第9話 九月

 がちゃん、と、錠前を落とす。

 捕らえた海賊数人を、クリスは自らの手で幽閉した。

 クリス率いる軍艦の牢屋スペースである。

 最も幼いと思われるオパールの瞳の少年が暴れて苦労したが、手刀で気絶させることでことを運んだ。

「………………」

 その様子をぼんやりとした虚ろな瞳で見つめるのは、オブシディアンの男、蝶咲蓮である。

「……いかがなさいましたか、国王陛下」

「……いえ」

 蓮は物憂げに俯き、顔を逸らす。

 彼のそんな様子を見て取って、クリスは「ああ」と頷いて見せた。

「そういえば、国王陛下はこの者たちに騙されていたのでしたか。そして長い間生活を共にしていた……部下である白百合殿も海賊の残党にかどわかされてそろそろひと月、彼らに対し並々ならぬ情が湧いても致し方ない」

「ええ……」

 クリスは白百合が望んでニコルたちと行動を共にしていることを、蓮に明かしていない。不用意にそんなことをすれば、きっと蓮は今よりも深く傷付くことになるだろうからだ。

「……こちらへどうぞ。少しでも気を紛らわせましょう。自慢の紅茶を用意します」

「ありがとうございます」

「蓮!」

 牢屋の鉄格子を両の手で掴み、いつの間にか気絶から目を覚ましたオパールの瞳の少年が彼の名を叫んだ。

「なあ、こんなことするなんてなにかの冗談だろ? 出せよ、蓮! 友達だろう!」

 彼の言葉に答えることなく、蓮は苦しげに眉を寄せる。

 クリスは鉄格子を掴む手を乱雑に蹴り上げた。

「痛っ……」

 クラレンスが蹴られた衝撃で身を強張らせる。そこへクリスは追撃を始めた。

「友達だと?」

 エメラルドの瞳を嫌悪と憎悪に染め、クリスは吐き捨てる。

「今まで散々彼を騙し、好き放題やってきたくせに、よくそんなことが言えたものだな。この通り国王陛下は苦しんでおられる。すべて貴様らのせいだ、海賊どもめ」

「オレにはちゃんとクラレンスって名前がある! 人のことはちゃんと名前で呼べって教わらなかったのか? なあ、大佐さんよ!」

 クリスに噛みつくクラレンスをたしなめるようにほかの海賊たちが彼の肩に手を添えるが、クラレンスは止まらない。

「蓮はずっとオレたちの友達だ! オレたちはみんな蓮が大好きだし、蓮もオレたちを大事にしてくれた! だからお前の言うことは嘘だ! この嘘つきが!」

「やめてくださいっ!」

 ほぼ悲鳴に近い声で、ふたりのやりとりを見ていた蓮が叫んだ。頭を手で押さえ、頭痛をこらえるように、耳を塞いでいるかのように。

「あなた方はわたしを裏切った! ニコルさんも、マリアーノさんも、クラレンス君、あなたも! わたしを裏切り、あろうことか白百合さんまで奪ってしまった! もういやだ、あなた方を相手にするのさえいやなんです! わたしを懐柔して、この国を乗っ取るおつもりだったんでしょう? そんなことさせるものですか!」

「そんな、蓮……オレたちは――」

「言い訳なんか聞きたくありません!」クラレンスの弁解を遮って、蓮はさらに声を荒げる。「友達? わたしの大切な彼女を奪っておいてなにを言うんですか? 許さない、わたしはあなた方を許さない! その厚顔無恥な姿、腹が立つ! いいですか、もうわたしとあなた方は敵なのですよ! さっさと祖国へと帰って、晒し首にでもなってしまいなさい!」

 叫び、荒く息を吸って吐いて、蓮はくるりと牢屋の海賊たちへ背を向けた。

「行きましょう、クリスさん。わたしは彼らにもう二度と顔を向けたくないんです」

 驚愕の表情で蓮を見つめていたクリスは、意表を突かれて「ああ、はい。わかりました。ではこちらへ」と蓮を促して、牢屋スペースから彼と共に姿を消した。

 残された海賊たちは、鎮痛な面持ちでそれを見送った。

「蓮……オレたちのこと嫌いになったのかな」

 クラレンスが悲しげに呟く。

 蓮に最も懐いていたと言ってもいいクラレンスの口から、はっきりと「嫌われた」と聞くのは誰しもつらいものがある。きっと蓮の言葉に嘘や偽りはないだろう。彼が心の拠り所としていた白百合を奪ったのは事実だ。それに関して、罪悪感がなかったわけではない。

 しかし必要悪であったと、クラレンスらは考えていた。

 考えていたが、さらに思考していたなら、この結論にも辿り着いたはずだ。

 白百合を奪った自分たちを、蓮が本当に憎んでしまう可能性もあることに。

 そこまで思考が及ばなかったのは、蓮を必要以上に信用しすぎていたことと、白百合との洞窟生活が以外にも楽しかったことが起因するだろう。

 みな、考えるのをやめていた。

 その場限りの享楽で思考停止していた。

 蓮が優しい性格だからと言って、なんでも許してくれるわけではない。

 クラレンスはそれを知っていたはずなのに――。

「……蓮、謝ったら許してくれるかな」

「さあなあ」

 クラレンスの呟きに、ローズクォーツの瞳の大男、オズワルドが慰めにもならない相槌を打った。


 ◇◇◇


「ふう――」

「落ち着きましたか」

 紅茶のカップをソーサーへ置き、蓮が一息ついたのを見越して、クリスは彼に声をかける。

 先ほどまでひどく興奮していて大変だったが、紅茶を飲むことで気持ちに踏ん切りがついたらしい。

「すみません、ひどい醜態を晒してしまいましたね」

「いえ、心中お察しします。ボクも同じように大切な人を奪われたら、きっと平常心など保てないでしょう」

「そのようには見えませんが」

「これでも激情的なんです」

「そうでしたか」

 蓮は頼りなく頷いた。

「クリスさんは、大切な人を奪われたのですか?」

 ずばりと、抉るように蓮が切り込む。意図しているわけではなさそうだが。

 ――天性の才、か……?

「そう見えますか」

 はぐらかすようにクリスは応じた。馬鹿正直に自らの出自を明かすものではない。

「いえ……」蓮は思案するように唇に手を添えた。答えあぐねているようだ。「しかし、なんとなく、そう感じたもので……。不確かな勘のようなものです。あまりまともに受け取らないでください」

「構いませんよ、国王陛下」

「国王陛下はやめてください。今のわたしなど、国王にふさわしくない」

「では……どのようにお呼びすれば?」

「普通に蓮と呼んでくだされば」

「では、蓮さん」

「はい、なんでしょう?」

「あなたの直属の部下――白百合さんは、以前話しておられた女性のことですね?」

「――――っ」

 言葉に詰まった。これは肯定の意として受け取れる。

 白百合が男性ではなく女性である事実に、クリスは彼女とまともに関わることなく到達してみせた。

「何故……それを……。あの子の素性は、誰にも……」

「誰にも? いいえ、あなたが知っているから、ボクも知ることができたんですよ、蓮さん」

 覚えていませんか?

 と、クリスは問う。

「先ほどご自分でおっしゃっていたではありませんか、『わたしの大切な彼女を奪っておいて』――彼女。女性の代名詞ですね。そしてあなたがあの海賊たちに奪われた人間は、白百合さんしかいない――簡単な話です」

「そう、でしたか……ああ、わたしらしくもない失敗ですね。この十数年、わたしと彼女のあれやそれやは誰にも侵されない秘めごとだったのに」

「訊ねてもいいでしょうか」

「……どうぞ、なんなりと」

 蓮は両手を挙げて、お手上げのポーズを取った。

 この様子ならば、ある程度の秘密も喋ってしまいそうだ。

「何故、白百合さんと立場の交換などという真似を?」

「……わたしのわがままです」

 俯きがちに、蓮は言葉を並べた。訥々と、昔を懐かしむように語る。

「わたしが外へ出たいと駄々をこねて、誰もが困り果てたとき、白百合さんが言ったのです。『わたしの名前をお使いください』と。わたしが白百合となり、彼女が蓮となることで、わたしは外へ出ることを許された。もちろんほかの部下たちは反対しました――いえ、それ以前に、もとから彼女の介入にいい顔をしていない方々ばかりでした」

 蓮はティーカップを置き、切なげに微笑んだ。昔を懐かしんでいる面差しだ。

「ほかの国のことは存じ上げませんが、この国では政治に女性が関わることはほとんどないものですから、反発も多かったのです――けれど彼女は無理を通して、わたしの願いを叶えてくれた。わたしが国王、蝶咲蓮ではなく一介の軍人、白百合となり替わることで、わたしを外の世界へ出してくれた。それがこの入れ替わりの背景です」

 蓮が黙ったところで、クリスは軽く頷く。

「ふむ、なるほど――では、白百合さんのファミリーネーム……苗字を教えていただいてもいいでしょうか。ずっと彼女の名は、白百合、としか聞いていないものですから」

「ああ、それは無理のない話です。何故なら彼女の名前は、白百合だけで、苗字がありませんから」

「苗字がない?」

 本来軍などの組織に属する人間ならば、苗字がなければ困るのではないか。それに戦国の世ならいざ知らず、今は文明開化の時代、苗字を持つ人間の方が多くなったと聞く。

 クリスの疑問に、蓮は音もなく俯いた。

「はい。白百合さんは、いわゆる孤児でした。屋敷に侵入してきた浮浪児を、わたしが勝手な判断で引き取ったにすぎません。出会った当初は、名も、記憶もない子供でした」

「記憶がない……」

「ええ。自分の名前すら忘れてしまっていて、彼女の氏素性など探ることさえ不可能な状態だったんです。そんな彼女を、わたしは自身の直属の部下として雇い入れました」

 言い終えて、蓮はカップを口につけ、紅茶を飲んだ。

「それでは今度はわたしがお訊ねしますね。あなたはニコルさんのご兄弟――ということで間違いありませんか?」

「な――」

「ああ、やはりそうでしたか」

 蓮は困ったように口元を笑みの形にした。どうも彼からは頼りない雰囲気を感じがちだが、その実態はかなり優秀な人材だ。蓮が世界海軍の味方につけば、これ以上ない頼もしい存在となるだろう。

 人の好さは文字通り人から好かれる。

 少々人の好さが過ぎてお人好しの気もあるが、先ほど海賊の少年に見せた顔も鑑みればなにがあろうとも人に優しくするわけではないらしい。

 許す、許さないの判別はつく。

 そして、クリスとニコルが兄弟であることを見抜いた観察眼。そして頭脳。

 こんな小さな島国の国王だけでいるには惜しい。

「いつからそれに?」

 平静を装いつつも、クリスの心は掻き乱されていた。

 蓮と白百合の関係ではないが、クリスの兄がニコルであることは海軍でも一部の人間しか周知されていない。肉親が海賊だなどと、厳しい規律の世界である海軍では即解雇の対象だ。もちろん例外は存在するかもしれないが、クリスは自分がその例外に当てはまると楽観はしない。元来生真面目な性格ゆえ、下手な自惚れはしないたちなのだ。

「いつから……でしょうか。確信していたわけではないので、正確にはわかりませんが……最初に気付いたのはわたしではなく白百合さんですよ」

「白百合さんが?」

「彼女、なにも興味がないように見えて、結構ものごとをちゃんと見ているんです。初めてあなたと白百合さんが謁見したとき、もうすでに彼女はあなたとニコルさんの類似性に気付いていましたから……」

「ほかの国の人間は、見慣れていなければみな一様に見えると聞きますが……」

「彼女は特別ですから。もしかしたら、彼女の生まれはわたしよりももっと高貴なものかもしれないくらいです」

 白百合の話をするときだけ、蓮はとても得意げな表情になる。まるで彼女が、もっとも誇らしい存在であるかのようだ。

「国王以上の高貴な生まれなど、ボクには想像もつきませんが」

「いいえ。国王以上の高貴な生まれはありますよ――神様、とか」

 最後に付け足した言葉は冗談めかして、蓮は嬉しそうにくしゃりと破顔した。

「――それからあなたと実際に会って、髪色と、濃淡は違いますけれど緑の瞳……それを見て、わたしもそうかもしれないと思うようになったんです」

「この瞳の色は――」

 クリスは、問われたわけでもないけれど、昔を懐かしむように目元に触れながら言った。

「ニコル――兄は、エメラルドの瞳と評していました」

「そういえば、彼らは人の瞳の色を宝石で例えていましたね」

「はい。人の瞳の色を宝石で例えるのは、兄の癖です。いつの間にかボクも他人の瞳を見ると、つい宝石で例えてしまうようになるくらい」

「クリスさんから見て、わたしの瞳はなんの宝石ですか?」

「それは……」

 エメラルドの瞳で蓮の瞳を見つめて、

「オブシディアン……ですね」

 と言った。

 それを聞くと、蓮が苦しげに、つらそうに微笑する。

「ニコルさんと、同じことを言うのですね」

「ニコルも、蓮さんの瞳はオブシディアンだと?」

「はい」

 短く答えて、それきり、蓮は口を閉ざしてしまった。


 ◇◇◇


 世界海軍大佐、クリス・ミューアヘッドと、この国の国王、蝶咲蓮が話題に挙げていた、蜜薔薇の海賊団キャプテン、ニコル・ミューアヘッドと、国王側近、白百合、そして話題には挙がらなかったが、蜜薔薇の海賊団副キャプテン、マリアーノは、海に飛び込み逃げおおせた先で、途方に暮れていた。

 逃げおおせたはいいが、彼らには雨風をしのげる場所がなかったのである。

 雨風をしのげる場所どころか、食事を摂る場所も、眠る場所も、休む場所さえもなくなってしまった。

 ひと月前に海賊団全員で使っていた洞窟は海軍の軍人たちが厳重に見張っていてとても近付ける状態ではなかった。ならば白百合の住む屋敷はどうか? という意見も出たが、すぐに却下された。白百合の住んでいた屋敷付近は特に人通りが多いのだ。そんなところへ下手に近付けば、海軍の人間に見つけてくれと言っているようなものである。

 白百合の住む屋敷は、言ってしまえば国王の住む屋敷だからだ。城ではないが、城下町――どころか、城そのものに近付き、断りもなしに入城すれば、海軍でない一般人でも、彼らを訝しみ通報の対象となる。白百合ひとりだけならまだしも、異邦人であるニコルとマリアーノは特に怪しく見えるだろう。鎖国政策が終わったところで、異邦人の珍しさは変わらない。

 三日とおかずに場所を移しながらその日その日を乗り切っているが、そろそろ限界が近付いてきた。

 現在はもう使われていないと見られる寂れた漁船で寝泊まりしているが、ここも引き揚げなければならない頃合いだ。

「………………」

 と、不機嫌に黙り込んでいるニコルは、ペリドットの瞳を強く見開き、海を睨みつけていた。まるで海そのものが、巨大な肉親の仇でもあるかのように。

「あまり外に出ると海軍に見つかるぞ、海賊」

 白百合が漁船から顔を出し、ニコルに呼びかける。

 ニコルは「………………」と黙ったままだ。

「傷が痛むのか?」

「………………」

「囚われた仲間が恋しいか」

「………………」

「黙っていてはなにもわからない」

 言って、白百合はひらりと漁船から飛び降りてニコルの隣へ立つ。

「マリアーノさんが集めた情報によれば、世界海軍の連中に捕まっていないのは、もうお前たちふたりだけのようだ。このままでは彼らは殺されはしないまでも、残忍な拷問にかけられる可能性が高い」

 あくまでも淡々と、感情を滲ませない声で白百合は語る。

「お前が彼らを想う気持ちはわかる。だから――」

「気持ちはわかるだって? お前に俺たちのなにがわかる」

 ようやく口を開いたニコルは、乱暴に白百合の胸倉を掴んだ。

 白百合はたいして驚いた風もなく、ラピスラズリの瞳を細めてニコルを見据える。

「今までの生活の鬱憤を、僕にあたって解消しようとしているのか?」

「……悪いかよ」

 ニコルはペリドットの瞳を鈍く光らせて白百合を睨みつけ、噛みつく。

「主人を信じるわんちゃんは気楽でいいな。それに比べて、俺たちは頼れるものがいないはぐれ者だ。罪を着せられ国を追われた奴、呪われた一族だとかで迫害を受けた奴、身体に欠損があっただけで赤ん坊のまま捨てられた奴! お前みたいにお国の温室で育てられた人間にはわからないだろうがな!」

「温室?」

 白百合を包む空気の温度が、少しずつ、下がっていく。

「そうだ。ぬくぬく過ごしてあったけえ飯食って、女の癖に国王の側近なんていう上役に昇りつめて! そんな奴が、底辺の気持ちなんざわかるわけがないだろうがよ!」

「底辺の気持ちがわからないだと?」

 白百合は、自らの胸倉を掴んでいるニコルの腕を握りしめた。細く白い指が、ニコルの手首に食い込む。

 白百合が女であることを知ったニコルの反応は、当初は「まあそんなこともあるだろう」くらいの気持ちだった。女の海賊が珍しいように、女の軍人もまた珍しい。厳しい国ならば、女が軍人であることをさえ厭うこともある。だから、白百合が男として性別を偽って軍人になり、国王の側近でいることに、なんの違和感も覚えなかった。

 ――だが、今は違う。

 極限状態まで追い詰められているニコルは、白百合が女であるのに国の上役に座っていることが苛立たしくてたまらないのだ。

 いつもの余裕綽々な状態ならば考えられないニコルの行動だが、現在彼の立っている状況を見れば、小さなことが気に障ってしまうのは彼が相当に追い詰められていることの表れであった。

「僕は主のために女を捨てた。喜んで、だ。しかしそれ以前、僕は、お前の言う底辺にいた」

「――なに?」

 思わず、ニコルは白百合を掴んでいた手の力を緩める。

 すかさず白百合はニコルの手を振り払った。

「痛くて憎くて……しかしなにを憎めばいいのかもわからなくて――道に倒れている子供など誰も見もしない。道行く人にとって人間ではない、青い目をした化け物である僕は取るに足りない存在だった。雨にうたれて、身体の芯から冷えきって、このまま死んでいくものだと諦めていた」

「だったら何故、お前は蓮の隣にいる」

 狼狽を映した顔色で、ニコルは白百合に問いかける。

 彼女はただただまっすぐに、ニコルの問いに答える。

「主が傘をさしてくださったからだ。青い目の化け物を、近くにおいてくださったからだ」

 首を左右に振り、まっすぐ、ラピスラズリの瞳でニコルを見つめる。

「確かにお前の言うように、僕がお前たちを理解することは難しいだろう。先ほどは慰めのつもりで浅慮なことを言ったことを詫びよう。だが、お前たちと協力することくらいはできるはずだ」

「白百合……」

「我が主は超のつくお人好しだ。きっと今頃、なにか行動を起こす準備をしているはず――だから僕は、主の意に沿うさ」

 そう言うと、白百合は勝気に笑みを浮かべた。

 ニコルが彼女の本当の笑顔を見たのは、これが初めてのことになる。

 ――なんだよ、お前、そんな顔もできるのか。

「……そういうときはね、白百合ちゃん、友達になろうって言うんだよ」

 いつの間やらニコルの背後に立っていたマリアーノが、大きな図体を縮めてひょっこりとニコルの肩の向こうから顔を出す。

「友達……?」

 白百合が首を傾げると、マリアーノが素早く移動し、彼女の手を取る。そして、そのまま握手をした。

「こうやって、ほら、もう俺たちは友達」

「ふうん?」

 白百合は理解も追いついていない様子で曖昧に首を傾げた。

「ほら、ニコルも」

 ニコルの手を取り、マリアーノが白百合の右手を絡ませた。

「俺もか?」

「お前と友達じゃないと、意味ないだろ」

 怪訝な顔のニコルに向かって、マリアーノはふわりと笑う。

 白百合は真意を測りかねている様子で首を傾げたままだったが、唐突に「あ」となにかを思いついたように声をあげた。

 実際、とある思いつきをしたらしい。

「ひとつ、ある。雨風をしのげる場所。あそこなら、もしかしたら世界海軍もあまり手は出さないかもしれない」

 伸るか反るかで言えば、乗るべき案である。

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