第10話 3人目の転送者
突然現れた女の子は、身長が150 cm程度と小柄で、歳は14~15歳ぐらい。愛らしい顔立ちと、透き通るような白い肌、そして、肩先まで流れる金色の髪をサイドテールにまとめている。濃いブルーの大きな瞳は、あどけなさと年齢に見合わない知性に溢れ、少し気が強そうには見えるが、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。
それだけならただの美少女で済むのだが、彼女の格好が奇抜だった。
「ま、魔女っ子……?」
どう見ても、アニメの魔女っ子が着るようなコスチュームだったのだ。
しかも、スポットライトを浴びているかのように、彼女だけ淡い光に包まれている。
超古代海底神殿内で、高度な異文明の機械を前にこの姿は、極めてシュールな組み合わせであった。
「紹介するわね。アヴァロンキューブのナビゲーター、プーカよ」
「あなたが、神代悠真ね」
見た目の通りのやや幼い声ではあるが、何やら上から目線というか、こちらを完全に下に見るような響きが感じられる。
「え、は、はい。そうです」
思わず年下に敬語で返してしまい赤面しつつ、差し出された手を、慌てて握り返す。
彼女の手はほんのりと暖かく柔らかかった。
「フーン……」
プーカが何か言いたげにジロジロと悠真を見た。
「えっと、この子は一体……?」
値踏みされるような視線にいたたまれなくなって、薫に助けを求めた。
「彼女は、アヴァロンキューブの一部で、いわばインターフェイス兼ナビゲーターのようなものね」
「じゃあ、それならこの子はホログラムってことですか? まさか……」
さっき握り返した手の温もりは、幻影であるはずがない。というより、てっきり生身の人間がどこからか転送されて来たのかと思っていたのだ。
「ちょっと、アナタ。ホログラムですって? 侮辱するのもいい加減にしなさいよね」
プーカが不服そうな顔で、ずいっと迫って来た。そして、何事かと硬直する悠真の顔に向かって手を伸ばしてデコピンを食らわせる。
「いてっ。い、いきなり何するんだよ」
「失礼なことを言うからよ。そんな低レベルのテクノロジーと一緒にしないでいただけるかしら? そんなのじゃ、体に触れるのも無理でしょうよ」
ホログラムは投影された立体映像であり、実体を持たない。
握手してデコピンを食らったのだから、彼女は別の存在ということになる。
「あ、ああ、なるほど。それは、失礼しました……」
「フン。わたしの仕事は、あんたたちみたいな原始種族でもゲートを使えるようにすることだから我慢してあげる。けど、感謝しなさい」
うわあ……。
ものすごい上から目線である。だが、カチンとこないのは、どこか物言いに無邪気な感じがするからだろう。
「で、でもさ、何でそんな格好してるの……?」
彼女の姿はまったくこの場に即していない。というより、異文明の装置の一部であるのに、なぜこの世界の魔法少女の格好なのだ。キューブを作った人たちがこんな服装をしていたとは思えない。
薫が苦笑した。
「彼女は、いろんな服を着て出てくるのが好きみたいなの。今朝は、振袖着てたのよ」
「へえ……」
「フン。あなたが好きそうだから、合わせてあげたのよ。だって、こういうのがいっぱい出てくる深夜アニメが好きなんでしょ?」
「何で、そんなこと知ってるんだよ……」
確かに、火曜日深夜1時から放送されている、アニメ『ウィッチ・スクール』が好きだ。魔女になりたい少女が集まる学校の話で、やたらフリフリな服を着た女の子がたくさん出てくるのだ。だが、なぜそれを知っているのか。
「わたしの能力を見くびらないで頂けるかしら。低級二足歩行動物の分際で」
「分際でって、君だって二足歩行動物と同じ姿じゃないか。ていうか、いちいち全人類をこき下ろさないと話せないの?」
「後進文明なんだから諦めなさい。それに、この形態だって、あんたたちに合わせてるだけなんだから。アメーバのほうが好みならそうするけど?」
「……いや、今のままでいいよ。じゃあ、その服も君が選んだの? 魔女服だっていろいろデザインがあるだろうし……」
「こ、これは、ちょっと、いいなと思って……な、何よ、なにか文句あるの?」
「いや、ないけど」
なぜか急に慌てたように取り繕う姿が、妙に微笑ましかった。
「彼女は、インターネットとそれに繋がるコンピュータ内のありとあらゆるデータを取り込んだらしいのよ。言わば、人類全ての知識がある状態ね」
「へえ」
「フン、全ての知識をかき集めてこれじゃ、種の知能に問題があるわね」
「まあ、進化中の若い種族ってことなのよ」
プーカの尊大なコメントに薫が苦笑いする。
「それで、その服を見つけたのか」
「何よ、似合ってなくて悪かったわね」
「え、そんなことないよ。可愛いと思うよ」
口の悪さと、上から目線な態度を考えなければ、プーカは相当に美少女の部類に入る。
魔女っ子の服装も似合っていると言えるだろう。
「っ! 何よ、そんなこと言えなんて言ってないでしょ! おだてたってダメなんだから」
頬を膨らませて、ぷいっと横を向いた。
少し頬が桜色に染まっている。
「はは……」
どうやら、ツンデレというのは、全宇宙的に存在しているらしい。
「で、どう?」
やれやれという表情で、薫がプーカに尋ねた。
「そうね……この子ならぎりぎり大丈夫よ。後は意志の問題ね」
「ホント? よかった……」
「な、何が?」
目の前で自分のことを話されるのは、あまり気分のいいものではない。だが、この二人が自分の話をすると、嫌というよりむしろ自分の身に危険を感じる。何しろ、人体実験する気満々なのだ。
「あなたならキューブを使って異世界に行けるってことよ。さっきも言ったでしょ。機械が人を選ぶんだって。事前チェックに通ったから、あなたに電話したのだけど、最終判断は彼女がするのよ」
「あ……」
そのとき、悠真は『あなたなら、きっと来れる』というフェリスのセリフを思い出した。
「ということは、やっぱり、あのゲームが……」
「そう。あれは、あなたがアヴァロンに行きたくなるように作ったのよ。現地のチュートリアルも兼ねてね。だって、こんなところまで連れてきて、国家機密をバラすのは相当なリスクでしょ。ある程度説得できる見通しがないと。だから、プーカに手伝ってもらって作ったのよ」
「え、あれって僕専用だったんですか?」
悠真は驚いた。自分一人を勧誘する目的でそこまでやるのかと。これも国家プロジェクトの規模が為せる技なのだろう。
「それはそうよ。候補者の好みに合わせて勧誘しないと行く気にならないでしょ?」
「なるほど……」
「まあ、そういうわけで、あなたがここに連れて来られたというわけなの。どう、悠真くん。アヴァロンに行ってくれるかしら? 実際の転送を観測することがこの装置の解明にどうしても必要なのよ」
「それなら、この子にいろいろ教えてもらうわけにはいかないんですか。せっかく意思疎通できるんですから」
悠真の意見に、プーカが抗議の声を上げた。
「なに世迷い言を言ってるのよ。こんな装置、低級種族に理解できるわけないじゃない。あなたたちの言葉で言えば、ミジンコにスパコン渡すようなものよ。それに、未開の種族にテクノロジーを直接教えちゃダメって決まってるんだから」
「ミジンコて……、セキツイ動物ですらないんだ……」
彼女からすると、キューブと人類の距離が、スーパーコンピューターとミジンコほど遠いのだろう。
「どうやら彼女の世界では、他文明と接触する際のプロトコルが厳密に決まってるみたいでね、すでに私たちが理解していることしか教えてくれないの。まあ、それだけでも確認になるから助かるんだけど。だから、私たち自身で研究する必要があるのよ」
「それなら、ヤマさんにもう一度行ってもらえればいいんじゃないですか?」
「そうできればよかったんだけど、向こうにいる間に色々あったみたいでね、今のところ戻る気がないのよ。本当なら、首根っこをひっつかんで無理矢理にでも転送したいのだけど、行く意思がないと作動しないから」
「へえ、何があったんだろう」
薫は、ニヤリと笑った。
「どうやら、現地の人に失恋したみたいね。彼、ああ見えてデリケートなのよ。恋愛沙汰で国家プロジェクトに支障をきたすなんて許されないんだけど、意志が転送のカギになる以上仕方ないわね。ホントに、坊やなんだから」
「はあ、なるほど……」
坊や扱いとは、さすがのヤマさんも彼女にかかっては形無しである。
「じゃあ、他に転送された人はいないんですか?」
「山科くん以外には、あと二人の人間が転送されたわ」
「なら、その二人にもう一度行ってもらえればいいんじゃないですか」
「それは無理よ。……実は、これもあなたに頼みたいことなのだけど」
「?」
なぜか一瞬、薫の表情が翳った。
「これを見て。今まで転送された3名よ」
薫がキーボードを叩くと、大きなスクリーンに見慣れた男性の顔写真が現れた。ヤマさんだ。その下に、名前や職業、生年月日などのデータとともに転送日と帰還日が書かれていた。
「……残念ながら戻って来たのは山科くんだけなのよ。その二人はまだ向こうにいるわ。ただなぜ戻って来ないのかが分からないの」
「え……」
悠真は動揺した。異世界が急に危険なものに思えたのだ。
スクリーンが切り替わった。次に映されたのは、男性だった。名前は黒木修一。二十三歳。海上自衛官三尉とある。ほっそりした顔つきでどこか神経質そうな目と暗い表情が特徴的である。転送日が、今から半年以上前の、去年の十二月。そして、帰還日が空白となっている。
そして、三人目が表示されたとき、悠真は息が止まった。
「えっ……こ、これって……まさかそんな……な、何かの間違いじゃ……」
自分の見ているものが信じられない。
助けを求めるように、薫を振り返る
だが、彼女は悲しげに首を横に振った。
「残念ながら事実よ」
「こ、こんなことって……」
スクリーンに映っていた女性。それは、秋月遥だったのだ。
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