「オーケンの、このエッセイは手書きです」書評

 ロック歌手の大槻ケンヂ、愛称はオーケン。彼の書いたエッセイは、ただ愉快なだけではなかった。気負わずに読めるのに、心に残る。一息つきたい時に読みたくなる本だ。


 筆者の大槻ケンヂはロックバンド筋肉少女帯のボーカリストで、作家でもある。映画や文学、プロレスやオカルトに詳しい。

 ミュージシャンとしては筋肉少女帯の他、特撮というバンドやソロでの活動などもしている。筋肉少女帯や特撮では、ほぼ全曲の作詞をしている。

 作家としては、小説、エッセイ、詩集などを発表している。小説では、優れたSF作品に送られる「星雲賞」を2年連続で受賞している。


 この本は雑誌やネットの連載をまとめたもので、体験記が多い。

 地の文でも話し言葉に近い文体で書かれている。軽く親しみやすいが、「軽薄」ととる人もいるだろう。

 話によって題材は変わる。東日本大震災。音楽活動や創作などの話。「理想の死に方」「2代目大槻ケンヂ」「老人ホーム・オーケンハウス」「サイン会護身術」などの空想。本や映画などの趣味。パソコンが苦手だという話。子供の頃の都市伝説。下ネタ。その他色々。


 楽しく読めるエッセイだが、深い文章も含まれている。特に心に響いたのは、次の3つだ。


「震災から今日までラジオを聴く機会が多く、かかる音楽はもっぱら、応援系ポップス、いい人系ロック、無難系スタンダードに限られていた。

 もどかしいな。

 そういう音楽は重要だろうけれど、こういう時にそういうんじゃない音楽を必要とする人だって沢山いるはずだ。」(12ページ)

 どんな時も、場の空気になじめない人はいる。そういう少数派の人々も、彼らのニーズを満たす人も社会には必要だ。だが、彼らの視点を持てる人はそんなに多くない。もちろん、大槻ケンヂ自身も少数派のニーズを満たす人のひとりだ。


「観る者の人生をいい方へちょっとでもころがすことは表現者の務めである。」(29ページ)

 自分は全くの無名で、創作の技術もそんなにない。当然プロには遠く及ばず、月とスッポン、いや太陽とダンゴムシほどの差がある。創作で迷うこともよくある。

 この文を読んで、創作のモチベーションが上がった。誰かに届けるためにももっと書いて上手くなろう、少しでも知ってもらおうと思った。


「僕はアングラ・サブカル者を自覚しながらコンプレックスなのであろう、流行に乗ったスクールカースト上位への憧れも実はあった」(205ページ)

 大学時代の筆者自身のことを書いているのだが、読んでいるときに私のことを言われたような気がした。

 周りになじみたい、世間で言う「イケてる」グループに入りたい。そう思う少数派もたくさんいるだろう。自分だって俗に言う「陰キャ」だが「陽キャ」への憧れはある、そんな多くの少数派のひとりだ。


 このエッセイは、一息つきながら軽く笑える。そんな愉快な文章だからこそ、鋭い一言がより深く感じる。少数派の人なら深く共感でき、少数派でもいいと思える。多数派の人なら笑いながら知らない世界を覗ける。筋肉少女帯、特撮、大槻ケンヂのファンはもちろん、心を休めたい人、笑える本を読みたい人にもおすすめしたい1冊。

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