第29話 決意
そして、二人はゆっくりと食事を楽しんだ後、シャーラの店を辞し、再び遥の部屋に戻ってきた。
「ただいま~。悠真くんも、遠慮なく入って」
「お邪魔します」
遥に続いて、悠真も部屋に入る。
すっかり遅い時間だったが、中は、大きな窓から入ってくる月明かりで、暗くはなかった。
遥がテーブルにあるランプに火を灯すと、部屋がぼんやりと明るくなる。
月明かりと相まって幻想的な趣だった。
「……ふう、楽しかったね」
「うん。料理も美味しかったし……」
「……」
「……」
2人は、再びテーブルを挟んで話をし始める。
しかし、どうも部屋に戻ってきてから、双方ともに互いを意識しているのか、会話がぎこちない。
やがて、本格的に夜も更けてきた。
「そ、そろそろ寝る? 明日もあるし」
悠真が大きなあくびをするのを見て、遥がやや緊張した様子で尋ねた。
「そ、そうだね」
「それなら、ちょっと待って」
彼女は立ち上がると、クローゼットの引き出しの一つを開け、ゴソゴソと漁って服をいくつか取り出した。それを悠真に渡す。
「はい、これ。こんなのしかないんだけど、よかったらパジャマの代わりに着て」
手渡されたのは、ピンク色の長袖のシャツと、ゆったりしたコットンらしき赤色のズボンだった。いかにも女の子向けであるが、ボロボロの汚れた旅人の服で寝るよりマシだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして。えっと……それじゃ、私も寝巻きに着替えようかな……」
意味ありげな遥の視線を察して、悠真はあわてて彼女に背を向けた。
「あ、ぼ、僕はこっち向いて着替えるから」
「ごめんね」
遥がテーブルの上のランプを消して、ベッドに向かった気配がした。それに合わせて、悠真も着替え始める。
だが、背後から衣ずれの音が聞こえて、妙に緊張した。急にここが女の子の部屋で、しかも一晩一緒に過ごすのだという実感が湧いてくる。
「はい。いいよ」
「うん」
振り向いて、悠真は息が止まった。
「あ……」
薄い麻地のゆったりとした白いワンピース。いわゆるネグリジェのような寝間着に身を包んだ彼女は、月の光に照らされ、幻想的で、そして、胸を射抜かれるように愛らしかった。
悠真は思わず息を呑む。
「やだ、じっと見ないで。寝巻き姿を見られるのは恥ずかしいんだから」
つい見入ってしまっていたのだろう、遥が恥ずかしそうに身をよじらせて抗議した。
「あ、ご、ごめん。すごく可愛くて見惚れちゃった」
「え?」
「うわ、ご、ごめん、変なこと言って」
思わず本音を漏らし、慌てて取り繕う。
遥が、頬を染めたまま微笑んだ。
「ううん。そう言ってくれてうれしいよ。ありがと」
「うん……」
「あ、その服、悠真くんにサイズぴったりだね。それ、この街に来て初めて買った服なんだ。サイズが分からなくて、適当に買ったら、私にはちょっと大きすぎて合わなかったの。悠真くんに着てもらえて良かった」
「そっか、色が僕には可愛すぎるけどね」
鏡はないが、自分の姿を想像する。遥には似合うだろうが、自分が着ると相当キモいというか、滑稽に見えるはずだ。
「ふふっ、似合ってるよ」
「はは……」
「……」
「……」
気恥ずかしい沈黙が流れる。
耐えきれなくなって、悠真が先に声を上げた。
「さ、さあ、もう寝よっか」
「うん。そうね」
遥が、掛け布団をめくってベッドに入るのを見て、悠真が慌てて言った。
「あ、あの、遥ちゃん……」
「なに?」
「あ、あのね、シャーラさんはああ言ったけど、僕は、適当に床に寝っ転がらせてもらうね」
「え、でも……」
遥がどこか戸惑った声を上げる。
「さすがに、僕が隣に寝るのは遥ちゃんも嫌だろうし、僕は床でも平気だから」
そう言い置いて、悠真が離れようとすると、半身を起こして遥が止めた。
「あ、ちょっと待って、悠真くん。あ、あの……ベッドで一緒に寝ようよ」
「えっ」
「あ、ち、ちがうの、変な意味じゃなくて、その……、床は硬いし、ほら、日本みたいに靴を脱がないから汚れるし……、このベッドは結構大きいから、二人でも大丈夫だし、それに、予備の毛布もなくて、悠真くんが風邪ひいちゃうから……」
遥が言い訳のように言い募った。
「そ、そう? いいの?」
「うん。悠真くんは優しくて、紳士だから……」
「ありがとう。じゃあ」
「うん」
遥が体を奥にずらして悠真のスペースを空ける。そして、掛け布団をめくり上げた。
「はい、どうぞ」
「お、お邪魔します」
緊張して、思わず頭を下げながら悠真もベッドに入り、2人して横になる。
広いと言っても一人ならの話であり、実質セミダブルほどの大きさである。二人並んで寝れば、ギリギリ肩が触れ合わない程度しかない。彼女の息遣いすら聞こえる距離だ。ちょっと体を動かせば、弾みで手や足が彼女の体に触れる。さらに脈拍が上がった。
おまけに、隣の遥本人からだけでなく、枕や毛布からも彼女の香りが漂ってくる。何というか、遥に抱きつかれているような錯覚を引き起こし、ますます鼓動が早くなった。
「ふふ。なんだか変な感じだね」
遥の声に我に帰る。
隣を見ると、遥もこちらを向いて、楽しそうに微笑んでいた。
「……うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
悠真は、目を閉じた。
だが……
(寝れない……)
隣の遥に意識が行って、目が冴える。
(まさか、同じ部屋どころか、遥ちゃんのベッドで一緒に寝ることになるとは……)
キスもしていないどころか、手も握っていない。いや、そもそも付き合ってもいないのだ。もちろん、いずれは想いを告げるつもりであり、もしうまくいけば最終的にはこんな状況もありうるかもしれないが、順番が相当におかしい。
これは単なる雑魚寝なのだと言い聞かせる。
とはいえ、しばらく悶々としていたら、ようやく体が暖かく、目蓋が重くなってきた。夜明けとともにウルム村を出てからいろんな事があった。やはり今日一日で相当疲れたのだろう。
そして
どれくらい経っただろう。
悠真は、何かの声で目が覚めた。
気がついたら眠っていたようだ。だが、窓から見える月の高さが、まだ明け方近くにもなっていないことを示していた。
その時、そばからすすり泣く声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん……」
遥の呟きが耳に入ってくる。
顔をそちらに向けると、彼女は背を向けて肩を震わせていた。
やはり、無理をして気丈に振る舞っていたに違いない。
悠真を見た瞬間、帰れると勘違いさせたのだから。
「遥ちゃん」
細い肩にそっと手をかけると、彼女は微かに体を震わせた。
そして、目を擦ってこちらに寝返りを打ち、涙で濡れた目で微笑んだ。
「ごめんね。起こしちゃった?」
「それはいいんだけど、大丈夫?」
「うん、平気。ちょっと寂しくなっただけ……」
「……」
そこで悠真は自分でも思ってもみないことをした。布団の中で、彼女の手を探って握ったのだ。
「あ……」
遥が驚いたように体を固くしたが、すぐに握り返してきた。
「悠真くん……」
「大丈夫だよ。必ず帰る方法を見つけるから。それにずっとそばにいるから」
「うん……うん……。ありがとうね。わたし、悠真くんが来てくれてホントによかった」
遥は、安堵の微笑みを浮かべると、体を寄せてきた。自然と体が密着する。
「お願い。今日だけでいいの。こうしていて」
「う、うん。いいよ」
「ありがと、なんだかホッとする」
そばに来て安心したのだろうか、やがて、遥の安らかな寝息が聞こえてきた。
目を向けると、穏やかな顔で眠っている。
悠真がそばにいれば怖いものなどなにもないと信じ切っている顔だ。
(うわあ……、やばい、可愛すぎる……)
初めて見る彼女の寝顔は無邪気で、直視するのも恥ずかしいぐらい愛らしかった。
そしてまた、愛しさと同時に、責任感とか義務感が悠真の心にふつふつと湧いてきた。
(……絶対、帰る方法を見つけて、連れて帰らなきゃ)
遥を起こさないように気をつけながら仰向けになり、自分の思いに沈んだ。
(でも、どうすればいいんだ?)
天井を見上げつつ、思考を巡らす。
さきほど、シャーラに言った通り、帰るためには別のキューブを見つけるしかない。問題は、この世界に、別のキューブが存在するのかということだ。だが、色んな街を行き当たりばったりに訪れて聞き込みするというのは、どうも効率が悪いし、時間もかかる。
それに、もしこの世界にないなら、完全に時間の無駄である。
(プーカさえいてくれれば済んだのに)
彼女がいれば、別のキューブがあるのかないのか、あるならどこにあるのか、そして、もしないなら、他に帰る方法があるのか、全てがはっきりするはずなのだ。
だが、キューブが壊れてしまい、もうプーカが出現することはない。ウルムのキューブに何度呼びかけても現れなかった。インターフェース兼ナビゲーターである彼女は、キューブの一部なのだろう。それが壊れた以上、彼女も起動しないのは当然だ。彼女に会いたければ、別のキューブで呼び出すしかない。
したがって、キューブを見つけるにはプーカを呼び出すしかなく、彼女を呼び出すにはキューブを先に見つけるしかないというジレンマに陥る。これでは、どうしようもない。
(はあ)
悠真はため息をついた。
(そういえば、あれからどうしたのかな)
ふと、プーカの顔が頭に浮かんだ。
全人類をこき下ろす彼女のコメントは、今思い出しても自然と笑みが溢れる。
小憎たらしいところもあるが、会えなくなると寂しいものだ。
(え、でも、あれ、ちょっと待てよ……)
だが、ここで辻褄が合わない点に気がついた。
頭の中で、これまでの時系列を考える。
悠真がこの世界に現れたとき、すでにウルムのキューブは破壊されていたはずだ。しかし、プーカは、悠真とともにこの地に着いた後も、消えずに存在していた。つまり、ウルムのキューブとは連動していないのではないか。そもそも地球側のキューブから出てきたのだから、こちらのキューブとは関係ないのかもしれない。
どのような仕組みで彼女が動いているのかは分からない。しかし、転送後も問題なく存在していたのであれば、彼女はまだこの世界にいるのではないか。
(そうか、まだ会えるかもしれないんだ)
これは、かなり勇気が出る見通しである。
とは言え、実際に彼女を見つけ出すのも難しそうだ。彼女があの魔女っ子の姿で街をうろつくとも思えないし、姿を変えられたら、探しようがない。
(ううっ、こんなの、どうすりゃいいんだよ)
途方に暮れて、思わず頭に手をやる。
だが、そこまで考えた時、一つのアイデアが浮かんだ。
(いや、待てよ……、そうだ、一つだけ手がかりがあるじゃないか!)
ゲーム内でもう一つ、妙なものを見たことを思い出したのだ。その時には何とも思わなかったが、こうなって初めて気がついた。この世界にそぐわない、いわば異文明の痕跡。
(明日は、あれを見に行こう)
悠真は心に決め、最後にもう一度安らかな遥の寝顔を見て、再び目を閉じた。
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