシャ神話に出てくる女神を思い起こさせた。
「え、は、はい。あなたは一体……ていうか、な、なんで僕たちの名前を……」
「あなたはプーカじゃないですよね?」
遥の問いに女性は首を横に振った。
「もちろん違いますわ。私は、このメディカルユニットのオペレーター、マキシナと申します」
「メディカルユニット……」
「病気や怪我を治療するのが仕事ですわ」
「……」
「……」
2人は顔を見合わせた。
もしそうならこれは単なる医療機械であり、次元を超えるような機能を持たないのだろう。
もしかしてこのまま帰れるかもしれないと、心のどこかで期待していたが、そこまで都合良くはいかないらしい。
「あの……僕たちプーカを探してるんですけど、ご存知ありませんか?」
「私たち、元の世界に帰りたいんです! プーカなら、帰る方法を知ってると思うんです」
「はあ。そんなことより、二人ともどこか怪我なさってませんか。ご病気とかは?」
二人の言葉にも取り合わず、彼女はなぜか期待のこもった目で熱心に尋ねてきた。
「い、いえ、特には」
「私も健康ですけど……」
「ふうう、そうですかあ……。せっかく1万年ぶりの出番だと思ったのに、残念ですわ」
失意のため息をついて、マキシナが肩を落とした。
「あ、あの、それでプーカは……」
「……しょうがありませんね」
「へ?」
それはどういう意味かと問う前に、いきなり彼女が消えた。そして、二人が戸惑う間もなく、入れ替わるように別の人影が現れた。
「あ、プ、プーカ!」
「ああ……」
それはまさしくプーカであった。今度こそ本当に安堵して、二人が駆け寄る。
「何よ、あんたたち遅かったわね。ていうか、ハルカ、無事だったのね、何よりだわ」
「うん……。また会えてホントによかった」
二人は手を取り合って喜び合った。彼女からすると一ヶ月半ぶりの再会である。
「こんなところにいたのか。ていうか、なんでそんなボロボロなの?」
海底神殿で見たのと同じ魔女っ子の服装であったが、今はなぜかいろんなところがほつれたり、だらんと垂れていたり、彼女が放つ光も弱い。まさにくたびれた様子であり、およそ魔女っ子ヒロインという雰囲気はなかった。
「今のアタシの状態を見た目で表すとこんな感じなのよ。このユニットじゃ元々スペック不足な上に、もうエネルギーが残ってないのよね。キューブからするとコレはあばら屋みたいなものなのよ」
「へえ」
だが突然、プーカの隣にマキシナが現れた。
「いきなり押しかけてきて、文句を言われても困りますわ」
顔は笑顔だが、顔に縦線が入っている。そして、言うだけ言うと再び消えた。
「はいはい悪かったわよ。ここがあったおかげであたしも消えずにすんだのはホントだし。……まあ、そういうわけで、今はこのユニットに間借りしてるのよ」
やれやれという顔でプーカが肩をすくめる。
「はあ、なるほど……」
どういうシステムになっているのか皆目見当もつかなかったが、悠真は曖昧に相槌を打った。どちらせによ今はそれどころではない。
「それより聞いてよ、プーカ。ウルム村のキューブが壊されたんだ。たぶん、黒木って人がやったっぽいんだ」
「ぽいじゃなくて、本当にそうよ。全く、バカなことをしてくれたもんだわ。おかげで、私も戻るところがなくなって、しょうがないからここに来たんだから」
憤懣やる方ないという顔で、プーカが文句を垂れる。
「何で黒木さんが壊したって知ってるの? ウルムで聞いたの?」
「違うわよ。稼働している端末は全てネットワークで繋がってて、起こったことは共有されるのよ。このユニットもね。それで、ウルムのキューブが黒木の命令で自爆したという記録が残ってるわ」
「自爆……。それで、破壊できたのか。でも、なんでその人がそんなことができるの? 僕たちにはそんな命令出せないよね」
その問いに、一瞬プーカは逡巡した様子を見せたが、やがてため息をついた。
「しょうがないわね……これは薫にも言ってないんだけど、黒木修一は、ただの遺伝子保持者じゃないの」
「どういうこと?」
「彼は、キューブの地球側管理者の末裔なのよ。だから、かなり高いアクセス権を持ってる。もちろん、一万二千年もの間、キューブの操作法を伝承されているなんて思えないし、本人も知らなかったでしょうけど、どうにかして自分のアクセス権に気がついたのね。それで、いろいろ実験したりしたんじゃないかしら」
「そんな人が何でキューブを壊すのさ?」
「さあ、私にも分かんないわね」
「……ねえ、私たち帰れるよね?」
「……」
遥の言葉にプーカが口をつぐんだ。
「この装置を使って帰れないの? 君も出てきたんだし」
「……これは単なる医療装置よ。次元転送機能なんて付いてないわ」
「それじゃ、僕たちはもう帰れないってこと? ほかにキューブはこの世界にはないの?」
「……」
プーカは何やら難しい顔でしばらくの間黙っていたが、やむを得ないという様子で口を開いた。
「……あと1つだけあるわよ」
「え、ホント? どこにあるの?」
「……」
「プーカ、教えてよ」
「お願い。私たち元の世界に帰りたいのよ」
なぜかプーカは答えようとせず、ただ二人を見つめて何やら考えていたが、しばらくしてようやく重い口を開いた。
「……カルウィン古城の地下よ」
「カルウィン古城?」
「悠真くん、知ってる?」
「ええっと……」
悠真は、頭の中でこの世界の地図を思い出す。
「うん、確か、ここから西に行ったところにあったはずだよ。直接中に入ったことはないけど、近くを通ったことはあったと思う」
「そっか、さすが悠真くん。なんでも知ってるね」
「いや、はは。でも、結局、もう一つあるなら、心配しなくてもよかったよね」
遥に褒められて、緩む顔を締めながら悠真が答える。
「ほんとよ。プーカもこんな近くにいたし。私、この2ヶ月近く、一人で落ち込んでるだけで、何してたんだろって思っちゃうわ」
「遥ちゃんは悪くないよ。プーカがもったいぶらずに最初から教えておいてくれればよかったんだよ」
プーカに目を向けると、彼女はすこしふくれた顔で言い返した。
「何よ。勘違いしないでほしいわね。ホントは言いたくなかったのよ。でも、キューブが破壊されるって非常事態だから特別に教えてあげたんだから」
「へ? 何で言いたくないんだよ」
「あんたたちみたいな未開の種族と接する時は、厳格なプロトコルが決まってるの。ヘタにいろんなことを教えると、その文明の未来を変えちゃうことになるからね」
「へえ」
「でも、そのキューブを使えば、私たち帰れるのよね?」
「……」
だが、遥の問いに、プーカは再び無言になる。
「えっと、プーカ?」
不安になって、悠真が促したとき、言いにくそうにプーカが答えた。
「ええ、帰れるわよ。……動かせればね」
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