第25話 見慣れた場所


 翌日、悠真は夜明けと共にウルムを出発した。


 アル・ケインズまでは徒歩では遠く、日没までに到着するには、この時間に出るしかない。魔物が出るこの世界では、夜は街の外を歩かないというのが鉄則である。


 結局、昨日は夕刻近かったこともあり、カサラの屋敷に泊めてもらった。

 よほど疲れていたらしい。夕食を食べてすぐベッドに入ったにもかかわらず、泥のように眠りこけ、目覚めるまでの記憶がない。


 この世界に来てたった二日間とはいえ、オスプレイと潜水艦を乗り継いで超古代神殿に行き、異世界転送から、フェリスの死、そして魔道の習得に、キューブの破壊など消化しきれないほどのことが起きた。気づかないうちに心身ともに疲弊していたのだろう。


 だが、たっぷり睡眠を取ったおかげで、疲れはすっかり取れた。加えて、アル・ケインズに行けば遥に会えるという期待で、悠真は元気がみなぎっていた。

 

『くれぐれも、お気をつけて。そして、お国に帰ることができた時は、ケイゴへの伝言を頼みましたよ』

 

 カサラが、ウルム村の出口まで見送ってくれた。

 そして、弁当といくらかの路銀まで持たせてくれたのだ。


『ありがとうございます。なんとしても元の世界に戻って、先生に伝えます』


 そして、ウルム村に別れを告げ、街道をひたすら歩いて数時間。

 おそらく日の高さから見て2時か3時ぐらいに、ようやく道の先に大きな街が見えた。


「やっと、着いた……」


 道中の苦労を思い出し、思わず独りごちる。

 平原を渡る街道を歩いているうちは良かった。しかし、途中の山道や森道では、数回ほど魔物が出現し戦う羽目になり、身体中に生傷を負ったのだ。ウルムから離れるにしたがって出現する魔物も強くなり、苦戦したせいだ。ポーションの節約のため、包帯や布を巻いて凌いでいるが、けっこうボロボロである。


 だが、これでいよいよ遥と再会できる。悠真は再び元気を取り戻して、意気揚々と大きな市門に向かう。そして、それをくぐると、そこは大都会だった。


「おお……」


 この街には国王が住む王宮があり、いわば首都としての機能を果たしている。

 日本の大都市には叶うべくもないものの、何条もの通りが連なり、数万人が住んでいる。

 特に市門から真っ直ぐに伸びる大通りは幅が数十メートルもあって、たくさんの人や馬車や牛車が行き交い、なかなか壮観な光景であった。

 すでにゲームでは見慣れた光景ではあるが、やはり実物を目の当たりにするのとは異なるのだ。


(……さて、どうするかな)


 ひとしきり街並みを堪能した後、ブラブラと大通りを歩きながら考える。

 ここはウルムやフューコットとは規模が異なるため、闇雲に探し回っても見つかる確率は低い。


(まずは酒場に行ってみるか)


 ゲームではフェリスとともに滞在していたこともある街だ。言わば土地カンもある。画面で見た景色を思い出しながら、いくつかある酒場の一つに向かうことにする。


 だが……


「さあ、知らねえな」

「見たことないね」

「うーん、覚えがないわね」


 と、めぼしい酒場と、さらには食堂何軒か回っても全て空振りに終わった。


(うーん、ちょっと当てが外れたな。どうしよう)


 これほどの大都市である。すぐに見つかるとは思っていなかったが、淡い栗色の髪と茶色の瞳の人がほとんどのこの世界で、黒い髪と瞳は目立つ。誰か見かけたことぐらいはあって、酒場の話のネタぐらいにはなっていると思っていたのだ。


 しばらくあてもなくうろついていると、寺院らしき荘厳な建物の前で、絵を描いている男性を見かけた。


(そういえば、パリでも路上で絵を描いている人が多いって言ってたな)


 芸術が盛んなところでは、異世界でもやることは同じなのかもしれない。


(遥ちゃんもあんな風に絵を描いているのかな)


 彼女は、異世界の絵が描きたくてアヴァロンに来たのだ。今頃どこかで絵を描いているのだろうか。

 と思ったところで気がついた。


(そうだ! 同じ絵描きなら、知ってるんじゃないか?)


 絵描き仲間の小さいコミュニティなら、異国から来た若い彼女を見知っている人がいてもおかしくない。


「すみません」


 熱心にキャンバスに向かっていた男性のそばまで寄って話しかける。

 二十歳ぐらいの快活そうな若者だ。

 彼は筆とパレットを持ったまま悠真を振り返った。


「ん、なんだい?」

「あの、僕と同じ国から来た、遥って女の子を探してるんですが、ご存知ないですか? 僕と同じ、黒い髪と黒い目の」

「ええと……そういえば……」


 じっと悠真の顔を見つめた。髪と瞳を見比べているようだ。

 すぐに、何か思い当たったのか笑顔になった。


「ああ、思い出した。名前は分からないけど、少し前に街の絵を描いている女の子を見たよ。たしか黒髪だったと思う」

「どこに住んでいるか分かりますか?」

「さあ、話したこともないからなあ。ちょっと前に何回か見かけただけだし」

「……そうですか、ありがとうございます!」


 礼を言ってその場を離れる。

 滞在先が分からなかったのは残念だが、いきなり彼女を見かけたことがある人を見つけたのは幸先が良い。しかも、何回か見かけたということで、彼女がこの街を拠点にしているのは間違いない。


 やはり、絵描きに聞いて回るのが良いということで、同じように写生している人を探してて歩く。

 ゲーム中はあまり気にも留めていなかったが、芸術が盛んな街らしく、絵描きや楽器を演奏する大道芸人がちらほらといた。


 そして、絵描きを探しては遥の消息を尋ねること小一時間。

 裏道なども歩き回って、数人ほどに尋ねてみたところで、おかしいことに気がついた。


 割と多くの絵描きが遥のことを覚えており、中には世間話をしたことがある者すらいた。それはいい知らせなのだが、皆一様にこの十日前後の間、彼女を見ていないと言ったのだ。


 不吉な予感と焦りが悠真の心に広がる。


(まさか、何かあったんじゃ……)


 この街にも犯罪というものはあるだろう。

 あるいは、単にこの街を出たことも考えられる。彼女がここにきて一月以上が経つ。そろそろ描く題材が尽きたのかもしれない。


 不安な気持ちを抱えながら、かなり街中を歩き回り、それらしい人には片っ端から声をかけ尋ねた。だが、覚えている者はいても、やはりその後の足取りは掴めなかった。


(そろそろ、暗くなってきたな……)


 気がつくと、すでに日没が近い。夕日が街を照らし、影がかなり長くなっていた。

 いったん宿を取り、明日にするかと長期戦を覚悟した時、もう一つ妙案を思いついた。


(そうだ! 画材店に行けばいいんじゃないか?)


 絵を描くには画材道具が必要だ。たくさん描くなら、紙も絵具も定期的に買いに行くはずだ。出入りの激しい店でないだろうから、店主と話す機会もあるだろうし、もしかすると、見知らぬ絵描き同士よりも知り合いになる確率が高いのではないか。


(あれ? でも、画材店てどこにあったっけ?)


 いくらゲームで慣れた街だと言っても、用のない店までは覚えていない。

 確信めいた予感に胸を躍らせながら、通りすがりの人に場所を聞く。

 さすが芸術の都だけに数軒の画材店があると教えられる。

 そして、順番に場所を聞いては訪れて、3軒目。


 大通りから2本ほど裏に入ったところにある、こじんまりした店の前まで着いた時だ。

 店先に木製のイーゼルがいくつか並べられ、そこに複数の絵が飾られていた。単なる画材店ではなく、絵画も取り扱っているらしい。何気なくそのうちの一枚に目をやった瞬間、悠真は息が止まった。


「こ、これは……」


 そして、自分の推理が正しかったことを知る。


 淡い幻想的な筆致で絵に描かれていたもの。


 それは、悠真と遥が通う高校だったのだ。


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