第18話 ヒーロー体質



「この辺りでいいだろう」


 町外れの草原まで歩いてきて、マリディアが満足げにうなづいた。


 雲一つない空に浮かんだ太陽はやや低い位置に降りてきていたが、夕暮れまでにはまだしばらくある。

 街の建物からは数百メートルは離れており、周囲には何もない。


(さっきの話の流れだと、魔道が使えるようになるってことだと思うけど、ホントかな……)


 半信半疑で、悠真は彼女を見る。

 モリスが冗談で言ったとは思えないし、わざわざこんなところまで連れてこられたのだ、全くのデタラメというわけではないだろう。

 もしかしたら本当に使えるのかもという思いに胸が高鳴る。


「では始めよう。お前は魔道を見たこともないんだな?」

「は、はい」

「見本を見せてやるから、よく見ていろ」


 マリディアは数メートルほど距離を取ると、剣を抜き中段に構えた。そして、何やら集中する様子を見せる。

 すると、どうだろう。剣が赤く光りだし、ゆらゆらと炎をまとったように光が揺らぎ始めたではないか。


「えっ……?」


 彼女はそのまま剣を縦横無尽に振って見せる。

 その度に剣が赤い光跡を残す。


「ま、まさか本当に……」


 悠真は驚きのあまりに、言葉を失った。

 錯覚などではない。本当に、剣が炎をまとっている。

 ただ、驚いた原因はそれだけではなかった。


(ゲームと同じだ……)


 炎を纏う剣は魔道剣士の最もスタンダードな技であり、自分も使っていたのだ。

 それと同じ技をマリディアが目の前で使っている。何か、現実感のない光景だった。


「ヤーッ」


 一連の舞うような動きの後、裂帛の気合とともに彼女が足を大きく前に踏み出し、剣を横に薙いだ。

 魔道の力が強まったのか、一瞬、大きく炎が膨れ上がる。

 そして、しばしその姿勢のままでいたあと、フッと息を抜いて元の姿勢にもどる。同時に炎も消えた。


「どれ。お前もやってみろ」


 マリディアが剣を鞘に収めて促した。

 悠真は我に返った。


「え、でも……」


 いきなり「やれ」と言われて戸惑う。


「さあ、剣を抜いて構えてみろ」

「そ、そんなこと言われても……」

「心配するな、やり方は教えてやる」

「は、はあ」


 原理も分からないのにできるはずはない。というより、本当に自分でもできるかどうかすら半信半疑なのだ。だが悠真は、ともかくも自分の剣を抜き、同じように中段に構えた。 


「よし、今見た通りの炎のイメージを頭の中に描くんだ。できる限り強く、はっきりとな」


 マリディアが腕組みをしたまま指示を出す。


「は、はい」


 言われた通り、頭の中でイメージを出した。剣に魔道エネルギーを伝えて炎を纏わせるのは、ゲームで何度もやっている。もちろん、魔道を使っているのは自分自身ではなく、ゲーム上のキャラであるが。だがその分、頭の中に絵は描きやすい。


「浮かんだか?」

「はい」

「では、そのイメージを自分の体と手を通して、剣に送り込め」

「え、えーと、や、やってみます」


 どうやったらそんなことができるのかは皆目見当がつかなかったが、とにかく自分なりにやってみる。


(イメージを剣に……)


 その時、不思議な感覚が体を駆け巡った。まさに自分の体を通り道として、エネルギーが剣に流れ込んだ気がしたのだ。

 すると


「え? あ、ああっ!」


 思わず声を上げて叫んだ。

 剣が赤く光りだしたのだ。炎にはなっていないが、間違いなく淡い光を放っている。


「お、おぉ」


 技がいきなり発動し、驚きのあまり手が震えて剣を落としそうになる。

 修行も練習もせずこれである。悠真は魔道が使えた喜びよりも、動揺のほうが強かった。


「まさか、なんで、こんな……」

「怯えずともよい。まだ気を緩めるな」

「は、はい」


 なんとか平常心を保ち、剣を握り直して集中し直す。

 再び剣が赤く発光し始めた。

 

「もっと強く念じてみろ。炎を纏ったところを強く思い描いて、剣に流し込むのだ」

「……」


 もはや、疑念などかけらもなかった。

 悠真は、ゲームでの自分の姿を思い出し強く念じた。

 すると、光はさらに強くなり、やがて炎となって剣を包んだ。

 それは、ゲームで見た技と全く同じものだった。

 動揺は興奮に取って代わった。


「で、できた!」


 悠真は両手で剣を頭上にかざす。

 まるでトーチのように、炎が揺らめいている。

 

「よし、そのまま振ってみろ」

「はいっ」


 言われるままに、悠真は剣を右に左に振ってみた。

 風を切る音をさせて、赤い光跡を残す。


「すごい……本当に、僕が魔道を……」

「いいだろう。上出来だ。一旦剣をしまってくれ」

「……わかりました」


 初めての魔道の技に名残惜しさを感じつつ集中を解くと、すぐに剣の光は消えた。

 興奮冷めやらぬまま剣を鞘に戻し、自分の手を見つめる。

 手には、何かエネルギーの流れが通過したような不思議な感覚がまだ残っていた。


「ホントに、魔道が使えるなんて、でも、なんでこんなことが……」


 悠真のつぶやきを、マリディアが聞き咎めた。


「ん? 思念エネルギーが物理エネルギーに変換できるのは当然ではないか。お前の国ではそうではないのか」

「いえ、全然……」

「ほう。変わった土地柄だな。不便だろうに」

「はは……」


 悠真は苦笑した。どちらが奇妙な土地柄なのかは分かったものではないが、少なくともこの世界ではそれが常識なのだろう。


(まさか、魔道までがリアルだったとは……)


 転送前に、ゲームはこの世界の完全なコピーだとは聞いていた。

 ただ、悠真のキャラだけはあくまで架空の創造物であり、その分強く作られていた。魔道もその一環で、創作部分の一部だと思っていたのだ。

 どんな原理かは想像だにできないが、この世界では悠真でも魔道を使えるのだ。


「では別の術を練習してみよう。私を見ていてくれ」

「あ、はい」


 悠真は自分の思いから引き戻される。

 マリディアは今度は剣を抜かず、肩幅に足を開いて直立したまま集中する様子を見せた。

 そして、


「行くぞ」


 その声と同時に、彼女の前に光の壁が波打つように現れると、一瞬で消えた。

 悠真はこの技にも見覚えがあった。


「防御壁だ……」


 いわゆるシールドである。

 得たりとばかりに、彼女がニヤリと笑う。


「さすがだな。その通りだ。だが、知っているなら話は早い。お前もやってみろ」

「はい」


 悠真は同じように、肩幅に足を開いて目を閉じ集中する。

 もう疑念も怯えもない。ワクワクするような興奮だけだ。

 彼女の指示が飛んでくる。


「先ほどと同じだ。自分の前に透明な壁を作るつもりで、強くイメージしろ」

「……」


 悠真は、ゲーム内で何度も見た技の発動シークエンスを思い出し、それを強く念じた。再び、エネルギーが体の中を流れるような感覚にとらわれる。

 すると


 ブン


 低い羽音のような音がして半透明の壁が一瞬だけ現れ、すぐに消えた。


「や、やった」

「よし、動いてみろ」

「はい」


 右に左に動いてみると、時折低い振動音と共に、半透明の壁が現れまた見えなくなる。どうやら成功したようだ。

 マリディアが満足げにうなづいた。


「やはり思った通りだ。お前の国の人間は魔道の吸収が速い。ケイゴもそうだった」

「そうなんですか?」

「ああ。そのような素養がありながら、魔道が盛んではないというのも解せぬ話だがな」

「……」


 自分の世界では誰も使えないのに飲み込みが早いというのも妙な話だ。

 それに、なぜこんなに簡単にできるのか、と言うより、なぜこんなことが現実に起こるのか全くわからない。


「ただ、お前は、ケイゴよりさらに上達が速い」

「え」


 意外な言葉に、悠真は顔を上げた。


「奴でも今の技を出すのに数日はかかったからな。さすがはケイゴの弟子だ」

「あ、ありがとうございます」


 ヤマさんよりも優秀だと言われて、悠真は破顔した。

 無論、自分に魔道の才があるとは思っていない。

 悠真には、その理由に心当たりがあった。


(ゲーム版に慣れているせいだ……)


 どうやら、魔道の発動にはイメージが関わっているらしい。

 炎の剣も防護壁も、悠真がゲームで何度も使った技である。そして、反復したことによって、明確なイメージが浮かぶ。おそらく、そのおかげで技が発動しやすいのだろう。


 であるとするならば、この三ヶ月、一体どれだけの時間、部屋に引きこもってこのゲームをしたのかを思い出して、思わず苦笑した。

 これは、莫大な時間を魔道の修行に費やしたことになるのではないか。


(もしかして僕は、ヒーロー体質になってるんじゃないのか)


 小さい頃から家業の手伝いをしていたら、やたら足腰が強くなったとか足が早くなったとか、あるいは家の前を通る電車を毎日眺めているうちに動体視力がよくなったとか、スポーツ漫画などでよくあるパターンだ。知らないうちにものすごい潜在能力が身についており、運動音痴のくせにいざ練習し始めたら異様な速さで上達する主人公である。

 しかも、悠真は魔道そのものをイメージトレーニングしてきたようなものだ。

 その効果は計り知れない。

 クラスカースト最下層でいじめられっ子の自分が、この世界でのし上がるビジョンが浮かび、思わずニヤけてしまう。


(まてよ、もしこれができるなら他の技だって……)


 ふと、悠真は考えた。もし、魔道がゲーム内での創作ではなく、この世界の現実の力であるなら、ゲームの他の技も存在するのではないか。そして、その技を何度も目にしている自分なら、発動できるのではないか。


「マリディアさん、ちょっと見てください」


 勢い込んでマリディアに呼びかける。


「ん? どうした?」

「やってみたい技があるんです」

「ほう?」


 意外なことを聞いたというニュアンスで、彼女が声を上げた。

 魔道の存在すら知らなかった悠真がいきなり別の技があると言っても信じられないのは当然である。


「よかろう。やってみろ」


 興味津々の顔つきで、マリディアが促した。


「はいっ」


 悠真は、今度は剣を垂直に立てたまま斜に構えて腕を引いた。いわゆる八双の構えである。そして、そのまま集中に入る。

 すぐに、剣が雷を帯びたように黄金色に輝き、放電が始まった。

 

「なんだと! その技は、まさか……」


 マリディアの驚いた声が耳に入る。だが、それには構わず


「エイッ」


 気合いを込めて袈裟斬りに剣を振り下した。その瞬間、雷がまるで龍のように剣から飛び出し、前方に向かってほとばしる。

 だが、そこまでだった。

 雷は2メートルも進まないうちに空気に染み込むようになくなってしまい、剣の光も消えた。

 どうやら、失敗したらしい。

 それだけではない、


「ぐっ。うう、な、なんだ……」


 技を出した瞬間、猛烈な疲労に突如襲われた。視界が暗くなり急速に体中の力が抜けていく。

 そして、自分自身を支えることができず、その場に崩れるように倒れこんでしまったのだ。

 まさに生命を吸い取られたかのような錯覚に陥る。


「大丈夫か?」


 マリディアが駆け寄り、悠真を抱え起した。


「な、何とか。あ、あれ……」


 何とか立ち上がろうとしたが、体が全く言うことを聞かない。

 どこも痛みはなく、悪いところが感じられないのに、力が入らず、まるで軟体動物にでもなったかのようにぐにゃぐにゃになる。不思議な感覚だった。


「ほら、これを飲め」


 ベルトにつけていた皮の小袋からポーションを取り出し、悠真の口に流し込んだ。

 緑色の光に包まれると同時に、力が戻る感覚が身体中を駆け巡る。

 そして、悠真は普通に動けることに気がついた。


「あ、あれ……治った……」

「全く無茶な真似をする。あれは相当に高度な技だぞ。分不相応な技を出せば、生命エネルギーを吸い取られて当然だ」


 悠真が起き上がるのを助けながら、マリディアがたしなめた。


「す、すみません。そうでしたか……」


 悠真は失望でうなだれた。どうやら、いきなり勇者になることは無理らしい。


「そんなことも知らずに今の技を出したのか……」


 だが、マリディアの方はよほど驚いたらしく、驚嘆を通り越して呆れたように首を振った。


「恐ろしい才能だな。つい先程まで魔道を見たことすらなかったというのに、さすがはケイゴの弟子というところか。いや、潜在能力で言えばヤツより上か」


 そして、心を決めたようにうなづいた。


「よかろう。それだけ使えるなら問題ない。早速、実戦といってみようか。ついてこい」

「は、はい」


 悠真は緊張の面持ちで、マリディアの後についていった。




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