議題:勇者の保護及び派遣に関する法律案

狗須木

ルール

「これより会議を開きます」


 国の重鎮が一室に集い円卓を囲う中、議長が粛々と宣誓する。

 会議室の空気は始まる前から重苦しく、議長の言葉に応える者はいない。シンと静まった部屋で誰かの嘆息だけが響いた。


「この度の緊急議会では勇者の保護及び派遣に関する法律案についてを議題とします。まずはその趣旨の説明を宰相に求めます。クロード・アズリア殿」


 議長に指名され、クロードが席を立つ。


「では、議題となった勇者の保護及び派遣に関する法律案の趣旨について説明する。本法律案は先日確認された勇者マティアス・ベルジュラック及び今後確認される勇者について、我が国における立場を明確にし、勇者本人及びその活動への対応を定めるために提案した。その大要だが――――」


 この国で政変が起きてから十年以上が経った。王位を奪い取った男の片腕であるクロードは四十歳を目前に控えているが、老獪さを極めた人物が揃うこの場では間違いなく若輩者だった。

 新王派の貴族を積極的に登用することで新王の立場を着々と固めてはいるものの、その地盤は未だ完全ではない。主要な旧王派の粛清は済んだが根絶には至っておらず、現にこの会議に出席する議員も新王派と旧王派で二分されている。


 旧王派の議員から向けられる粘っこい視線が煩わしい。死にぞこないのタヌキジジイどもが…………内心毒づきながら、勇者法案の趣旨について淡々と述べる。


「――――以上が、勇者の保護及び派遣に関する法律案の趣旨となる」

「次いで、ただいまの趣旨の説明に対する質疑通告を順次許します。オディロン・デュヴィヴィエ殿」


 名を呼ばれ、老齢の男性が片手を上げて応える。その濁った瞳は真っ直ぐにクロードへと向けられている。


「アズリア殿。勇者の在り方を法で定めようというその慧眼、実に感服に値する。歴代の王が至らなかった知見だ。いやはや、斬新な手法であることよ」


 老いぼれが、さっさと耄碌すればよいものを…………表情を変えず、無意味な前置きを聞き流す。議会の度に聞かされる嫌味だ。この程度、既に慣れている。


 オディロンは現在の旧王派の中心人物である。このオディロンさえ処理できれば残りの有象無象など手を下すまでもなく消え失せるというのに、政変を生き延びただけあってこの狸、全く尻尾を見せない。目の上の瘤とはまさにこのような者のことを言うのだろう。


「しかし、アズリア殿。私のような老いぼれには、どうにも難しい話なのだ。この草案だが、いくら読んでも腑に落ちないところがある」



 今日、この瘤が言おうとしていることは聞かずとも分かっている。



 勇者の存在は伝説とされていた。それほど秘匿されていた情報だった。勇者が実在していたことを知っていた人物が、果たしてどれほどいただろうか。

 クロードはもちろん、新王も知らなかった。勇者が現れた時の慌て様を見る限り、旧王派も知らなかった。

 勇者の登場は、誰にとっても想定外だった。


 そして、その事実が付け入る隙となったのは――――新王派だった。


 旧王派の主張は、新王が王たる正当性が無いことを根拠としたものだ。

 その正当性というのは、初代王は神より冠を授けられた、ゆえにその血筋こそ王の証、などという世迷言である。


 新王もクロードも、神など信じていない。

 信仰を国の核とする在り方など、疑問しかない。


 ゆえに、新王は宗教と政治を切り離した。総本山たる神殿を焼き払った。同時に、旧王派が根拠としていた正当性とやらが記された聖典も全て灰にしてやった。


 だというのに、勇者が現れた。


 勇者とは神から授けられた聖剣で闇を払った者だ。その存在は信仰を、聖典の内容を正当化してしまう。信仰が正当化されてしまえば、新王に王の資格がないことが証明されてしまう。


 神殿を焼き払ったことが、大罪となってしまう。

 必ず、旧王派はこの件を追及してくる。


 くだらない。実にくだらない。


 しかし、そのくだらない理屈が新王の立場を揺るがしている。築き上げたものが、勇者などという小童一人の登場によって崩されようとしている。


 新王派は勇者を確実に手の内へ取り込まなければならなかった。仮に何の力を持っておらずとも、法で縛り飼いならしておけば後顧の憂いが絶える。損は無い。

 万一その力が伝説通りだったならば、他国を容易に上回る武力を得たことになる。しかし同時に、伝説通りだと、新王は王の座を追われかねない。


 まさしく諸刃の剣である。それでも、新王は勇者を掌中に収めなければならなかった。そうしなければ、勇者の存在は遠からず新王の首を斬り落とす。それだけは避けなければならない。



 これは――――新王の手腕を問う試練だ。


 必ずや乗り越えてみせる。かの猛獣をこの手で御し、王の威光を示してみせる。

 それでこそ、クロードはあの男の片腕たり得るのだ。



 では、如何にして勇者を取り込むか。

 その答えが勇者の保護及び派遣に関する法律だ。


 良くも悪くも、聖典は、勇者に関する記述は、既にこの世に存在しない。勇者を規定するものは何もない。信仰を正当化するための証拠はどこにもない。旧王派の主張はどうやっても妄言の域を出ない。


 つまり、伝説の勇者はただの御伽噺で、実在する勇者とは異なる。

 そう定めてしまえばいい。


 新王に都合の良い、新しい勇者ルールを作ればいい。

 それだけの話だ。



「……お言葉ですが、デュヴィヴィエ殿。それらに関して、証拠がおありですか」


 狸の戯言など、この一言で全て躱せると言っても過言ではない。

 新王の立場を揺るがす聖典は、存在しない。


 聖典を出せない旧王派など、恐れるに足りない。



 この国は、我が王が法律ルールだ。

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