僕たちのルール
立花 零
ルール
「人と関わるのが、怖いの」
昔から、一人でいることが苦手で、他の人もそうなんじゃないかと思い込んでいた。だからこそ、そうじゃない人がいることには純粋に驚いた。
いつも一人でいる女子生徒・神崎さんは、意図して一人でいたのだということに、僕は彼女に声をかけて初めて知った。
「どうして怖いの?」
僕を前に怯えた表情の彼女は、相手が自分に対して危害を加えたいわけじゃないということに安心したのか、表情を緩めた。
そう感じただけで、実際はそんな感情ではないのかもしれないけど。
「初めて話す人にそこまでは言えないけど・・・」
それもそうか、と納得する。
怖い理由、ということは弱みでもある。初めて話す相手に自分の弱点を晒すことなんてできない。もちろん僕だって。
「じゃあ、友達にはなれないかな?」
「え?」
「友達」
聞き取れなかったのかもしれないともう一度繰り返した。そんなに聞き取れないような言葉だっただろうか。
「そうじゃなくて。どうして友達になんて」
神崎さんは”友達とはなるものではなくなっているもの派”の人だろうか。それはそれで素敵な考えだとは思うけれど、人と人がその仲を進展させるのにはきっかけも必要だったりするものだ。
「友達になりたいって思ったからだ。僕の目標はみんなと友達になることさ」
「なにそれ」
彼女は呆れた表情を見せた。
この話をすると、大抵の人は僕の頭がおかしいのだと思ってしまう。実際そうなのかもしれない。目標を達成することは即ち同じくらいの人間にやばい奴と思われることと同じことだ
「友達に、なってくれる?」
繰り返した問いに、彼女は表情を曇らせて俯いた。
「友達が、わからない。でもこのままじゃ駄目だとも思う」
不安そうにそう呟く彼女。
「友達になろう。君の力になれるかもしれない。不安をなくせるかもしれない」
「でも、」
「僕と君だけのルールを決めよう」
視線をあげた彼女と目が合う。
にこりと笑って彼女の不安をどうにか和らげようとする。人の気持ちを汲み取るのは苦手だったりもする。大体は自分の好きなように生きているから。
「ルール?」
僕が勝手に口走ったことだけど、それが一番距離を縮められる方法だと思った。
「そう。君が不安に思うこと、嫌なことを教えて?それで僕らの間にルールを作る。それは常に変化していく」
彼女は話の内容が上手く汲み取れていないようだった。そりゃそうだ。僕だってわからない。あまりにも遠回りをし過ぎる話し方だった。
「友達って正解があるわけじゃないから。僕と君なりの友達の形があったっていいと思うんだよ」
「友達の・・・形」
「うん」
どうかな、と問うように首を傾げる。これで駄目だったら引き下がろう。友達は強制してなるものじゃない。
彼女の答えを待つ間、周囲をきょろきょろと見渡す。
声をかけたのは図書室。彼女が教室で声をかけられるのは苦手だと知っていたから、放課後に彼女を追いかけてここまで来た。一度教室で逃げられてから学習したのです。ストーカーとも言えるけど、彼女がここに来てからもう既に30分以上は経っているので時効だ。後ろを追いかけたわけじゃない。
彼女は本が友達なタイプの女子なのだと思う。というか、本を読んでいる時の彼女が一番キラキラしているように思う。多分、誰かと話すより、その方が彼女にとってはいいのだと思う。彼女が唯一笑顔で話していたのは図書室の司書さんとだった。
「どうかな」
一息吐いた彼女に返事を求める。
断られたら諦めよう。友達は強制してなるものじゃない。自由であるべきだから。
「ルールを、決めてもいいですか」
「勿論だよ」
初めての良い返事をもらえて嬉しくなる。
「教室では、話しかけないでください」
「わかった」
「後ろから驚かしたりしないでください」
「・・・善処します」
「後は・・・とりあえず大丈夫です」
本を置いて僕の目を見てくれる彼女を新鮮に感じる。
彼女と面と向かって話せる機会は本当に少ないのだ。教室では無論できないし、それ以外の場所ではつかまらない。
「じゃあ、よろしく」
「・・・うん」
返事を聞いて、これ以上邪魔しないようにすぐに図書室を出る。浮足立っていた僕は角から出てきた先生とぶつかりそうになったけど、ぎりぎりで回避した。これもまた浮足立っていたお陰だ。
「神崎さん!」
僕の友達が一人増えてから数日が経って、相変わらず神崎さんとは図書室でのみの会話となっている。いや、廊下でも話したかな?
「どうしたの」
「どうもしてないけど。理由がなくても来るよ、友達だし」
友達、と言う言葉に耐性がないらしく、その言葉を聞くといつも微妙な間ができてしまう。そろそろ慣れてもいいと思うけど。
「ルール追加。友達って言うの禁止」
「・・・そんな馬鹿な」
ルールはどんどん追加されている。バリエーションは様々。図書室では静かに、とか・・・うるさくしないとか。この二つ同じじゃないか?
一方、解除されたものもある。だからといって近付けたとは言えないけど。
「何を読んでるの?」
そう聞くと彼女は無言で本のカバーを外す。これはもうお決まり。
「難しそう・・・」
「難しいだろうね」
なんだか馬鹿にされている気がする。というか、馬鹿にしている。
「神崎さんが馬鹿にしてくるよー」
「いつものことじゃない」
司書さんとも仲が良くなった。図書室に通うようになって顔を憶えられてから話すようになるまでは早かった。近所のおばあちゃんって感じだ。
僕も彼女のことを理解しようと読めそうな本を探してみるけれど、結局漫画の棚に行きつく。そうじゃないんだなあ、と思いつつ。
上手く話を運ばせることで、神崎さんのことがわかってきた気がする。
特に知りたかったのは彼女が何故人と関わることが苦手なのか、ってこと。トラウマとか色々あるしあまり踏み込んでいいものでもないけれど、ある程度彼女のことを知っていくうちに引っ掛かる場所でもある。
彼女は、小学校から中学校にかけて様々な種類の虐められ方をしたらしい。そのせいで、友達と言う言葉が信用できなくなった。いじめとかよくわからないけれど、女子のいじめは陰湿と聞く。そりゃ関わるのを避けるわけだ、と納得した。
高校に来てからはそういうことは起きてないらしい。というか起きるほど人と関わっていない。
「僕と関わっても特に損はないでしょ?」
「まあ」
「安心して。僕は影響のない人間だから」
自分で言っていて悲しくなった。
「ゆーた」
教室で良く話す女子に呼び止められる。神崎さんとは真逆の、本よりショッピングなタイプの女子だ。
「どうしたの?」
僕の周りを取り囲むのは女子が多い。女々しかったりするんだろうか、僕。
「最近さ、図書室行ってるでしょ」
「・・・どうして?」
否定も肯定もしない。話の内容によっては肯定する必要はないからだ。僕が図書室に行くことを面白がっていじるだけなら、神崎さんのことは話さなくて済む。「いるでしょ、図書室に。神崎さん」
「そうだっけ」
「・・・ゆーた友達じゃないの」
何かを探るように質問してくる。友達だからと言って何だろう。友達じゃなかったら、何なのだろう。
疑心暗鬼になるくらいに質問攻めの状況が辛くなる。
「私、友達になりたいんだよねー。神崎さんと」
「そうなんだ」
「うん」
いつもは元気な女子が少し俯いていたので、これは相談せねば、と頭を悩ませながら図書室に行く。
いつも通り、神崎さんは本を読んでいる。
「神崎さん。相談なんですが」
正面に座って膝に手を置き背筋をただす。僕のその姿勢に何かを感じたのか、彼女は本にしおりを挟み僕を見据えた。
「なに」
「神崎さんと友達になりたいと言う女子がいまして」
名前は出さずにあえて堅苦しく言ってみる。これが吉と出るか凶と出るか。
神崎さんは驚いているようで数秒固まる。
「・・・私のこと話した?」
やっぱりそうなるか。そうなってしまうと僕が悪いことになってしまう。むしろ被害者だと思うのだけど。
「違うんだ。きっと僕に相談しただけだと思うんだけど。深刻そうだったから相談しました」
「深刻って・・・どうして?」
「僕と同じじゃないかな。神崎さんと話せるタイミングがないってやつ」
軽口をたたくようにそう言うと「私のせい?」と神崎さんが眉を顰めた。
「そうじゃないよ。でも・・・考えてみて」
珍しく真面目な調子の僕に不意をつかれたのか、彼女は考え込むようにして本を読み始めた。それは逆さになっていて、彼女の動揺を僕に教えてくれた。
数日後、廊下を歩く僕に神崎さんが声をかけてきた。
「前の、あの女子の話。友達になってもいいかな、って思うんだけど・・・どうすれば?」
神崎さんなりに前に進もうとしているんだな、と成長を感じる。何故僕がこんなに上からなのかは置いといて。
「そっか。僕に任せて」
笑顔を見せて逆方向に歩きだす。
僕は友達作りも好きだし、人を笑顔にするのも好きなんだ。
「神崎さんと友達になれたよー!」
後日、女子から感謝の言葉をもらった。先日とは打って変わって笑顔だったので、こちらまで嬉しくなる。
「それはよかった」
「ほんとに、ありがとね。ゆーた」
「うん」
図書室に行って神崎さんにお礼を言う。
「ありがとう。喜んでた」
神崎さんは少し俯いた。耳が赤くなっていて、怒っているわけじゃないということはわかった。
「こっちこそ。ありがとう」
「うん」
神崎さんの友達が増えることはいいことだ。前進することは、どんどん彼女のプラスになっていく。負の感情をもプラスに変える力になる。
久しぶりにルールを追加しようか。
「神崎さん、ルール追加。僕のことを下の名前で呼ぶこと」
彼女は驚いたように僕を見る。嫌がっていなかった。先日に提案した時は速攻で否定したのに。
「ゆうた、くん」
とりあえず、ここからかな。
僕たちのルール 立花 零 @017ringo
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