第20話 仇敵(1)


 翌朝。

 悠真は朝のうちにギルド宿舎を出てウルム村に向かうことにした。


「それじゃ、いろいろお世話になりました」


 モリスと、見送りに来てくれたマリディアに別れを告げる。


「ああ、気をつけて行きなよ。ケイゴによろしく言っといてくれ」

「はい」

「また気が向いたらいつでも戻ってこい。奴にもそう伝えておいてくれ」

「ありがとうございます。マリディアさんにはいろいろ教えてもらって、感謝してます」


 差し出されたマリディアの手を握りしめ、悠真は頭を下げた。


「大したことはしていないさ。これからも精進しろ」

「はい」


 2人との別れを済ませると、悠真は意気揚々と街を出た。

 うまくいけば昼前には到着するはずだ。


 フューコットからウルムまでは特段見るべきものは何もない。草原が広がり、所々に森や丘、湖があるだけだ。

 この世界では当然ながら数時間かけて歩くことになるが、ゲームでは町から町への移動が作業にならないように、マップで移動行程が示されるだけだった。そして、途中で魔物に遭遇したときだけ一人称視点に戻るシステムだった。

 そのため、実際に歩く景色は何もかもが目新しく、同時に見覚えのある所もあり懐かしかった。


 途中、何度かコボルドやその他の雑魚敵が出てきたが、何の問題もなく撃退し、旅は快適だった。一戦をこなすごとに戦いにも慣れ、それが自信にもつながっていた。


 そして、持たせてもらった弁当で昼食をとり休憩した後、森の中を通る細い街道を歩いていた時だった。

 背後から、茂みをかき分ける音がした。


「また来たか……」


 戦闘に慣れたと言っても、好き好んでしたいわけではない。危険は危険だし、魔物だろうと何だろうと生き物を殺傷するのには抵抗がある。

 だが、この世界で生き抜くためには避けることはできない。遥を見つけて連れ帰るまでは、倒れるわけにはいかないのだ。

 悠真は振り返って剣を抜く。


「来るならこい! 相手になってやる」


 これまでの戦闘で気がついたことがある。それは、大きな声をお腹から出すと、勇気が出るということだ。武道の試合で選手たちが声を上げるのは、自分を鼓舞する意味もあるのかもしれない。


 そして、悠真の声に反応したのか、ガサガサいう音が急に止まった。

 辺りに不気味な静けさが広がる。

 だが、数メートル先の茂みの中に魔物がいることは間違いない。

 もしや、怖気づいて身を潜めているのかと思い始めた時、


 ハッハッ


 と、聞き慣れない荒い息が聞こえてきたかと思うと、いきなり灰色の魔物らしき生物が猛烈な勢いで茂みから飛び出し、自分に突っ込んできた。


「うわっ」


 完全に不意を突かれ、悠真は地面に突き飛ばされた。背中を地面に打ち付ける。だが、それを痛がっている場合ではなかった。魔物が上から飛びかかってきたのだ。


「くっ」


 すんでのところで、身をよじってかわし、すぐに立ち上がって身構えた。

 そして、自分を襲った生き物の正体を知って愕然とする。

 それは全身を灰色の剛毛に覆われた、人型の狼だった。


(ワーウルフ!)

 

 悠真は血の気が引くのを感じる。


 グルルルル


 ワーウルフは、直立した状態で両手から20センチはあろうかというツメを出し、こちらの隙を伺っている。


(なんでこいつが……)


 こんなところに出没するとは聞いていない。全くの予想外である。

 しかもこの魔物は相当に強い。

 確かゲームではレベル12相当だったはずだ。そして、悠真は自分が倒せる魔物をレベル8程度だと考えていた。

 この差は致命的に大きい。一対一では勝ち目がない。フェリスと一緒でもギリギリだったのだ。とはいえ、もはや逃げるタイミングを失った。ワーウルフは元が狼である。走って逃げ切れる相手ではない。

 微かに手が震えだすのを、剣を握り締めて懸命に抑える。

 こうしている間にも、ワーウルフは両手のツメを短剣のように掲げながら、ジリジリと近づいてきた。そのツメで切り裂かれれば終わりである。どの程度シールドが持つかは分からない。

 悠真は、剣に念を込めた。

 剣が赤く光り、炎を帯びる。


 グルル……


 それを見てワーウルフが立ち止まり、警戒の唸り声を上げた。まだ剣の間合いの外だ。


(くそっ……なんで、こんなところに……)


 予想外の危機に悠真は唇を噛んだ。

 それと同時に、この事態が腑に落ちなかった。

 ウルムまでの道のりで出現する魔物はギルドで確認したし、ゲームがこの世界のコピーである以上、魔物の分布は同じはずだ。プレイ中こんなところでワーウルフに遭遇した記憶はない。

 もちろん、ゲーム自体は、この世界の数ヶ月前のコピーである。したがって、その時点から二つの世界が分岐していることは、フェリスの死で思い知らされた。

 だが、たまたまワーウルフがこのあたりまで彷徨ってきて棲みついたという偶然があるだろうか。

 

(そうか、ここは……)


 そこまで考えて、ここはフェリスが死んだ森から遠くないことに気がついた。ほとんど一続きだったはずだ。

 そして、ゲームでは悠真とフェリスに倒されたワーウルフが、この世界では倒されなかった以上、今も生きているはずだということが、ようやく頭に落ちてくる。


(ということは、まさにコイツがその一体かもしれないってことか)


 そう思った時、恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

 

「まさか、お前が……」


 言いかけて、思わず息を飲む。背中に寒いものが走る。


「……お前が、フェリスを殺したのか?」


 ワーウルフは全く反応せず、ただこちらの隙きを伺いながら荒い息を吐いている。


「……」


 悠真は毛むくじゃらの顔を見つめた。顎門を突き出し牙をむき出しにして唸り声を上げる様はまさに狼そのものだった。

 さすがに、ワーウルフの個体を認識できるほど区別はつかない。だが、そう考えるのが自然に思える。

 ゲームでは悠真とフェリスがワーウルフを倒したため、この街道に現れることはなかった。だが、現実のアヴァロンでは、悠真なしで戦ったフェリスが死に、その結果、おそらくもともとこの森に住んでいたワーウルフが生き残ったのだ。


『私も、本当のあなたに会いたいわ』


 フェリスの笑顔と言葉が脳裏に浮かぶ。


(こいつのせいで……)


 怒りがこみ上げ、剣を持つ手が別の感情でワナワナと震える。

 覚悟は決まった。

 もともと逃げられない以上、戦って勝つしかない。

 だが、相手が彼女の仇であることが、悠真の戦意に火を付けた。

 怯えは完全に消えた。


「やってやる。フェリスの仇だ!」


 大きく叫びながら、剣を振りかぶり、悠真は自分から突っ込んでいった。



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