第9話 ナビゲートシステム
「アヴァロン……キューブ」
「そう。そして、この装置のテクノロジーを調査し解明するのが私たちの任務なの」
「……」
悠真は、その装置から目を離すことができず、ただ、青白い光をまとった立方体に魅入られていた。
「発見して二年近くが経つけれど、まだ謎だらけでね。なぜこれがここにあるのかすら分からないのよ」
「確かに……」
悠真は薫の意図するところを察した。
キューブと神殿では、必要とされる文明レベルがあまりにも違いすぎる。全く別次元のものといってもいい。
つまりこの装置は、神殿を作った種族とは別の者によって作られたことになる。
だが、それならどうやって入手したのかという疑問が残るのだ。
「発見当初は、何の機械かも分からなかったのよ。スキャンも通らないし、インターフェイスらしきものもないしね。それに、今みたいにちゃんと動いていなくて、ぼんやり光っていただけだったから、せいぜい理解できたのは、何か発光機能を有した装置だろうというぐらいね。完全にお手上げ状態だったわ」
「……」
「ところが、一ヶ月ほど経ったある日、突然、今みたいに光りだしたのよ。そして、慌てて調べようとしたら、たまたまステージにいた研究員が一名消えてしまったのよ。まるで空気に溶けるようにね」
「なるほど……」
「それまでこの装置の機能についていろんな可能性を考えていたけど、さすがに人が消えるなんて想定外もいいところだったから、それはもう、大騒ぎだったわ。これ以上人員が消滅しないように注意しないといけなくなって、調査もやりにくくなったしね。それに、消えた研究員というのが、私たちの中で最も優秀な人だったから、余計に調査は進まなかった。
ところが三ヶ月ほど経って、突然、その彼がひょっこり戻って来たの。向こうにも同じ装置があってそれを使ったらしいわ。それで、初めて分かったのよ。この装置が人を異世界に転送させるって。まあ、転送先が別の次元の世界っていうのは後になって分かったのだけれど」
「……」
「ちなみに、その研究員というのは、あなたもよく知っている人よ」
「へっ? そんな強者に知り合いはいないんですけど……」
そこまで言いかけてから、気がついた。一人、そうだと言われて納得できる人物を知っている。
「も、もしかして……ヤマさんですか……?」
「そう、あなたの担任、山科桂吾よ」
「そんな、まさかヤマさんが……」
「彼が優秀な科学者だというのはあなたも知ってるでしょ」
「い、いや、もちろんそうですけど……」
「あなたの学校に赴任するまでは、ここにいたのよ。彼が転送されて戻ってこれたお陰で、いろいろ分かったわ。こうなってみると、飛ばされたのが彼でよかったということね」
薫が肩をすくめた。
「……」
「……まだ、信じられないようね?」
「いや、信じられないというより、頭が受け付けないというか……」
悠真は本心を述べた。確かに、海底神殿と異文明の装置は見た。だが、だからといって異世界に転送できるとは受け入れきれないのだ。
「そう。じゃあ、ちょっとついてきて」
悠真は薫の後について、キューブのステージの脇を通り、最奥の壁まで行く。
薫が、壁を指し示した。
「これが何か分かる?」
ライトアップされた黒曜石の壁面には、巨大な白い石版が三枚並んで埋め込まれていた。数メートル四方はあるだろう。そばに立つと見上げるほどだ。そして、それぞれの全面に大小さまざまな穴が多数穿たれていた。
「えっと……星図ですか?」
それは、夜空の星々をそのまま写し取った図に見えた。
「そう。三枚のうち真ん中にあるのが、この地域のものよ。北極星を中心に描かれているわ」
「え、でも、ちょっと違うような……」
悠真にとっては天文も嗜みの一つである。だが、この星図には違和感を覚えた。
北極星は、こぐま座α星ポラリスのはずだ。だが、これを見る限り、こと座α星ベガが天の北極に近い。
「それはそうよ。太古の星図なんだから。コンピューターに計算させたら、一万二千年前に見えていたはずの夜空にピッタリ合致したそうよ。このことも、この神殿がその時代に建てられたという状況証拠の一つだと考えているの」
「……なるほど」
悠真は納得した。
夜空に見える星は、歳差運動により日時や季節ごとだけでなく、ほんのわずかながら毎年その位置を変えていく。そして、その差異から年代を特定できるのだ。
薫が説明を続ける。
「左端の星図は、山科君によると、アヴァロンで見える夜空に似ているらしいわ。問題は右端ね。これがどこの物かは全くわからないの。あなたはどう思う?」
「そうですね。真ん中が地球で、左端がアヴァロンを表すとすると……、右端は、キューブを作った種族が来た世界ってことですかね」
薫が微笑んだ。
「そうね。私たちもそう考えているの。ただ、それがどこかを特定できないのが残念ね。現在記録されているすべての恒星の位置を三次元的に構成して、どこから見たらこのような星図になるのかをスーパーコンピューターを使って調べたんだけどだめだったわ」
「……よほど遠いところから来たってことですか」
「おそらくそうね。まあ、キューブを作った上に、ここまで持って来れるのだから、恒星間航行も簡単にできるのでしょうね。もちろん、何しにここまで来たのかという疑問も残るけれど」
「……」
「じゃあ、もう一つ、あなたにいいものを見せてあげる。こっちに来て」
いたずらっ子のように目を輝かせて、薫が淡く光り輝くステージに上り、悠真に手招きする。
「え」
「大丈夫よ。急に動いたりしないから。ほら」
「……」
悠真は無言で頷くと、ステージに上がった。
その瞬間、
「うわっ!」
全く予想もしなかった光景に、腰を抜かしそうになる。
「こ、これは、一体……」
そこは、山と森に囲まれた大自然の真っ只中だったのだ。
左手には、森が広がり、右手には小川が流れ、前方はひたすら草原と丘陵地、そして、その間をうねるように進む街道がはるか彼方まで連なっている。
景色だけではない、小鳥のさえずり、小川のせせらぎまでが聞こえてくる。
なにより、空気の匂いまで神殿内とは違う。緩やかな風と、土を踏む地面の感触すら感じられる。
立体映像などというレベルではない。
まさに、神殿内において、ここだけは別の世界であった。
「どう、驚いた?」
風など吹くはずのないこの場所で、薫の長い髪がそよ風になびいている。
「そ、そりゃあもう……。え、あれ?」
だが、悠真は不意にあることに気が付いた。
「ま、まさか、ここは……」
再び、周りを見回して確認する。
見上げれば、昼間の光の中、大小二つの月が寄り添うように薄く浮かんでいるのが見えた。
悠真は息を呑んだ。息苦しさに胸を押さえる。
「同じだ……全く……何もかも……」
「ここがどこだか分かるわね?」
悠真が薫を振り返る。
「……ええ、ゲームで見た場所と同じです」
「その通りよ」
そこは、ゲーム開始時に自分のキャラが現れるスターティングポイントだったのだ。
いかにも魔物が出てきそうな森、そして、初期街に繋がる街道、すべてに見覚えがあった。いや、それどころか、つい昨日もデイリークエストでこの森に来る用事があったばかりなのだ。
「これがこの機械の転送先、アヴァロンよ」
「も、もう僕たちは転送されたんですか……?」
もしかして、ステージに乗った瞬間に転送されたのかと、慌てて周りを見渡す。
というより、そうとしか思えないくらい、周りの光景がリアルすぎるのだ。
だが、薫は安心させるように、首を振った。
「いいえ。このステージ上は、いわば向こうと半分つながった状態なの。まだ転送はされていないから、私たちの実体は神殿の中よ」
「そ、そうですか……でも、転送されたらここに出てくるんですよね」
「そうなるわね」
「なるほど……」
ゲームと同じように、転送されればここに出現する。
あくまでも仮想現実だったものが、いきなり現実になったような奇妙な感覚とともに、悠真は興奮を感じていた。
「……ってことは、やっぱりゲームの世界に行くんですね」
「どういうことかしら?」
分からないという顔で薫が小首を傾げる。
「だって、ここはゲームで見たのと全く同じですし……。やっぱり、VRMMOに行くのかと」
「VRMMO? 何それ?」
「……」
やはり、科学者というものは、最近流行のテンプレはご存じないのだろうか。
「え、あの、ほら、ヴァーチャル・リアリティの大規模多数オンラインゲームですよ。人間をゲームの世界に送り込むみたいな」
そういえば、全く同じ説明をつい何時間前かに何処かでやったな、という思いにかられながら、悠真が説明する。
薫は首を振った。
「ああ、違うわよ。これは実在の世界よ。そして、この装置は実際に人を転送するのよ」
「で、でも……」
「あなたが思っているのとむしろ逆よ。ゲームの方が、この世界をシミュレートしたものなの」
「え」
「というより、あのゲームはこの世界の完全なデジタルコピーらしいわ。人間も含めてね」
「世界の完全なデジタルコピーって、そんなことできるんですか?」
人間一人の外見だけでも、ポリゴン化すれば莫大な量のデータになるのだ。それを世界まるごと完全コピーなど、気が遠くなる話であり、悠真の持っているPCどころかスーパーコンピューターでも不可能である。
「もちろん、私たちのテクノロジーでは無理だけど、このキューブに手伝ってもらえばできるわよ。実はあなたが遊んでいたゲームは、キューブにつながっていてね。ここからPCにゲーム映像として流しているだけなのよ。だから、あのゲームは、いわばモニターで見るアヴァロンの現実なの」
「ってことは、もしかしてフェリスも……」
「当然、実在の人物よ。山科くんも向こうにいる間に、街で見かけたことがあるって言ってたわ」
「おお……」
ゲーム上のキャラでしかないと思っていたフェリスが本当に生きていると聞いて、そして、自分のよく知る人物が彼女を見かけたことがあると聞いて、悠真は胸が高鳴った。
ここに来れば本当に彼女に会えるのだ。
「どうやら、納得してもらえたみたいね」
「え、ええ」
「じゃあ、あなたにはもう一つこのキューブの機能を見せておくわね」
「もう一つの機能?」
「降りてきて」
薫が身を翻し、二歩ほど戻った途端、彼女の姿が消えた。ステージを降りたらしい。
悠真も、おそるおそる足を踏み出してステージを降りる。
同時に、全ての景色が元の神殿に戻った。
「すごい……」
振り返ると、ステージとキューブが先ほどと変わらず、青い光を纏っていた。
どうやら、あの光景はステージ内だけらしい。
「むしろこのもう一つの機能を見つけてくれたことが山科くんの最大の功績なのよ。おかげで、以前よりは調査が進んだわ」
「どんな機能なんですか?」
薫の言葉に引き戻されて、悠真が尋ねる。
「この装置のインターフェイス兼ナビゲートシステムのようなものかしら。今から見せるから驚かないでね……っていってもたぶん驚くと思うけど」
「いや、さすがに、もうこれ以上は驚かないですよ」
悠真が苦笑した。
オスプレイから始まって異世界転送装置まで、これ以上何を驚くことがあるというのだ。すでに心は飽和状態で、実はキューブが空を飛ぶと言われたぐらいでは、もはや何の感慨も持たないぐらい麻痺している。
「そう? 私はむしろこの機能に一番驚いたのだけど。まあ、いいわ。なら、行くわよ。『ルクレス!』」
薫が何語か分からないような言葉を、キューブに向かって発した。
その瞬間、悠真の真横、右肩に触れるぐらいのところに、何の前触れもなく何かが出現した。
「えっ?」
その気配に、慌てて飛び退く。
そして、その正体を見て自分の目を疑った。
「な、何だ……?」
そこには、一人の小柄な女の子が立っていたのだ。
「あーん、もう。またくだらない用事で呼び出したのね?」
「え? い、いや、あの……」
いきなり彼女に問い詰められ、悠真は言葉を失い、パクパクと金魚のように口を開け、助けを求めて薫を見た。
薫は、冗談めかせてニヤリと微笑んだ。
「ほらね、やっぱり驚いたでしょ?」
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