第24話 遥の行方
悠真は再び、カサラと共にウルム村に戻った。
そして、酒場の前に停められていた馬車に乗り、十数分ほどで彼女の家に着いた。
地方のとはいえ、貴族というのは間違いないようで、かなりの豪邸である。
豪華な応接間のような部屋に通され、メイドらしい女性が出した茶をすすると、少し気分が落ち着いた。
(もう、元の世界に帰れない……)
キューブが破壊された以上、帰る手段はない。だが、この現実が受け入れ切れていないのか、それとも心が麻痺しているのかは分からないが、それほど取り乱さずに済んでいる。この地に遥がいるということもあるだろう。
悠真が一息つくのを待っていたのか、それまで黙っていたカサラが遠慮がちに問いかけてきた。
「あの……私の話を聞いてくださいますか?」
「……はい。先生のことですよね?」
「ええ、そうです」
そして、彼女は静かに、しかし熱心に話し始めた。
それは、おおよそ以下のようなものであった。
二人が初めて出会ったのは、フューコットの冒険者ギルドだった。
ある時、ウルムに魔物が出没するようになり、カサラが領主の名代でギルドに魔物退治の依頼に来た。その時に、ギルドに指名されたのがヤマさんだったのだ。
ウルムに来たヤマさんは難なく魔物を片付けたが、古代神殿跡にキューブがあると知り、その後も村に留まった。それがきっかけで二人は仲良くなり、やがて恋仲になった。
だが、そんな二人の関係は長くは続かなかった。
ある日、キューブが光り出し、転送可能な状態になったのだ。
「あの光が、自分の国に帰れるようになった証だと、ケイゴは言っていました。そして、光が消えると次にいつ帰れるか分からないとも」
ヤマさんは、帰るべきか、あるいは残るべきか悩んだらしい。だが、結局は、いったん帰って、向こうでいろいろとカタをつけてから戻ってくることになった。もちろん、いつ起動するかも分からない機械である。再び戻って来るまで、かなりの時間がかかることが予想された。
「私は、何年でも待つつもりでした。ケイゴと一緒になれるなら、苦だとは思いませんでしたから」
しかし、ここで問題が起こった。
「私たちの関係を私の父が知り、猛烈に反対したのです。そして、私を別の領主の家に嫁がせると……。それをケイゴに話したら、彼は駆け落ちしようと言ってくれました。私にその気があれば、彼の国に連れて行ってもいいし、あるいは、この国のどこかよその町で暮らしてもいいと」
「先生がそんなことを……」
飄々とした普段のヤマさんからは考えられないほど思い切った話である。
それだけカサラを愛していたのだろう。
「そこまで言ってくれて、嬉しかった……でも、私は家名を傷つけ、家族を捨てることが出来なかったのです。ここでは……特に、貴族階級にとっては、結婚とは他家との結びつきを強めるために行うもので、娘のわがままが通ることはありません。もし駆け落ちなどしようものなら、私は縁を切られ、二度と家族に会えなくなってしまうでしょう。私は、そこまで思いきれなかったのです」
「……」
「それでも、ケイゴは分かってくれました。私を責めることもしませんでした。ただ、私と結婚できないなら、そして、私が誰かの妻になるのを見るくらいなら、ここに留まる理由はないと言って一人で帰ってしまったのです。私の幸せを祈ると言い残して……」
「そう……だったんですか……」
カサラは俯き、涙を堪えるかのように口元を押さえた。そして、しばらくの間、肩を震わせていた。
悠真は、なんと声をかけていいのか分からずただ黙る。
やがて彼女は指で涙を拭って顔を上げた。
「すみません。見苦しいところをお見せして」
「いえ、そんな……」
「あの……」
何か言いにくいことを口に出そうとするかのように、カサラはおずおずと言葉をつないだ。
「はい」
「きっと、彼は私を……恨んでますよね?」
「いえ、そんな人ではないと思いますし、そんな感じはしませんでしたが……」
悠真は薫から聞いたことを伝えた。ヤマさんが、どうやらこちらで失恋したこと。そして、その傷は今も癒えず、こちらに戻って来ることができないこと、である。
「本当は、今回もその前も、僕じゃなく先生が来るはずだったんだと思います。でも、どうしても来たくなかったみたいです。どちらかというと、ただ失恋のショックから立ち直っていないという意味で受け取りましたけど……。あ、そうか、そういうことか」
自分の思いつきに、思わず悠真は手を打った。
「どうかしましたか?」
「いえ、さっきのお話だと、先生はカサラさんが他の人の妻になるのを見たくないと言っていたのですよね。もしかすると、戻ってくるとそれを目の当たりにするから、戻ってこないのかもしれません」
「あ……」
カサラも思い当たったのか、動揺した。
「で、でも、ケイゴが帰ってしまったので、父も無理に私の嫁ぎ先を見つけることをやめたんです。ですから、私は今も独り身ですわ」
「でも、先生はそれを知りませんよね」
「そ、そんな……それじゃ、本当に、もうケイゴは戻って来ないのですね……」
カサラは、しばらく俯いていたが、思い切ったように顔を上げた。
「ユウマさん、あなたにお願いがあるのです」
「なんでしょう?」
「……もし、元の世界に帰ったなら、ケイゴに伝えてください。まだ愛していると。彼を失って初めて分かったのです。どれだけ彼を愛していたのかを。今なら、この家を捨てて彼についていく覚悟があります。私をどこにでも連れて行って欲しい。そう伝えていただけませんか?」
それは、痛切な想いの発露だった。よほど思いつめ、そしてよほどヤマさんを愛しているのだろう。
ただ、今の悠真には彼女の願いを聞き届けるのは不可能であった。
「それは……、僕もそうしてあげたいですが、ただ、僕は帰る方法がなくなったのです。せっかく伝言を預かっても、帰れないので」
「……ということは、やはり、あの不思議な遺物を使ってしか帰れないのですね」
「ええ」
「そうですか……」
カサラが、肩を落とす。
「……実は、あれが壊された後にこの世界に来たのはあなたが初めてなんです。ハルカも、この国に来たのは壊される前だったと言っていましたから……。だから、あなたが来たと知らせを受けて、もしかして、あの遺物がなくても行き来できるようになったのかと思ったのですが……」
「いえ、あちらから来るのはできるのですが、帰るにはキューブが必要です」
「やはり、そうなのですね」
「……あの、この世界のどこかに別のキューブはないんですか?」
すがるような思いで問う。だが、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんなさい。あんなものが他の場所にもあるなんて聞いたこともないですわ」
「そう……ですか……」
気落ちする悠真に、カサラが続ける。
「でも、誰があれを壊したのかは知っています。多分、あなたの国から来た人ですよ」
「えっ?」
悠真は、不意を突かれて顔を上げた。
「そ、それはどういう……」
「あなたと同じように、あれを探しに来た男性がいたのです。年は二十代半ばくらいでしょうか、ちょっと神経質そうな細身で背の高い人です。黒髪で黒い瞳なんてこの国の人間にはいないから……」
(きっと、黒木って人だ)
身体的特徴から言って、二人目の転送者、黒木に間違いない。
海底神殿で薫に見せてもらった写真の姿を思い出す。
「私が知らせを受けて遺跡に着いた時にはもう壊された後で、その人がそこに立っていたのです。私が驚いて問い詰めると、彼は『もう要らなくなったのですよ』と。自分が壊したことも否定しませんでした。でも私が、『あなたも帰れなくなったのでしょう?』と言ったら、ただ笑って『ご心配には及びません』って言って去ったのです」
「なんで、そんなことを……」
「分かりません。ただ、なにか不吉な感じがしましたけど、私もそれ以上は……」
悠真は黒木の真意が読めず戸惑った。
キューブを破壊するということは、自分で元の世界に戻る手段を破棄するということだ。だが、そうする理由が思いつかないのだ。
(もうここに永住するということなのか……)
だが、それなら自分が帰らなければいいだけだ。いちいちキューブを破壊する必要はない。
謎はそれだけではない。
(だいたい、どうやってキューブを壊したんだろ?)
そもそも人類に破壊できる代物なのかも分からないし、彼も身一つでこの世界に転送され、武器や装置などは持ち込んでいないはずだ。あれほどの損害を与えるにはよほどの力が必要であるが、まったく見当もつかなかった。しかも、キューブは内部から爆発したように見えたのだ。
(……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)
とりあえず、黒木のことは一旦おいて、悠真は、最も聞きたかったことを尋ねることにした。
「……それで、カサラさんは、遥ちゃんをご存知なのですね?」
「ええ。あの子は、その直後にこの村に来ました。あなたやこれまでの方たちと同じように、あの遺物を探して。しばらくの間はこの屋敷に泊めてあげていたのですよ。初めて来たときは、この部屋……そうそう、今あなたがいるソファーに座っていましたわ」
「え、こ、ここに……?」
思わず自分が座っている場所を見回す。
遥がこの場にいた。そして、自分は彼女と同じソファーに座っている。
それだけで、彼女の存在がより確かなものに感じられる。
彼女に近づいているという確信と、会いたい気持ちが一層募った。
「あなたはハルカの友人なのですか?」
「はい。僕は彼女の行方を探してここに来たのです」
カサラが納得したようにうなづいた。
「そうですか、それで……。ハルカは、あの遺物が壊されたのを知って、とてもショックを受けていました。数日の間は泣いてばかりで、食事も喉に通らなかったみたいですわ」
「……」
悠真は拳を握りしめた。
彼女にとってそれはどれ程のショックだったろう。同じ目に遭ったばかりの自分なら痛いほどその気持はわかる。いや、少なくとも悠真にとっては、この世界はゲームでおなじみであり、全くの未知というわけではない。それに、遥がこちらにいると知っている。だが、彼女は、一人ぼっちでこの知らせを受けたのだ。
(遥ちゃん……)
控えめだが愛らしい笑顔が目に浮かぶ。
「あの、それで、彼女は今どこにいるんですか? さっき酒場で、アル・ケインズに行ったって聞いたんですけど」
「ええ。ここに数日滞在した後、帰る方法を探すって言って出ていきました。大きい街なら手がかりが見つかるかもしれないからと。それに、あの子、この世界の絵が描きたかったそうですわ。あそこなら、芸術も盛んですし。それで、1人じゃ危ないから、護衛をつけて送ってあげたのです。路銀も少し渡しておきましたから、しばらくは生きていけると思います」
「ほ、ほんとですか! よかった……」
安堵で大きく息を吐く。最も恐れていたのが、道中で魔物や賊に襲われるということだったのだ。これで、少なくともアル・ケインズまでは無事に到着したことが確認できた。だが、無論、無事に着いたからと言って、年頃の女の子が異世界で一人で生きていけるのか心配ではある。
「街の何処にいるかは分かりませんが、まだ街にはいるはずです。もしあなたの国から誰かが迎えに来ても大丈夫なように、街から離れるときは、文を送ってくれることになっていますので」
「おお……」
遥の機転と勇気に心を打たれる思いだった。彼女は、こんな状況でも最善を尽くし、そして、自分の夢を追いかけて未知の街に旅立ったのだ。
こんなところでグジグジと泣いてはいられない。帰る方法が見つかったわけではないが、一刻も早く彼女を探し出して、一人ぼっちではないことを伝えたい。
(遥ちゃん、すぐに会いに行くから、もう少し待ってて)
悠真は、今すぐにでもアル・ケインズまで行きたい気持ちに駆られるのであった。
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