星間恋愛

秋田健次郎

星間恋愛

地球から火星を見る。

彼女は30年前にあの星へと旅立った。当時私たちは小学生だった。家が近所だったこともあり、幼い頃から一緒に遊んでいた。そんな日々が永遠に続くような気がしていた。でも、続かなかった。


「私、火星に行くんだ。」


「え? 」


最初に聞いた時は冗談かと思った。あの頃、私は不真面目な少年でテレビのニュースなどは全く見ておらず、人類が火星への移民を始めたという事実すら知らなかったのだ。


「どうして君が選ばれたの? 」


「分からないけど、そういうルールらしいの。」


ルールというと例えばサッカーのオフサイドは待ち伏せを禁止するためのものだったり、何か明確な目的とかがあるはずだと思った。だから、母にも聞いてみた。それでも、“そういうルール”という答えしか返ってこなかった。“そういう” とは“どういう”ものなのか。その時はついに答えを得ることが出来なかった。


「絶対、手紙送るから! またいつか遊ぼうね! 」


私は涙を堪えて、無理やり笑顔を作って言った。


「うん! またね!」


彼女もまた笑っていた。でも、それが心の底からの笑顔でないことはすぐに分かった。いつも遊んでいるときに見る笑顔とはまるで違っていたからだ。私たちは互いにもう2度と会えない可能性の方が高いことを親から聞いていた。それでも「またね」と言った。


彼女が行ってから数ヶ月後、僕は手紙を書いて火星への定期便に乗せた。火星と地球との距離は近づいたり離れたりしているらしく、遠い時は7、8ヶ月近い時は3、4ヶ月ほどかかる。手紙には火星の様子についてや、宇宙船での生活についてなど色々なことを質問してみた。


最初の手紙を出してから1年くらいが経った。手紙がまだ届いてないだけかもしれないと思っていたがもう一年待っても返事は返ってこなかった。初期の移民者が事実上の開拓者のような形であったことを知ったのはもっと後の話である。

例え返信が無くても私は手紙を送り続けた。手紙を送り続けて5年が経ったある日、一通の手紙が届いた。火星に住む彼女からだった。


“返信遅れてしまってごめんなさい。色々と忙しくて。こっちでの生活は思ったより大変で毎日しんどいけど頑張ってます。しんどいとは言っても死ぬほどではないからそんなに心配しないでね。じゃあ、またね”


手紙と共に火星の写真が3枚入っていた。一枚は仮設住宅に似た作りの家の前に彼女がピースをして立っている写真。2枚目は空を撮った写真。地球の空とは違って赤く濁った曇り空のようだ。3枚目はおそらく宇宙船の窓から火星を取った写真。地表にはガラスのような素材でできたドームがいくつか存在し、その中に1枚目にあったような家がたくさん並べられている。

私は彼女からの手紙に大喜びしてすぐに返事の手紙を出した。彼女からの手紙を待ちわびて気がつくと10年が経った。この10年の間にも手紙は送り続けていた。小学校の頃に仲が良かった子が転向して疎遠になるというのはよくある話だろう。なのに私はどうしてここまでにしつこく手紙を送っていたのだろうか。それが彼女との最後の約束だからとずっと自分に言い訳をしていたが、私は彼女のことが好きだったのだ。


彼女が旅立って25年が過ぎた。私はそれなりの職に就き、恋人ができ、そして結婚した。小学生の頃の初恋の人を25年も想い続けるのは異常だと友人に言われた。だから、過去と決別するために私は最後の手紙を書いた。


“お久しぶりです。この手紙は届いているのでしょうか? あれから25年が経ちました。私は恋人と結婚し、幸せな人生を歩んでいます。いつまでも手紙を送り続ける気はありません。最後に言っておきたいことがあります。あなたのことが好きでした。私は25年間どこかであなたに支えられていたのかもしれません。でも、この手紙で最後です。ありがとう。返信はいりません。”


「もうすぐ時間だよ。」


「ああ、すぐ行くよ。」


あの手紙を送ってから5年が経った。私たちは選ばれた。火星の状況が安定してきた今現在どういった法則で火星移民者が選ばれているのか偉い人にどれだけ聞いても“そういうルール”としか返ってこなかった。あの時と何も変わっていなかった。

“そういうルール”によって選ばれた私たちの乗った宇宙船は轟音と共に地球を後にした。


窓には地球から見るよりもずっと綺麗な星たちが映っていた。隣には妻が座っている。これから妻と新しい人生を送ろうと心に決めたはずなのになぜか彼女のことが頭をよぎった。

30年前のあの日、彼女が選ばれていなければ……

私が今選ばれていなければ……

たかが一つのルールに心を弄ばれているような気がしてひどく苛立った。


「向こうの家も最近は結構綺麗らしいよ。」


「へえ、そうなんだ。」


彼女があの簡素な家ではなく地球と同じような家に住む様子が浮かんだ。


「雨は降らないけど雪は降るんだって。」


「火星はすごく寒いらしいからね。」


いつかに彼女とした雪遊びを思い出した。


「家がみんなドームの中にあるんだって。」


「ああ、テレビでやってたね。」


彼女から送られてきたあの写真で知ったのだ。何を聞いても彼女のことを思い出してしまう自分を殺してやりたいほどに憎んだ。理不尽なルール、地球と火星というあまりに遠すぎる距離、彼女に手紙を送り続けた25年間その全てが呪いのように私にのしかかる。


「火星はどんなとこなんだろ、楽しみだね。」


「そうだね。」


私は笑顔でそう答えた。なのにその笑顔が心の底からの笑顔ではないような気がした。彼女に会えるかもしれないなどと期待するな、どれだけ自分自身に言い聞かせてもなお、あの日の「またね」が頭から離れなかった。

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