第23話 ウルムのキューブ(2)


 そして、ウルム村のそばにある森の中。

 悠真は、カサラの後について、鬱蒼とした森の小道を歩いていた。


 周りの様子は悠真の目にはほとんど入ってこない。というより、どこを歩いているのかさえも知覚していなかった。

 心乱れるまま、自分の思いに沈んでいたのだ。


(キューブが破壊された……僕は、いったいどうしたらいいんだ……)


 もしそれが事実なら、もう二度と元の世界に帰れない。

 両親にも友人にももう一生会えない。


 慣れ親しんだ街どころか、地球にすら戻れないということが、動揺に拍車をかけている。海で遭難して無人島に流れ着いたのなら、自分の才覚で何とかなるかもしれないが、異世界ではどうにもならない。受け入れられる許容を超えていた。


 だが、途方に暮れる一方で、一つの疑念があった。


 キューブを破壊するなど、この世界の住人たちにできるのだろうか?


 悠真の時代の科学力を使っても傷一つつけることができないのだ。無論、ここには魔道はあるが、それでも破壊できるかどうか分からない。

 それに、『破壊された』というのはカサラの言葉だけだ。彼女が嘘を言うとは思えないが勘違いの可能性もある。とにかく、この目で確認しないとどうしようもない。


 しかし、もし本当だとしたら、どうすればいいのか。

 

 そこでまた同じことを考えていることに気づく。悠真の思考は堂々巡りするばかりだった。


 しばらく歩くと、少し開けた野原に出た。


「着きましたわ。あなたがおっしゃっていたのは、あの遺物でしょう?」


 カサラに話しかけられて我に返ると、野原の真ん中に古代の神殿だったと思しき、小さな遺跡の残骸があった。すでに倒壊したのか屋根も天井もなく、折れた石柱やら、崩れかけた壁の一部やらが残っているだけだ。

 地球側のキューブがあった海底神殿と比べると規模は比べるべくもなく、せいぜい十数メートル四方しかなかったと思われる。

 

 そして、 その中央部には直径およそ10メートル、高さ30センチほどの円形のステージがあり、その上に箱型の黒っぽい物体が置かれていた。キューブだ。海底神殿で見たのものと同一であることはすぐにわかった。


 だが、『ちゃんとあるじゃないか』と安堵しかけた瞬間、異常に気がついた。


「えっ……」


 慌ててキューブの目の前に駆け寄る。そして、愕然とした。


 あちこちで筐体の金属が破れ、中の構造が見える。どうやら、内部で爆発が起こったらしい。また、金属の表面もヒビが入ったりドス黒く変色したりして、キューブ全体が相当なダメージを受けたことは明らかだった。そして、キューブが発光していないことにようやく気づく。


「そんな……ホントに壊れて……」


 だが、これでもまだ、動かないとは限らない。映画やアニメでは全壊寸前のロボットや戦艦がワープしたり必殺兵器を撃ったりしているではないか。ましてやキューブは人類などが及びもつかない先進文明の機械である。


『こんな程度で故障なんてするわけないじゃない。バカじゃないの? これだから低級種族って面倒なのよね』


 きっとプーカが現れて、そう言うのではないか。

 一縷の望みにかける気持ちで、彼女を呼び出す言葉を叫んでみる。


「ルクレス!」


 だが、何も起こらなかった。光りもしないし、音もしない。耳をすませて微かに聞こえるのは、そよ風になびく木々の葉音だけだ。

 背中から冷たい汗が流れる。


「うそ……だよね。そう簡単に壊れたりしないでしょ。ルクレス!」


 もう一度言ってみるが、やはり何も起こらない。


「プーカ、頼むよ、出て来てよ」


 さらに、二度三度と起動の言葉を投げかけるが、キューブは全く反応しなかった。

 もう間違いない。キューブは壊れているのだ。


「くっ……なんで、こんな……それじゃ、本当に……」


 ようやく事態の深刻さが身に染みてくる。

 

 もう帰れない。


 この事実に身がすくむ。

 こんな地球上ですらない、異次元の世界に閉じ込められてしまった。


(そうか、それで二人は……)


 だが、少なくともこれで、なぜ先に転送した二人が戻って来なかったのかが分かった。

 単に帰る手段がなかっただけだ。

 居心地がいいだの、絵を描き続けたいだの、そんな呑気な理由しか思いつかなかった自分がいやになる。

 そして、自分も異世界という壮大な袋小路に嵌ってしまったのだ。


「なんで、こんなことに……」


 悠真は茫然自失の体で、立ち尽くした。


「ユウマさん……」


 しばらくして、背後から遠慮がちに、カサラに呼びかけられた。

 振り返ると彼女が気の毒そうな目で見つめていた。


「あの……大丈夫ですか?」

「ええ……すみません……」

「あの……」

「はい。もうここは結構ですので……」


 震える声で答えると、カサラが頷いた。


「分かりました。では、私の家に参りましょう」

「……はい」


 心が機能停止したように、何も考えられない。

 促されるまま、おぼつかない足取りで、悠真は彼女の後について行った。



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