第28話 シャーラの提案



 そして、宿から数分のところにその店はあった。


 『女王の厨房』という名前のその店は、レストランと酒場を兼ねたような作りで、テーブルが7、8個ある比較的大きいものだった。

 全体的に店内は、ゲームでよく見た場末の酒場よりも小洒落た雰囲気が漂っている。とは言え、客層は服装を見るに庶民しかいない。

 すでに夕飯時が過ぎているせいか、多くの客が酒を飲んでいた。


「あら、あんたたち、きてくれたんだね」


 入り口で二人を目ざとく見つけて、シャーラがやって来た。さっきは派手に見えた真っ赤なドレスは、この店には不思議と似合っている。


「積もる話は済んだのかい?」

「ちょっと話し込んじゃって、気がついたらこんな時間だったの。まだ晩ご飯食べられるよね?」

「ああ、大丈夫だよ。無理にでも作らせるから。その辺に座っておくれ」

「うん」


 二人はちょうど近くに空いていた二人がけの小さな丸テーブルに座った。


「悠真くん、何食べる?」


 テーブルに置いてあったメニューを遥から受け取り、ざっと目を通す。一般的な酒場よりも食べ物の種類が多いようだ。


「何がオススメなの?」

「そうねえ、肉詰めのパイか、春魚の香草包み焼きがおいしかったな」

「じゃあ、肉詰めのパイにしようかな」

「そう? じゃあ私、魚にするね」


 そして、やって来た給仕に、付け合せのサイドディッシュも一緒に注文すると、しばらくしてシャーラが料理を持ってきた。


「はいよ、おまちどう」


 彼女は手慣れた手つきで、料理の皿と、ぶどう色の飲み物を二人の前に置いた。


「あれ、私、頼んでないけど」

「あたしの奢りだ。アンタのめでたい日だからね」

「ありがとう、シャーラさん。嬉しい」

「ありがとうございます」


 悠真も頭を下げる。


「いいってことよ。アタシもじきに休憩だから、また来るよ」


 ニヤリと笑って頷くと、また仕事に戻っていった。


「じゃあ、冷めないうちに食べよっか」

「うん。いただきます」

「いただきます」


 早速、パイを頬張る。


「あ、これ、ホントに美味しいよ」


 肉汁が滴るような肉の塊がたっぷり詰まった具はスパイシーな味付けで、厚めのパイ皮ととてもマッチしていた。


「そう? よかった。私も好きだから、気に入ってくれてよかった」

「通いたくなる味だね」

「そうなのよ。でも、毎日来れる値段じゃないけどね。今日は、悠真くんが迎えに来てくれたから、特別よ」


 彼女の笑顔を見ると、本当に悠真に会えたことを喜んでいるように思える。

 悠真は改めて、ここに来てよかったと幸せな気持ちになった。


「そこは人気画家の遥ちゃんに頑張ってもらわないと」

「そうね。じゃあ、私が悠真くんを養ってあげる」


 悠真は思わずむせそうになった。


「う、そ、それは嬉しいけど、僕、何か情けない気がするな」

「そんなことないよ。悠真くんには帰る方法を見つけてもらうんだから」

「そっか……、そうだね。がんばるよ」


 そして、お互いに軽口を交わしながら、食事に舌鼓を打ちつつ、よもやま話に花を咲かせていると、シャーラが悠真たちのテーブルにやってきた。


「いいかい?」

「うん、座ってよ」


 遥が椅子をずらして悠真の隣に来る。

 シャーラは近くのテーブルから空いている椅子を持ってきて、二人の前に座った。

 すでに頼んであったのか、別の給仕係がやってきて、シャーラの前にこれまた真っ赤な飲み物を置いていった。

 シャーラがそれをグッとあおる。


「クーッ。仕事中の一杯は格別だねえ」

「ふふっ、お疲れ様」

「これでもう少し給料がよけりゃいうことないんだけどね。そういや、ハルカ、あんた国に帰っちまうのかい? この子が迎えに来たってことはそういうことだろ?」

「ううん。違うの。悠真くんも帰れなくなったのよ」


 そして、帰れない事情を遥が説明した。シャーラは事情を聞かされていたのだろう。キューブの存在や、それが壊されたことも知っていたようだった。


「……というわけで、帰れないままなの」

「そうか……。それは、気の毒だったね。あんたの気持ちを考えると、よかったなんて言えないが、だけど……アタシとしては、あんたと別れなくていいなら、うれしいよ」


 彼女にとって遥が妹分というのは事実らしく、その声には安堵の響きが感じられた。


「うん。私もよ。帰ったら、たぶんそう簡単に会えなくなるかもしれないから」

「だけど、やっぱり、遠くないうちにアンタが家族の元に帰れることを祈ってるよ」

「ありがと。悠真くんがきっと帰る方法を見つけてくれるから。ね?」

「え、う、うん」

「で、これから、どうするつもりだい?」


 シャーラの問いに、遥も聞きたいという顔で悠真を見た。


「えっと……そうですね、まだ具体的には決めてないんですが、他にもキューブがないか調べつつ、半年ほど前に来たもう1人の同胞を探そうかと」


 悠真は、とりあえずこれまで考えてきたことを述べた。

 一番簡単で確実なのはプーカに出てきてもらうことである。だが、キューブのインターフェイス兼ナビゲーターである彼女は、残念ながら、ウルム村の壊れたキューブからは出現しなかった。こうなった以上、自分たちでプーカ、あるいは別のキューブを見つけ出すしかない。もちろん、もし存在すれば、ということであるが。

 また、キューブを破壊したと思われる黒木が、何らかの事情を知っているのは間違いないだろう

 プーカないしは別のキューブと黒木の行方、これが現時点で考えうる僅かな手がかりであった。


「私より前に来たって、黒木さんって人? シャーラさんは知らないって言ってたよね?」

「ああ、そんな奴もそんな遺物も聞いたことがないな」


 シャーラが肩を竦める。


「そっか。私も色んな人に聞いてみたけど、みんな知らないって言ってたよ」


(この町では、見つからないのかもしれないな)


 この街に来て間のない遥はともかく、顔の広そうなシャーラも聞いたことがないというのは、あまりいい知らせではない。


「この街で見つからなければ、他の街に行ってみます」

「まあ、気を落とすなよ。あたしも客に聞いてみるよ。こんな商売してるんだ。色んなところから客が来るからね」

「……そうですね」

「大丈夫だよ。きっとあんたたち2人とも国に帰れるさ」


 シャーラは、励ますように言って、話を変えた。


「それで思い出したが、アンタたち、西の方でヤバイ魔物が出たって聞いたかい? なんでも、小さな集落が全滅したんだとよ。命からがら隣村まで逃げ果せた奴が、『真っ黒な影が襲って来た』って言って事切れたらしい。このところその噂で持ちきりだよ」

「へえっ、全滅って怖い話ね。悠真くん、知ってる?」

「初耳だよ。冒険者ギルドでも聞かなかったし……。それに、真っ黒な魔物なんて、見たことない気がするな」


 記憶を探ってみるが、黒いクマっぽいのは覚えがあるものの、『真っ黒な影』に相当する魔物は見たことがないはずだ。ただ、悠真とて、ゲームですべての地域を踏破したわけではない。


「まあ、この街は王立騎士団もいることだし安全だよ。それに、近いうちに討伐に出るらしいからね。だけど、西に行くなら気をつけたほうがいい」

「なら、最初はレントにでも行ってみます」


 悠真は東の大きな都市の名前を挙げた。


「ああ、それなら逆方向だし、あたしも安心だね」

「それって、ここから遠いの?」

「たぶん、途中で一泊しないといけないかな」


 ゲームの地図を頭に浮かべる。ウルムからアル・ケインズまでの倍近くはあったはずだ。


「そっか、ちょっとした旅行だね。私、ここに来てからどこにも遠出してないから、楽しみかも」

「うん」


 悠真も、2人で旅行することを想像して、浮き立つ心を抑えきれなかった。なんと言っても、これから帰還するまでは、ずっと彼女と一緒なのだ。


(起きてから寝るまでずっと一緒って、すごいな)


 普通に高校に通っていれば、考えられないことである。


 だが、そこで悠真は気がついた。


「ああっ!」

「どうしたの?」

「忘れてた! 僕、まだ宿を取ってないや。うわ、どうしよう……僕、もう行かないと……」


 この町に着いてから、遥を探すことばかりで、さらに出会えた後も、有頂天になっていた。今晩泊まる場所など全く眼中にもなかったのだ。


 あまり遅くなると、部屋が埋まっているか、泊めてもらえない恐れがある。流石に野宿は避けたい。そして、電話もメールもないこの世界では、部屋を取るなら直接出向くしかないのだ。


「え……もう行っちゃうの? せっかく会えたのに」


 遥の表情が翳った。

 悠真に行ってほしくないという気持ちがよく分かる。

 もちろん悠真自身も彼女のそばにいたかった。


「じゃあ、それなら、遥ちゃんの宿で部屋を取るよ。そうすれば、遅くまで一緒にいられるでしょ」

「でも、うちの宿ってアパートみたいなものだし、たしか空きもないよ。ね?」


 遥が確認を求めると、シャーラがうなづいた。


「ああ。こないだまで14号室が空いてたが、埋まっちまったからな」

「そっか……」


 悠真は失望した。それなら一旦は別れないといけないのだ。


(修学旅行みたいに、同じ建物で泊まれればよかったのにな……)


「……仕方ない。この近くで宿を探すよ。また明日朝一番で会いに来るから」

「う……ん」


 遥が心細そうにうつむくのを見て、シャーラが言った。


「なあ、そんな面倒なことしなくても、ハルカの部屋に泊まればいいだろう?」


「「えっ」」


 二人の声が重なる。


「で、でも……」

「それなら、ずっと一緒にいられるし、宿代もかからんし、いいことづくめだ。一人用のベッドでも2人くらい寝れるしな。せっかく久しぶりに会えたんだ。素敵な夜を過ごせばいい」

「い、いや、でも、あの、僕たち友達で、まだそういう関係じゃ……」


 悠真の抗弁にシャーラが呆れた声をあげる。


「かああ、ウブだねえ。別にいいじゃないか、それならそれで。おんなじベッドで寝たって、絶対アレコレしないといけないわけじゃなし」

「アレコレって……」


 ふと遥を見ると頬を真っ赤にして俯いている。

 それを、躊躇と受け取り、悠真は腰を浮かせた。


「やっぱり、僕、宿を探しに行くよ」

「あ、あの……ゆ、悠真くん……」


 遥が悠真の袖を摘んで引き止めた。


「え」

「あの……ね、泊まってもいいよ……というか、泊まっていってほしいな……わたし」

 

 その様子が、置いてけぼりにされそうな小さな子供のようで、悠真は一瞬胸を突かれた。


「いいの?」

「うん……だって、もう……一人になるのはいや……なの」


 彼女の泣きそうな微笑みが、なぜか痛々しい。

 そこでようやく気がついた。彼女はこの異世界で閉じ込められ、見捨てられたかもしれない恐怖と戦いながら、一ヶ月半も一人で生きてきたのだ。まだ来て3日目の自分では想像もできないほどの不安に耐えていたに違いない。


(そうだ。遥ちゃんを一人にはしておけない)


 よく考えれば、自分が床の上にでも寝ればすむのだ。というか、そうするのが当たり前である。今は、彼女を心細い目に遭わせないようにするのが先だ。


「分かった。遥ちゃんがいいなら、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」

「うん……よかった」


 涙目で安堵の笑顔を見せる遥を見て


「かあああっ、初々しいねえ」


 シャーラが、楽しそうにまた酒をあおるのだった。



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