第26話 再会



「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」


 悠真は、画材店の中に入って、店主らしい四十代ぐらいの男性に話しかけた。上品な口ひげで、文化人的な雰囲気を漂わせている。


「ん、なにかな?」

「外に飾ってある、えっと、異国っぽい絵を描いた人を探しているのですけど……きっと、僕と同じ国から来た女の子ですよね」

「ん? ほう。君もニホンて国から来たのかい? そうだよ、ハルカが描いたんだ。君は、あの子の友達かい?」

「は、はい!」


 主人が名前まで知っていることに胸が高鳴った。


「僕、彼女に会いに来たんですけど、どこに住んでいるかご存知ですか?」

「ああ、イルマ通りの『女神亭』って宿に住んでるって聞いているよ。確か、あそこは長期滞在者用だから、しばらくはいるつもりなんじゃないかな」

「ありがとうございます! 行ってみます」


 喜び勇んで店を出ようとすると、背後から店主に止められた。


「あ、ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「今からハルカに会いにいくなら、伝えておいてくれないか。外に展示してある絵が売れそうなんだ。次の作品を早めに頼むって」

「分かりました」


(遥ちゃん、もしかして人気あるのかな? てか、冒険者ギルドに顔が効く担任の次は、異世界で人気画家のクラスメートかよ。すごいな、うちのクラス)


 思わず、笑みが溢れてくる。

 悠真は再び礼を言って店を出た。


 これでようやく会える。悠真は浮き立つ心を抑えきれず、小走りで、大通りから一本南にあるイルマ通りに向かった。


■■■


 そして、半時間も立たないうちに、悠真は女神亭2階にある一室の前にいた。


 この宿屋は画材店から近く、10分ほど歩いたところにあり、人に聞けばすぐ分かった。木造の立派な建物で比較的大きい。

 玄関で女将さんらしき女性に尋ねると、遥は確かに泊まっており、今も部屋にいるはずとのことだった。

 部屋の番号と位置を教えてもらって、二階に上がると、廊下の両側に幾つかのドアが並んでいるのが見える。その数から見て、十数室はあるようだった。


 そして今、彼女の部屋の前に立ち、いよいよだという思いで、ドアをノックする。


『はあい』


 すぐに部屋の奥から返事が聞こえてきた。


(遥ちゃんだ!)


 久しぶりの遥の声を聞き、喜びと緊張で胸が高鳴る。

 そして、ドアが開いて女の子が出てきた。それは、間違いなく遥だった。


「遥ちゃん!」

「えっ……、ゆ、悠真……くん?」


 信じられないものを見たかのように、遥が硬直する。


「うそ……ホント……に……?」


 彼女は、白いブラウスに、ブラウンのサルエルパンツ、その上からバギーなスモックに似た上衣を身に着けていた。胸元のフリルと相まって、画家っぽい出で立ちである。

 そして、相変わらず、いや、初めて見る異世界の私服姿がより一層かわいかった。


「遥ちゃん! 迎えに来たよ」


 驚きで固まっていた遥の表情が、安堵と喜びに変わり、彼女の目に涙がこみ上げてくる。


「心配したけど、無事でよかったよ。留学したって聞いてたのに、まさかこんなところにい……」

「あ……ああっ。悠真くん……わたし……わたし……」


 悠真は最後まで言い終えることができなかった。遥が、涙をボロボロ流しながら、彼に抱きついて来たのだ。


「遥ちゃん……」


 悠真は背中に手を回し抱きしめてやる。少し気恥ずかしかったが、いたわってやりたい気持ちが勝った。同時に、華奢だと思っていた彼女の体が、信じられらないほど柔らかいことに気がつかされる。そして、彼女の髪がいい匂いがすることも。


「……一人でよく頑張ったね」

「うん……わ、私、もう帰れないって、一人で生きていくしかないって……」

「もう大丈夫だよ。これからは僕が一緒だから」

「うん……うん……よかった……悠真くん……」


 胸で泣きじゃくる遥の背中を優しく撫でてやる。

 遥がさらにギュッと抱きついてきた。

 安堵と幸福な気持ちが悠真の心を満たしていく。


 その時だった。

 何か背後でドアが激しく開いた音が聞こえたと思ったら、背中に突き刺さるような鋭い声が飛んできたのだ。


「ちょっと、アンタ! その子に何やってんのさ?」

「え」


 驚いて振り返ると、若い女性が仁王立ちで悠真を睨みつけていた。向かいの部屋のドアが開きっぱなしなのが目に入る。その部屋の宿泊客らしい。

 年は、二十代中頃、整った顔立ちにやや派手目の化粧と真っ赤なカジュアルドレスに身を包み、全体的にいわゆる姉御肌の性質が見て取れる。そして彼女は怒りの形相で悠真を睨みつけていた。


「いい加減にしな。ハルカを泣かすとアタシが承知しないよ」

「え、あの……」


 今度は悠真が硬直する番だった。いきなりすぎて上手く口が回らない。

 それだけではない。

 さらに、いくつか別のドアが次々に開いて、それぞれの部屋から数名の若い男女が出てきたのだ。

 彼らの何事かという表情が、すぐに不審の目に変わり、さらに不穏な空気を漂わせながら、悠真ににじり寄ってきた。どうやら、全員、悠真が遥を泣かせたと思ったらしい。


「言っとくけど、事と次第によっちゃただじゃ済まないよ」


 女性の言葉は脅しには聞こえない。彼女の周りの者たちも同じ心持ちらしい。


「あ、えっと、これは、その……」

「違うの、シャーラさん、悠真くんは私の友達なの」


 しどろもどろの悠真に代わって、遥が前に出て説明した。


「へ」

「私を迎えにきてくれたのよ」

「ん? ああ! そういうことだったのね」


 悠真の髪と瞳の色を見て、ようやく状況が分かったらしい。

 シャーラと呼ばれた女性は、矛先を緩め、肩を竦めた。


「そりゃ、誤解してすまなかったね。ハルカはアタシの妹分みたいなもんだから、ついカッとなっちゃった。アンタ、名前は?」

「ゆ、悠真です」


 誤解が解けたことに胸をなでおろしながら答えると、なぜかシャーラは妙な声を出した。


「ははーん、アンタがユウマかい」


 そして、値踏みするように彼を頭のてっぺんから爪先まで見る。

 悠真は、途中の戦闘で生傷だらけ、服も裂けたり血の跡がついたりして、結構ボロボロである。シャーラはその有様を測るように見つめた。


「あ、あの……」

「ここまで一人で来たのかい?」

「え? は、はい」

「ふーん」


 意外そうな声を上げたが、それは、どことなく感心したという響きが感じられた。


「一見ひ弱そうだけど、剣は使えるようだね。なら、この子もちゃんと守ってやってくれよ」

「は、はい!」 


 どうやら、彼女の目にかなったらしい。

 そして、彼女は遥にも尋ねた。


「あんたは大丈夫なんだね?」

「うん、ちょっと嬉しくて泣いただけだから」

「そう。ならいい。そういうことなら、せっかくの感動のご対面を邪魔しちゃ悪いから、アタシはこのまま仕事に行くよ。ほら、アンタたちも部屋に戻りな」


 彼女は自室のドアを閉めながら、他の者たちにも引っ込むように手で合図すると、皆それぞれに遥に微笑みかけたり、目配せしたりしながら、三々五々にそれぞれの部屋に戻る。それを見れば、彼らもまた遥と親しく付き合っているのがわかった。

 またシャーラもニヤリと意味ありげな微笑みを見せた。


「あとで夕飯でも食べにきなよ」

「うん、ありがとう」

「じゃね、ごゆっくり」


『ごゆっくり』を妙に強調して、背中で手をヒラヒラ振りながら、階段を降りていった。

 再び廊下に静寂が戻る。


「ご、ごめんね、びっくりしたでしょ?」


 シャーラの微笑みと言葉に何かを汲み取ったのか、少し頬を染めつつ、遥が気遣った。


「う、うん。でも、今の人、遥ちゃんのこと妹分だって言ってた」

「そうなんだ。私がここに来て知り合いになって、仲良くしてもらってるの。さっき部屋から出てきた他の人たちもそうよ。私が遠い国から来たって言ったら、とても親切にしてくれて」

「へえ、そっか、よかったね。親切な人と知り合えて」

「うん。……あ、こんなところで立ち話してごめんね。散らかってるけど、入って」

「じゃあ、お邪魔します」


 今の一幕に気がそがれたが、遥に出会えた興奮が蘇る思いで、胸を高鳴らせつつ彼女の部屋に入ったのだった。



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