第32話 最適化
「ちょ、ちょっと、それ、どういう意味だよ」
『動かせれば』――― その言い方に不吉なものを感じて、悠真は思わず声を上げた。
「もしかして、故障してるの?」
遥も不安げな表情である。
「違うわ。黒木がもう一つのキューブをネットワークから切り離した上に、わたしをキューブから締め出したのよ。管理者権限でね。おかげであたしはこのユニットに来るしかなくなったってわけよ。でも、キューブがちゃんと動いているのは間違いないから、安心して」
「安心してって……。プーカを締め出すって、なんでそんなこと……」
安心どころの話ではない。キューブを破壊したうえ、プーカを締め出すのことに何の目的があるのか、悠真は理解できずに戸惑った。
「さあ、見当もつかないわね。ただ……」
面を引き締めて、プーカが続ける。
「一つ言えるのは、ろくでもないことを考えてるってことね。キューブは、わたしがいないとできないことも多いけど、わたしがいるとできないことも多いのよ。運用規則に違反するようなことをさせない権限があるから」
「……てことは、黒木さんはプーカに見つかるとマズいことをしてるってことか……」
プーカが大きく頷いた。
「そりゃもう、キューブを一つ自爆させただけでも管理者権限剥奪モノの重罪だわよ。……とは言っても、わたしを追い出したからって、あいつに何ができるのか分かんないけどさ。どうせキューブのシステムを理解できるわけじゃないだろうし」
「……じゃあ、プーカはもうキューブを使えないってこと? 私たち、どうしたらいいの?」
「帰れないわけじゃないよね?」
「……」
「プーカ?」
プーカが悔しそうな表情で二人を見た。
「……アンタたちが帰る方法は2つあるわ。一つは、キューブのアクセス権がわたしに戻されること。もう一つは、黒木が自分でキューブを動かしてアンタたちを転送させることよ。……ただ、どちらにしても彼の許可がいるわね、納得いかないけど」
「……」
「……」
悠真と遥は顔を見合わせた。
面識がないとはいえ、本来なら同じ立場の、言ってみれば仲間である。たとえ黒木がキューブの管理者の末裔であったとしても、何の問題もないどころか、むしろ好都合のはずだ。
だが、ウルムのキューブを破壊し、もう1つのキューブからプーカを追い出した輩である。
「悠真くん、どうしよう?」
「そうだね……」
不安げな遥をこれ以上動揺させたくない。悠真は努めて平静に自分の考えを述べた。
「とりあえず、カルウィン城に行ってみようよ。まず黒木さんと話して、事情を確認しなきゃ。もしかして、何か深い理由があるかもしれないしさ。それから、僕たちを地球に帰してもらえるように頼んでみよう」
遥が頷く。
「そうね、私もそれがいいと思う。これから行く?」
「うん。だけど、ちょっと遠いから、先に準備してからにしよう」
「分かった」
「プーカも来てくれるかい?」
だが、彼女は首を横に振った。
「ホントなら直接わたしが行って確認したいんだけど、このユニットのエネルギー残量を考えるとここから動くのは厳しいわね。キューブを取り返すまでは、わたしがいなくなるわけにはいかないし。ここから接続できないかやってるわ」
「そうか。それなら仕方ないな。……それじゃ、遥ちゃん……あっ、いや、ちょっと待った!」
遥を促して、祭室の出口に向かおうとした時、ふと、これまで見落としていた事実に気がついた。
「どうしたの、悠真くん?」
「……もしかしたら、まずいことになったかも」
「え」
「何がよ?」
プーカも疑念の眼差しを悠真に向ける。
「ねえ、プーカ。カルウィン城って、確かここから西にあるんじゃなかった?」
「そうよ、それがどうしたの?」
「うわあ、やっぱりか……」
悠真は頭を抱えた。
「悠真くん?」
「ほら、昨日シャーラさんが言ってたよね。西でヤバイ魔物が出るって」
「あ、そういえば……」
「その城は、ここからほとんど真西にあるんだ。もしかしたら、途中でその魔物と会うかもしれない」
「そんな……」
遥の不安げな表情を見て、悠真は迷った。
キューブがそこにある以上、どうにかしてたどり着くしかない。だが、コボルドならともかく、いくつかの集落を全滅させたという魔物である。彼女の身を守りながら、切り抜けられるのか自信がなかった。
かといって、いつまでもここにいるわけにはいかないのも事実である。黒木がキューブを使って何を企んでいるのかは分からないが、これ以上面倒なことに巻き込まれる前に彼に会い、送り返してもらうべきなのは明らかであった。
「あ、でも、討伐隊が近いうちに出るって言ってなかった?」
遥の言葉を聞いて、悠真も思い出した。
「そうか。じゃあ、魔物が退治されるまで待てばいいのか」
具体的にいつになるのかは分からないが、村が全滅するほどならこの国にとっても緊急事態である。すぐに出動するのではないだろうか。
だが、その案はプーカによって却下された。
「残念ながら、それはダメよ」
「なんでだよ?」
「わたしのエネルギーがそこまで持たないわ」
「え」
「こうやって出現するだけなら、あと数日は大丈夫だけど、キューブの状態次第じゃ、エネルギーを使っていろんな処理をしなくちゃだめでしょ。だから、一日も無駄にできないわ。わたしが消えちゃったら、あんたたちも帰れなくなるかもしれないんだから」
「うう、そうか……」
(どうしたらいいんだ……)
だが、ふとメディカルユニットに目をやったとき、ゲーム内での会話を思い出した。
「そうだ! ねえ、プーカ。この機械って、チート機能がついてるんじゃないの?」
「は?」
理解できないという顔で、プーカが言い返す。
「何分かんないこと言ってんのよ。チートって、不正な手段でキャラを強くする反則わざのことでしょ? メディカルユニットにそんなものついてるわけないじゃない。それに、これは現実でゲームじゃないんだから」
「じゃあ、僕が見たのはゲームの創作ってこと? あのゲームはこの世界の完全コピーって聞いたんだけど」
悠真は、ゲーム版ではマキシナらしき女性が現れ、この装置にチート機能が備わっていることを見つけた話をする。
だが、プーカはまだ半信半疑だった。
「でも、今も言ったけどこれ、ただの医療装置よ。あ、でも……そっか、そういう使い方もあるのかしら。そんなの考えたこともなかったけど……。マキシナ?」
「はいはーい」
プーカがメディカルユニットを振り返って呼びかけると、再びマキシナが現れた。
「あんた今の話聞いてた?」
「はい。ちょっと検証しますから、お待ち下さいね」
「ええ。お願い」
マキシナは指を口元に当てて、やや上を見上げて何か考えるそぶりを見せた。
と思った途端
「確認できましたわ」
「早っ。本当にちゃんと考えたの?」
思わず悠真がツッコミを入れると、プーカが言い返した。
「何言ってるの。今この子はあなたの世界のスーパー(笑)コンピュータが100万年かかる計算をやったのよ」
“スーパー”のところで、彼女が吹き出す。
「……いちいち人類をこき下ろさなくてもいいから」
「ゴメンゴメン。そんなつもりじゃなくて、後進文明の種族が健気に頑張ってるのを見ると、可愛くなっちゃうのよ。ほら、よくあるじゃない。3才くらいの子が、カッコつけて戦隊ヒーローの決め台詞を言ったりすると、可愛くて吹き出しちゃうでしょ? それと一緒よ」
「うーん。それと同じ……なのか?」
悠真が頭をひねる。
「だって、量子どころか、あんな太古のバイナリシステムに、鼻息荒く『スーパー』なんて名前つけたら、そりゃ、かわいいじゃない? なんか、がんばってって思っちゃうわよ」
「……別に鼻息が荒いわけじゃないとは思うんだけど」
プーカの例えに苦笑いしながら、悠真が言い返す。
「まあ、アンタたちは薫が言ってたように絶賛成長中の種族だけど、周回遅れなのは事実なんだから、子供扱いされるのは我慢しなさい。で、どうなの、マキシナ?」
「できますよ。普通の種族では効果がないですけど、この方達は生命体としてはまだ進化途上ですので、改善する余地があります」
「ああ、そっか。そういうことね。それなら効果あるのか。……ダメね、ついついこちらのレベルで考えて、意味なんてないと思っちゃった」
何か納得した表情で、プーカがうんうんとうなずいた。
「……なんか引っかかる言い方だけど、メディカルチートか、面白い設定だな」
「言葉が悪いわね。人体の最適化って言いなさいよ」
「はいはい」
「まあ、あんまりエネルギーを無駄遣いしたくないんだけど、今あんたたちに死なれたら、あたしもどうしようもないし仕方ないわね」
やれやれとプーカがため息をついた。
「じゃあ、マキシナ、お願い」
「はい。では、2人とも目をつぶってください。いきますよ」
目を瞑ると、一瞬体が浮遊するような感覚に見舞われた。
「……はい。処置完了です。二人とも目を開けて大丈夫ですよ」
「へ」
「え、もう?」
「あらあら、あれから1万年以上も経つのに、本当に進化が遅い種族なんですねえ」
マキシナのコメントを聞き流しながら、自分の体を見回してみる。
一見すると、どこも変わったようには思えない。
だが、横から遥が戸惑った声を上げた。
「あれっ?」
「どうしたの、遥ちゃん?」
見ると、彼女は祭室の入り口の向こうに目を凝らしていた。
「私、目が良くなった気がする」
「へ、あ、そう言われてみれば……」
悠真も、目を凝らしてみる。もともと目が悪い方ではなかったが、先程よりもかなり遠くまではっきり見えるのが分かる。それだけではない。
「あ、カバンが軽くなった」
これまで肩に感じていた旅人袋の重量が軽いのだ。実際に手に持ってみても、何も入っていないように軽い。
「そりゃそうでしょ。筋力も骨格も向上したんだから」
「へえ」
ジャンプしてみると、体が軽くなった気がして、これまでよりも高く飛べる。
「なんかすごい……」
「あなたがたの肉体と精神に悪影響が出ない程度ですから、大したことはできませんでしたけど、魔力は相当に強くなったはずですわ。ただ、肉体的には20パーセントほどしか改善してませんので、まかり間違っても不死身になったとか魔物相手に素手で無双できるとか思わないでくださいね」
「呪文も強くなったの? どれどれ、試してみよう。あ、遥ちゃん、ちょっと後ろに下がって」
「うん」
遥が後方に下がって距離をとったのを見て、プーカとマキシナを前にして悠真が剣を抜き、中段に構える。
そして、炎の剣を発動すべく、いつものように念を込める。
だが、その効果は劇的だった。
「きゃあっ」
「うわあっ」
いきなり、猛烈な炎が剣から吹き出したのだ。
普段なら刀身が赤く光り、薄く炎を纏うだけだ。それが、ものすごい炎が爆発するような勢いで数メートルの高さまで一気に膨れ上がった。
慌てて魔法を消す。
だが……
「あ……」
悠真の後方にいた遥は驚いただけですんだが、真正面にいたマキシナとプーカは、ススまみれになり、髪の毛はちりぢり、服も焦げてボロボロになっていた。
「ちょっと、アンタ……」
「……」
怒気と呆れを含んだ声をプーカが漏らす。
その隣でマキシナがうつむきながらワナワナと肩を震わせていた。
「うわ、なんか、ゴメン……。こんなすごいとは思わなくて……。あ、で、でも、二人とも黒焦げになるなんてすごいね。しかも、怪我一つしてなさそうだし。さすが、先進文明は違うね」
単なるホログラムなら、こんなふうにはならない。実体を持つ生命体と同じような状態になるというのは、それこそ高度な文明のなせる技だろう。
「……ホメてごまかしてもだめよ、全く」
「魔力は相当に強くなったと申し上げましたわよね。ね?」
「……スミマセンデシタ」
マキシナの圧力に素直に頭を下げて、刀を収める。
「……まあ、いいわ。これで大抵の魔物がきても大丈夫でしょ」
「そうですわね。でも、もう他の人を焦がしちゃだめですよ」
「は、はい。じゃあ、いこう、遥ちゃん」
「うん」
「二人とも、ありがとう」
「頑張んなさいよ」
「お気をつけて」
二人は、礼を言って、大聖堂を出たのだった。
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