第4話 水晶

八月十七日(水)

──昔話をしよう。と言ってもさして昔のことではない。せいぜい数年前といった所さ。ふふ、興味はあるが疑っているようだね。

そうだね、なら……十六夜堂、とだけ言おうか。おや、食いついたね。そりゃそうか、君は十六夜堂について調べているんだったね。

おいおい、どうして、って顔をしてるね。君は私について調べたから来たんだろ。私の持っているこの水晶が、十六夜堂のものだと疑ったから来たんじゃないのかい?

当たりさ。この水晶は「一日四回限定で人を占うことができる水晶」だよ。代償は、避けられない不幸を強制的に夢の中で見せることだけど。もちろん自分だけじゃなくて知らない人の不幸も見せられるからたまったもんじゃないけどね。

……まあ、なんだ、その夢に君が現れた。君が不幸というわけさ。

ふふっ、気を悪くしたなら謝ろう。すまなかった。

さて、本題だ。……昔話だよ昔話。聞いていなかったのかい?

まあいいさ、聞きたまえ。


数年前、ある男が十六夜堂に来た。その男はある本を手に入れた。「時を超えることのできる本」だ。その本の頁には様々な年代のことが記されていて、それぞれの頁を破るとその時代に移動できるというものだった。男はその本を使って、数年前に飛んだ。彼の妻がちょうどその日、誘拐されていなくなったのだ。男はその時代の夫のふりをして、彼女が誘拐されることを防ぐことができた。男は満足して元の時代に戻ったが、妻は彼が戻った数ヶ月後に事故に遭った。男は再び時を超え、事故という未来を変えた。

だが、何度繰り返しても彼の妻は死んでしまった。まあ、それが運命とかいうやつだったんだな。私は運命など鼻で笑う主義なんだけどね。いやそんなことはどうでもいいんだ。彼の話を続けよう。

彼はもう一度十六夜堂を訪れた。あー、君は知ってるかい?十六夜堂の本質ってのは……知らないけど予測ができている?なら説明はしなくていいな。答え合わせは君が十六夜堂に入れたときにするといい。

結局、彼はもう一度十六夜堂に入ることができたのさ。そこで彼は「未来をねじ曲げるスプーン」を手に入れた。だが彼の妻は死に続けた。十六夜堂は入るだけで運命をねじ曲げる。それをまたねじ曲げたんだから当然元の木阿弥さ。

だが彼は諦めなかった。それほどに妻を愛していたんだな。

そんなある日、彼はとてもよく当たると評判の占い師を訪ね、彼の妻の死を回避する方法を占ってほしいと頼んだ。

占い師は悩んだ。占うことは不可能ではないが、占った結果が常によくなるとは限らないし、そもそも見つからない可能性すらある。

そう悩む占い師に対して男は自分の持てるものならなんでも差し出すとまで言った。

そこまで言われては仕方がないと占い師は占ったわけだが、結果として男が幸せになる方法は一つとしてなかった。いや、彼の妻の命が助かるものは無いわけではなかった。しかしそのどれもが、彼にとって最善の策とは言えないものだった。彼はとてつもなく悩んでいたけれど、出ていくときには覚悟を決めた顔をしていたね。覚悟した人間ほど恐ろしいものはないとあのとき思ったことを、今もよく覚えているよ。

え?その男はどうしたのかって?自殺したよ。妻には旅行に出ると言って山に入って滑落し、数日後に発見された。……事故じゃないかって?事故なわけないだろ。世間的にはあれは事故だと認識されているようだけれどもね。あいつなら自殺くらいするさ。

なんたって、彼は妻を愛していたからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る