第17話 冒険者ギルド
「それじゃ、僕はこれで……」
修道院の入り口まで見送ってもらって、悠真は頭を下げた。
サフィナは慈愛に満ちた微笑みを見せ、励ますように両手で悠真の手を握った。
「どうかお元気で。また会いに来てあげてくださいね。あの子もきっと喜びますわ」
「……はい。ありがとうございます」
もう二度とここに来ることはない。
そう知りつつも、悠真は礼を言って修道院を後にした。そして、重い足取りで、元来た道を歩き始める。
(……遥ちゃんを探さなきゃ)
フェリスの死の衝撃からはまだ抜け出せてはいない。
気を抜くと、すぐに彼女との思い出に流されそうになる。
だが、今はそれどころではない。
たとえフェリスの助けがなくとも、遥を探さなければならない。もしかしたら今この瞬間も彼女は危機に陥っているかもしれないのだ。
(……そうだ。ギルドに行けって言われてたんだ)
転送直前に薫に言われたことを思い出す。
彼女によれば、黒木と遥も最初にギルドに立ち寄ったはずだ。そこで二人の手がかりも得られるかもしれない。
悠真は少し元気を取り戻し、表通りの一角にある冒険者ギルドに向かった。
■■■
そして。
「お? おめえ、もしかしてケイゴの連れか?」
ギルドのオフィスに入ったとたん、いきなりカウンターの向こうから声をかけられた。
ギルドの世話役、モリスである。
ヤマさんのツテでここに来たというつもりだったが、その必要すらなく、モリスは笑顔を浮かべてこちらにカウンター越しまでやってきた。
アヴァロンの人たちは顔立ちや髪と瞳の色が日本人とは異なる。それで分かったのだろう。
「はい、僕はヤマさん……じゃない、ケイゴ先生の教え子なんです」
悠真の答えに今度はモリスが驚いた顔を見せた。
「教え子だって? それは本当かよ。……へえ、おまえさんがねえ」
よほど意外だったのか、上から下まで測るように見つめられる。
こちらはゲーム内で何度も話したことがあるが、もちろん向こうは悠真とは初対面だ。
「あ、あの……」
「……まあ、そう言われてみれば、ケイゴも最初はひ弱そうにはしてたな。すぐにギルドのエースになったけどよ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、何度かムチャな仕事も引き受けてもらって、こちらとしては大助かりだったぜ。それに気さくな奴で、皆に好かれてたしな」
「へえ」
(ヤマさん、最強すぎる……)
まさか自分の担任がブラックオプの工作員だけでなく、異世界のギルドでエースだったとは驚きである。
(こんなこと誰も信じないだろうけど)
思わず含み笑いしそうになるのをこらえる。
「……で、どうした? ここに何か用か?」
「はい。あの、実は人を探しているんです」
そして、黒木修一と秋月遥について説明した。
モリスは大きく頷いた。
「ああ、ケイゴが国に帰った後、確かにその二人はここに来たぜ。奴の知り合いって言ってな」
「ホントですか? それで、二人は今どこにいるか分かりますか?」
「さあな。ただ、ふたりともウルムに向かったぜ。確か、国に帰るのはそこを経由するんだろ?」
「ええ……」
(そうか。キューブを探しに行ったんだな)
当然、彼らも帰る段取りをつけたかったはずだ。
「シュウってやつは知らないが、ハルカは流石に女の子一人で行かせるわけには行かなかったからな。ギルド宿舎に何日か泊めてやって、それからウルム方面に行く商隊にくっついて行ったよ。今から、一月半ほど前かな。無事に着いたってのは、商隊のやつから聞いたぜ」
「そうですか! よかった……」
悠真は遥の手がかりが得られたことに大きく勇気づけられた。
彼女は、少なくとも生きてウルムに到着したのだ。
そして、これは悠真にとっても好都合であった。
どちらにせよ自分もウルムに行ってキューブを確認しなければならない。
帰る目処さえ付けば、もう少し落ち着いて捜索できるし、いざとなったら一旦帰って準備を整えて戻ってくることも可能だ。
(とにかく、次はウルムだ)
悠真は心を決めた。
「……分かりました。じゃあ、僕もウルムに行ってみます。ありがとう」
礼を言って出ようとすると、モリスが引き止めた。
「いや、ちょっと待て。もうすぐに夕方になる。今から行くと途中で夜になるし危ねえよ」
「あ、そうですね、そういえば……」
この世界には街灯などまったくない。月明かりでたどり着けるほどこの世界に慣れていないし、夜になれば魔物も出てくる。
悠真は、さきほどのコボルドの戦いを思い出して、背中に冷たいものが走った。
だが、となるとこの街で一晩過ごす必要がある。
フェリスがいればなんとでもなっただろうが、悠真一人だ。どうしようかと悩んでいると、モリスがニヤリと笑い、軽くカウンターの机を手のひらで打った。
「よし、分かった。なら仕方ねえ。今日はギルドの宿舎に泊めてやるから明日の朝に出発しな」
「え、いいんですか?」
「なあに。ケイゴの教え子なら無碍に扱うわけにはいかねえさ」
「ありがとうございます」
ヤマさんの顔が効くという話が本当だったのだと感心しつつ、悠真は礼を言った。
だが、ここでモリスが妙なことを言った。
「まてよ、ケイゴの弟子ってことは、おめえさんも魔道が使えないんじゃねえのか」
「え? 魔道?」
「国では魔道が栄えてねえってケイゴも言ってたしな。お前さんも使えねえんだろ?」
「え、ええ」
「そりゃいけねえ。技の1つでも持ってないと、ここじゃ野たれ死ぬのがオチだぜ」
「は、はあ」
確かにゲームでは、自分は魔道剣士だった。だがそれはゲームの話である。
モリスの真意を図りかねていると、一人の女性がギルドに入ってきた。
「ただいま帰ったぞ。任務完了だ」
大柄で筋骨隆々、それでいてスタイルは抜群に見える。褐色の肌に強い意志を感じる青い瞳、そして腰まで伸ばした赤毛が目を引く。鉄の胸当てとマントから考えて、どうやら戦士で、一仕事すんで報告に来たらしい。
「おお、マリディア。ご苦労さん。ちょうどいいところに来た。帰ってきて早々で悪いが、こいつに魔道の出し方を教えてやってくれねえか。ケイゴの教え子なんだそうだ」
「ほう。ケイゴの……」
マリディアは興味を惹かれたようにそばまで来て、悠真を見下ろした。彼女は、悠真より頭半分は背が高い。
「奴は元気にしてるのか? 今どこにいるんだ?」
「え、えーと、国に帰って、学校で教えてます」
「学舎の師範か。ふむ。奴ほどの使い手なら適任かもしれぬな」
納得した様子で、マリディアがうなづく。
(一体なにやったんだろ、ヤマさん)
こんな強そうな女剣士にそこまで言わせる担任に、改めて畏敬の念を抱く。
それに、「使い手」とはなんのことだろうか。
(頭がめちゃくちゃいいってのは知ってるけど、武術でもやってたのかな)
だが、ボサボサ頭にひょろひょろとした外見からは、想像もできない。
「よかろう」
マリディアが悠馬にうなづきかけた。
「ケイゴの弟子なら、お前も奴と同じくらいの可能性を秘めているのだろう。私が教えてやる。ついてこい」
「は、はいっ」
颯爽とマントを翻してギルドを出るマリディアの後を、悠真はあわててついていった。
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