第16話 パラレルワールド


「そんなわけ……、だ、だって、あんなに……」


 悠真は激しく動揺した。うまく言葉が出ない。

 つい数時間前まで彼女は元気で、親しく言葉を交わしていたのだ。それを、いきなり墓を見せられて死を告げられても、受け入れられるはずがない。


「どうして、こ、こんなことに……。お、教えてください。何があったのですか?」


 サフィナにすがりつくようにして、悠真は懇願した。


「……少し珍しい薬草を探しに森の奥に入ったところ、魔物に襲われまして……。診療所に担ぎ込まれた時には、もう手の施しようがなかったそうです」


 そう言って、彼女は悲しげに目を伏せた。


「そんな」


 悠真は、よろめきながら墓石を振り返った。そして崩れ落ちるようにしゃがみ込み、地面に両手をついた。

 口から嗚咽が漏れる。自然と涙も流れてきた。拳で拭うが、止めることはできなかった。

 

「フェリス……くっ、ううぅ……」

「……」


 サフィナは気の毒そうに悠真を見つめた。先ほどまで、微かに見えた警戒心も、その様子を見て消えたようだった。


「……さぞ仲良くしていただいていたのですね」

「……はい」


 フェリスの言葉が悠真の脳裏に蘇る。


『私も、あなたに会いたいわ』


 そう言ってくれた彼女はもうこの世にはいないのだ。

 

「フェリス……、僕は……」


 しばらくの間、これまでの思い出に流されそうになりながら、悠真はただ涙を流しながら、うなだれていた。そして、これだけの悲しみを感じるぐらい彼女との絆が深かったのだと、今更ながらに気がついた。


 だが―――


 ひとしきり泣いて落ち着いてくると、ようやく頭が回転し始めた。

 涙を拭いて顔を上げ、墓石を見つめる。

 そして、確信した。


(この墓は昨日今日作られたものじゃない)


 まだ新しいとはいえ、数週間は雨風に晒されたように見える。周りに植えられている花も根付き、棺を埋めるために掘り返されたはずの地面にもその跡がない。

 てっきり、昼前に別れた後に急死したものと思い込んでいたが、よく考えれば、ゲームで会っていたのは、この世界の本人ではない。

 悠真は立ち上がって、サフィナに向き直った。


「あの、彼女は、いつ……?」

「二ヶ月ほど前です」

「二ヶ月……前……?」


 一瞬、言われたことが頭に入って来ず、悠真は固まった。


 アヴァロンを始めたのが三ヶ月前。つまり、その一ヶ月後には、実在の彼女は亡くなっていたことになる。

 だが、ゲームはこの世界を完全に写し取ったものではなかったのか?


 何かがおかしい。

 疑念が身体中を駆け巡る。

 さらにもう一つ腑に落ちないことに気づいた。

 

「あの、さっきの薬草の話ですけど……、珍しい薬草って言ってましたよね? もしかしてそれって、診療所に頼まれたサリムの花ですか? それで、ワーウルフに襲われて……」

「え、ええ、よくご存知ですね」

「っ!」


 衝撃を受けて、悠真は言葉を失った。

 その話はよく知っている。なぜなら、自分もゲーム内でクエストとして引き受けたからだ。

 しかも二ヶ月前に、フェリスと一緒に。


 それは、まだ二人のレベルが低い頃のことだ。

 難病の子供を助けるために、森の奥深くに咲くと言われるサリムの花を摘んでくるという依頼だった。当時の二人にとっては難しい仕事だったが、子供を助けたい一心からか、彼女がどうしても引き受けると言い張った。

 二人がかりでなんとかワーウルフを倒し、無事に診療所に花を届けて、その子供は助かった。そして、その一件で、悠真とフェリスが本当の仲間になった気がしたのだ。


 だが問題は、悠真がそのクエストを引き受けたのが、この世界の彼女と同じ二ヶ月前ということだ。

 

 そして、ここでは彼女が亡くなり、ゲームの世界では少なくとも今日の昼までは彼女は生きていた。

 そこまで考えたとき、悠真は雷に打たれたような衝撃を感じた。

 そして、自分が大きな勘違いをしていたことに気づく。


(そうか! そうだったのか……)


 悠真は今この瞬間まで、リセットしたゲームをやり直す気分だった。

 再びフェリスに逢うことも含め、ゲーム内でこれまで起こったことをもう一度始めから繰り返すようなものなのだと。そして、普通のRPGのように、リセットしたらその世界の状況ももう一度最初に戻るかのように思い込んでいたのだ。


 だが、そうではない。

 確かにあのゲームの世界は、この世界を写し取ったものだ。

 ただし、それはゲーム開始時点でのこの世界のコピーであり、悠真がゲームをしている間も、当然ながらこちらの世界の時間も進んでいたのだ。

 つまり、今、悠真がいるのは、あのゲームをやりはじめた時から、悠真が現れずに三ヶ月が過ぎた世界だということである。

 いわば、ここはパラレルワールドなのだ。いや、厳密にはこちらの世界が本物で、ゲームの方が平行世界である。


 そして、それはゲームと現実とでは大きな乖離があることを意味する。

 ゲーム内で悠真が引き起こしたことは、この世界では一切起こらなかったと考えられる。逆に、ゲーム内で起こらなかったことが、この三ヶ月の間に起こってしまっている可能性がある。

 フェリスの死のように。


 今日まで悠真が現れなかったこの世界では、二人は出会うこともなく、彼女は診療所の依頼を一人で引き受けることになり、その結果亡くなったのだ。

 そして、そんな世界に自分は飛ばされてしまった。


(そんな……、僕はいったい、どうしたら……)



 こんなはずじゃなかった。そんな思いが、心の中を駆け巡る。

 同時に、深い孤独感に苛まれる。この世界に自分を知る者はなく、フェリスもいない。居心地よく感じていた街が、急によそよそしく感じられる。こんな有様で、一人で遥たちを探し出し、元の世界に連れ帰ることができるのか。


 フェリスを失った悲しみと、絶望的な見通しに打ちひしがれ、 悠真は途方に暮れてうなだれた。




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