第5話 僕たちは早急にお金が必要だった

「ははぁ、まだこの町に居たのかお前さんは」


 たまりにたまった書類の山を整理していたギルドマスターはカウンターの向こうでため息をついて僕たちを出迎えた。


「もうここに居るのは魔王討伐に行かず残ると決めた連中だけだぞ。わかったらとっとと荷物をまとめて出発することだな」


 ここはギルド。町の中で一番活気がある場所と言ってもいい。冒険者や勇者たちと町の人々とを繋ぐ大切な拠点となる施設だ。

 人々が協力して作り上げたこの世のシステムの柱ともいえるギルドリンクシステムによって、他の町に出ても冒険者や勇者としての身分や職が保証されているし、功績が引き継がれていくのだ。


 いつもは仕事や仲間を探す冒険者や勇者たちが情報交換を行い賑やかなこの場所も、ぱらぱらとまばらな人の出入りはあるが、静まり返っている。

 ギルドマスターが離れた距離にいる僕らとこんな世間話をする暇があるほどに。


「まあ…長い付き合いのお前さんが出発前に顔を見せに来てくれたのは嬉しいが」


 一人で喋るギルドマスターを余所に、金髪で整った顔立ちの勇者は居慣れた足取りで掲示板に向かい、貼られた仕事を吟味していたが、不意に答えた。


「いや、出発前にもう一仕事していこうかと」

「はぁ?! 今の俺の話を聞いていたか?!」

「ええ、まぁ。でも、お金がなくて。できれば今日中に2000Gくらい欲しくて」

「2000Gってのは高望みがすぎるんじゃねえか。庭の雑草抜きでも300Gだぞ」

「それはいつもやってるから今はいいです」


 ……うわ、雑務。金額がどうこうじゃなく、勇者の請け負う仕事じゃないよ。

 でも、わかる。いつものポロシャツとズボンに土と草の汁を滲ませながら、暑い日差しの下で草むしりをして首に巻いたタオルで汗を拭うこの男の姿が、まるで見ているかの如くまざまざと目に浮かぶ。……はぁ。

 そうだよなぁ、僕の相棒はどこからどう見ても勇者って感じじゃないしな。端正な顔と鍛錬で引き締まった体は、きちんとした鎧や良い素材の服に身を包んだら、たちまち見違えそうなのに。今の勇者の恰好では、村人と見間違えられたとしても仕方がないと思う。


「さっき王様に謁見したら、剣と盾を取り上げられてしまったんですよ」

「……ああ、即勇だからか」

「ええ」


 この界隈では『即勇だから』で、この理不尽な仕打ちに値するには十分な理由となってしまうらしい。相棒の僕からしたら、生き死にに関わるのでそんな言葉で片づけられる問題ではない。たまったもんじゃない。それに、悔しい。

 けれど、当の勇者はいつもすべての感情を殺したような何でもない顔で話すから、何も知らない上に喋ることのできない僕に口出しできるものではないのだろう。

 彼の傍に居ると決めた以上、僕も彼の処遇を共に受け容れる覚悟が必要だ。


「お前さんが勇者学校を目指してたガキの頃から見てきたが、お前さんは本当に、親父さんに似てきたな。いや、アイツの方がもっとしっかりしていたか」

「そう、ですか。……あとで父さんにも、挨拶をしないと」


 なんだか少しだけ、勇者が微笑んだような気がした。

 ……勇者と目が合った。


「君のことも、まだきちんと紹介できてなかったですし」

”うん……”


 勇者のお父さん、か。

 魔王が眠りについている平和なこの町で勇者をしていたと聞くけれど、一体どんな人なのだろう。

 いつも家族の話題になることを避ける勇者が、優しい顔になるほどきっと、素敵な人なんだろうな。


「で、この依頼を受けようかと」

「あ? 切り替えが早いな、お前。ああ、これは───ダメだ」

「ダメってなんですかダメって」

「下手するとこの町から出られなくなるほど、危険な仕事だからだ」


 ”勇者! いくらお金に困っているからってそんな無茶に走らなくても……”

 そんな僕に、ぴらりと掲示板から剥がした依頼書を見せてくる。


「これのどこが危険なんですか?」


 そこには、『お嬢様と留守番3時間で2500G』と書かれていた。

 2500G?! 勇者がよく食べてる団子何本分だ…?! 依頼内容が留守番って。金持ちだと金銭感覚がおかしくなるのだろうか。なんだか物足りなくなって最後に0を1つ多く書いてしまう癖でもあるのだろうか。

 しかし、そんな冗談を挟めそうな余地がないほどにギルドマスターの表情は険しい。


「その依頼を受けて無事に2500Gを稼いだ者はいない。むしろ、多額の借金返済のために冒険者としての活動時間を費やす者が相次ぐ、冒険者キラーな依頼だ」

”なんでそんなに危険なら貼ってあるんだよ”

「逆にその依頼書を掲示している理由を聞きたいですね。こうして僕の目に留まったのも、そこに1枚だけ目立っていたからですし」


 ギルドマスターは頭を抱えながら頷いた。


「俺も本当は掲示拒否をしたいところなんだが、そこの家は城とも繋がっている超がつくほどの権力者の家だ。依頼拒否なんてした日には俺の首が飛ぶ。魔王が復活して大騒ぎだからってことで、この町には請け負える者がいなくてスルーがお互いのためなんだよ」

「ふーん」

「そこはもっと同情してくれよ」

「でもこの依頼しかないんですよ。他の依頼じゃ額が足りない。貴方も僕の出立を阻むんですか。それに、もう少しでこの依頼の時間がきますよ」

「うっ…。それを言われると心が痛むな。他にお前さんが金を稼ぐ方法がないのも事実。仕方ない……依頼人に連絡する」

「よろしくお願いします」

「お前さんの最後の依頼とならないように祈っとくよ」


 すごすごと電話口に向かうその様は、本当に気が進まないようだ。あんなにしおしおになっているギルドマスターの後ろ姿は初めて見た。


”大丈夫なの?”

「ええ、従者くん。今の僕らに魔王討伐より怖い依頼なんて、ないでしょう」


 それはそうだけれども。相変わらず、どこからその自信はくるんだろう。

 はは、なんだか僕も大丈夫な気がしてきた。


 ええいままよ、なるようになれ!

 従者として、一蓮托生の覚悟はできている。



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