第30話 異文明の痕跡



(……ん?)


 肩を揺すられた気がして悠真が目を開けると、明るい日差しの中、誰かが覗き込んでいるのが見えた。

 それが誰かを理解するのに、少しかかる。


「え、あれ……遥ちゃん……」

「おはよう、悠真くん」

「うわ、お、おはよ」


 慌てて身を起こし、周りを見回すと見慣れない場所だった。

 頭が回転し出して、ようやくそこが遥の部屋だと思い出す。


(そうか、僕、遥ちゃんに泊めてもらったんだ……)


 改めて彼女を見ると、とっくに起きていたのか、すでに着替えていた。


「よく眠れた?」

「う、うん。なんとか……」


 同じベッドで寝て、しかも、彼女のネグリジェ姿や寝顔を見たことや、手を繋いで寄り添って寝たことまで一気に蘇り、声がぎこちなくなる。

 遥もそれを察したのか、恥ずかしげな笑みを浮かべた。


「あ、えっと、その……もうすぐ朝ごはんの用意ができるから、そろそろ起きて顔を洗ってきてよ。洗面所は一階にあるよ。はい。これタオル」

「う、うん。ありがとう……」


 好きな女の子に起こしてもらえるというのは、何と幸せなことだろう。

 思わず幸せに浸る。


「あの……どうかした?」

「え? あ、い、いや、なんでもないよ。じゃあ、顔洗ってくるね」


 気づかないうちに遥の顔を見つめていたらしい。

 慌てて取り繕いつつ、なお夢見心地で、ベッドから起きた。




「うわあ、すごい豪華だな」


 顔を洗って戻ってくると、テーブルには朝食が並んでいた。

 目の前に置かれた大きめのプレートには、目玉焼きと薄い肉を焼いたもの、野菜を煮込んでソースをかけたものが乗せられている。そして、木の碗にはスープ、小鉢には野菜のおひたしらしきものが入っていた。さらに、テーブルの真ん中に置かれたバスケットにはパンがいくつか積まれている。

 遥の部屋にキッチンはないが、共用の台所があると聞いている。おそらく、そこで作ったのだろう。


 これまでの食事を見る限り、この世界の食材は元の世界、特にアジア地域のものと似ている。

 それは、動植物が似ているせいだ。特に、牛や、ブタ、ニワトリ、羊などの家畜は地球のものと区別がつかないほどである。植物は詳しくなかったが、少なくとも、食材は見慣れたもの、あるいは見聞きしたことがあるものが多かった。


「悠真くんに美味しいものを食べてもらいたくて、朝市に行って材料を買ってきたんだ。お口に合えばいいけど」


 悠真が席につくと、遥はティーポットを持ち上げ、彼のマグカップに薄青い液体を注いだ。ハーブティーのようだ。芳しい香りが辺りを漂う。


「わざわざ僕のために? うれしいな」


(一緒に寝て、朝起こしてもらって、作ってくれた朝ごはんを一緒に食べるなんて、新婚さんじゃないか……)


 にやけそうになる顔を必死で押さえようと、真面目な顔を作る。


「じゃ、じゃあ、いただきます」

「はい、召し上がれ」


 まず、煮込みを匙で掬って口に運ぶ

 反応を待つ遥に見つめられながら、もぐもぐと噛み締めると、口一杯に旨味が広がった。


「うわ、美味しいよこれ」

「ホント? よかったあ」


 不安だったのか、遥が安堵したように破顔した。

 悠真は順番に口に入れていく。が、どれもお世辞など必要ないくらいにうまくできていた。

 

「遥ちゃんって、料理うまいんだねえ」

「そんなことないよ。ここに来て毎日やってるから慣れただけよ」

「そうかなあ、すごくおいしいよ」

「そう? ありがと。そう言ってくれるなら、元の世界に帰っても、続けてみようかな」


 遥かがはにかんだ顔を見せる。


「じゃあ、その時はぜひ僕も食べさせてよ」

「もちろん。食べてくれる人がいないと張り合いがないから」

「やった!」

「ふふ、そんなに喜んでくれるとうれしいな」

「だって、遥ちゃんの手料理だから」

「またそんなこと言って」


 ひとしきり笑って、遥が話を変えた。


「ところで、今日はどうするの? キューブを探しにどこかに出かけるの?」

「ああ、そのことなんだけど、僕に考えがあるんだ」


 ハーブティーを口に含んで喉を潤し、昨晩思い出した手掛かり、すなわち異文明の痕跡について話した。

 

「……じゃあ、本当に帰れるかもしれないんだ」

「そのまま帰れるかは分からないけど、少なくとも手がかりは得られると思うんだよね」

「そっか……」


 遥はそうつぶやいて、そのまま何も言わずに悠真を見つめた。そして、瞳が潤んでいく。


「へ? あ、あの、どうかした?」

「ごめんなさい。私、もう帰れないって半分諦めてたから、なんだか、嘘みたいで……」

「遥ちゃん……」


 この一ヶ月半、どれほどつらい気持ちでいたのかが、よく分かる。

 だが、同時に悠真は、急に不安になった。自分だって、確信があるわけではない。ぬか喜びさせるかもしれないのだ。


「あ、でも、本当に帰れるかどうか分からないよ。手がかりにはなると思うけど……」

「ううん。いいの。希望が持てるだけで、私」


 ひとしずくこぼれた涙を指で拭って、遥が健気に微笑んだ。


「僕、絶対に帰る方法を見つけ出して、遥ちゃんを連れて帰るから」

「……ありがとう、悠真くん」


 すこし落ち着いたのか、今度は朗らかな微笑みを見せた。


「それにしても、すごいね。悠真くんって、ここに来て日も経ってないのに、すぐに手がかりを見つけるんだもん。私、2ヶ月近くこの世界に住んでるのに、そんなのがあるなんて全然知らなかったよ」

「僕はゲームでは3ヶ月以上この世界に住んで、いろんなところを冒険したから」

「そっか、そう考えれば、悠真くんの方が先輩だね。なんだか、頼もしいな」

「いやあ、そんなことないよ、はは」

「ふふ」


 遥に頼りされ、面映い悠真であった。





 それからおよそ1時間後。


「ここだよ」

「ものすごく立派な建物ね」

「うん」


 2人は、大通りから何本か道を外れたところにある巨大な建物の前にいた。


 それは、重厚な石造りの大神殿であった。地球で言えばローマの神殿とモスクを掛け合わせたような独特の意匠である。何本もの石柱が天井の部分をささえているのが見える。正面には幅の広い巨大な階段があり、2階ほどの高さにある入り口に繋がっている。その両側にはまだ昼前というのに大きな篝火が赤々と燃え盛っていた。

 

 昨夜、悠真はこの神殿に手掛かりがあることを思い出したのだ。


「たしか、この奥にあるはずなんだ」

「うん!」


 二人は、意気揚々と中に入っていく。


 目当ては、悠真がゲームで見た、とある物体である。

 クエストでここに立ち寄ったとき見つけたのは、高さ1.5メートル、幅が1メートル、厚さが30センチほどの、のっぺりした金属板のような装置だった。いわゆるモノリスを小さくしたようにも見えたその物体は、最初は何かの記念碑かと思ったが、近づくといきなり光りだした。そして、なぜかパソコンの画面に「起動しますか」というメッセージウインドウが現れた。


 それまで、ゲーム側からの意思伝達は、すべて音声で行われていた。あのようなウインドウが表示されるのは、音量や解像度の変更などシステムに関わることだけだったのだ。しかも、何の飾りもない、いかにもOSの標準仕様と思われるウインドウだった。

 不思議に思って「はい」をクリックすると、モノリスのそばに天使と妖精を掛け合わせたような格好をしたお姉さんが現れた。そして、話をしているうちに、希望するなら自身のキャラを強くすることができると言ったのだ。

 その時は、まだ単にゲームをプレイしているつもりでいたから、システム側で設けたチート機能をそれらしい雰囲気を出して作ったのだと考えていた。


 しかし、ゲームのアヴァロンは、こちらの世界を完全コピーしたものであると薫から聞かされている。


 つまり、あの装置はこの世界に実在するはずで、もしそうなら、キューブを作った種族によるものだと気がついたのだ。そして、現れた妖精は、姿を変えたプーカだと考えれば辻褄は合う。彼女はアメーバにでも変身できるのだから。


 もちろん、立方体のキューブとは形状が異なるため、同じ機能を持たないかもしれない。だが、プーカさえ呼び出せれば、この先どうすればいいかも分かるだろう。


「うわあ」

「すごく広いね」


 神殿の内部は一般的な体育館の倍はあろうか。そして天井は3階くらいの高さがある。

 中央には円形のステージに祭壇らしき物が据え付けられている。

 また、周囲の壁に沿って、数メートルごとに、石棺と聖人と思われる石像が置かれている、おそらく、石像が石棺に葬られている人物を表しているのだろう。壁にはその人物を称え弔う内容の詩文が彫られていた。

 

 悠真自身にとっては、ゲームでここに来たことがあるため初見ではない。それでも、本物の迫力に気圧される思いだった。


 まだ午前中ということもあるのか、人はまばらにしかいない。

 2人は興味を惹かれキョロキョロと見回しつつ、中に進む。そして、中央のステージを過ぎ、さらに奥に進んでいく。

 そして、最奥に隣接する数メートル四方の小さな祭室に入ると、その真中にそれが祀られていた。


「ああ、やっぱりあった。これだよ」


 それは分厚い金属の板だった。

 ゲームで見た通りだ。

 おそらく訪問者がむやみに触らないようにするためだろう、膝の高さの細い支柱が数本、周りを取り囲むようにして埋め込まれ、一本の綱が巡らされている。


「ふうん。形が違うけど、確かにキューブの材質に似てるね」

 

 遥が少し顔を寄せ、興味深そうに見つめる。

 彼女の言う通り、金属のような陶器のような不思議な材質で作られ、何の突起も部品も見えないのっぺりした様と質感は海底神殿で見たキューブと酷似している。

 やはりプーカの文明が作ったものに違いない。悠真は現物を見て確信した。


「うん。きっと、同じ文明の機械だと思うんだ」

「ゲームではここからプーカが出てきたのね?」

「そうなんだよ。じゃあ、ちょっと呼び出してみよう。あ、ちょっと待って、人がいないか見てくる」


 人前でプーカがいきなり現れると騒ぎになる。悠真は、小部屋の入口から顔を出し、主神殿を見回した。幸い、近くには誰もいなかった。


「大丈夫だ。じゃ、いくよ。ルクレス!」


 悠真が、再び金属板の前に立ち、召喚の言葉を口に出したその瞬間。


「はいはーい」


 何の前触れもなくいきなり人影が現れた。


「おお」


 安堵する2人、やはりこの金属板はプーカの文明のものだったのだ。

 だが……。


「て、あれ?」


 悠真と遥は思わず固まった

 出てきたのはプーカではなく、白いローブのお姉さんだったのだ。


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