第28話 折れない心
「……そうか……うん、分かった。」
長い話を、じっと黙って聞いていたレフは、小さくため息をついた。
話しながら気づいた。ニコラに会ったという事は、単純に、レフが喜ぶだろうと考えていたけれど、それはつまり、ニコラはあの嵐で死んでしまったということだ。どうしても助けたいと、強く願っているレフにとっては、絶望的な宣告だったのではないか、と。航平は自分の考えの足りなさを悔やんだ。膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめ、航平はレフの言葉を待った。
しばらく、レフは考え込んでいた。そしてそれから、振り払うように頭を上げると、航平の肩をぽん、と叩いた。
「何だよ、コヘも今気付いたのかい。オレもだよ。つい今も生きてるように思っちゃったけどさ、つまり、違うんだよね。そりゃそうか。普通、人間って200年は生きないよね」
「……そう……やけど……」
「オレがしようとしていることは、無駄だと思うかい? いや、無駄なんかじゃない。何とかして助けたいんだ。オレはあのとき何も出来なかったから、やれるだけやってみるんだ。それで……それでも、出来なかったとしてもさ、せめて最後にニコラと船長に会いたい。オレが、二人の想いを引き継ぐんだよ。……どうだい? コヘは、そんなの無駄だって思うかい? 」
レフの強さは、どこから生まれてくるのだろう。航平は力一杯首を振った。
「俺、手伝うから。レフ。ニコラさんは、レフにありがとうって言うてた。そやから、絶対、俺達がもがくことは、無駄やないはずや」
「うん。ありがとう。……巻き込んで、すまない」
航平の目の方が、潤んでいた。レフは小さく笑うと、航平の頭を叩いた。
ラボには相変わらず、色とりどりの物体が転がっている。ワイヤーのようなものを発明したレフは、得意気にそれを棒に巻き付けた。
「ほら、見てみなよ。コヘ。バネだ。そしてこの平たいやつを巻くと……ほら、ゼンマイだよ。コヘの目の前で完成させてやろうと思ってね」
気持ちの沈んだ航平を励ますように、レフは例の馬を持ってくると、尻尾をはずして何やらガチャガチャといじり始めた。レフの方が辛いはずなのに、励まされていては情けないと、航平も笑顔を作った。
「こうしてさ……物を作るっていうのは、無条件に楽しいよね。……そういうところが、オレとポーの気の合うところだった」
「うん、俺もこういうの、好きや」
「……ほら、出来た」
レフは尻尾をきりきりと巻き上げて、手を離す。ゼンマイ仕掛けの馬は、多少ぐらつきながらも、トコトコと歩き出した。ラボはたちまち、遊園地のような雰囲気になる。哀しみも、不安も、優しさで包み込まれていくようだ。
「ええの出来たやん」
「だろ? 名前つけたんだよ。ヤンだ」
「へえ」
「コヘがいつも言ってるからだヤン」
「使い方おかしいから」
「それにしてもさ。ポーが来ないはずだよね。まさかコヘになっていたなんて」
そうだ、それも、レフにとっては、多少なりともショックだったに違いない。航平がいない間も、ポーが来るのを楽しみにしていたから、孤独感が弱まっていたのかもしれない。また表情を曇らせた航平を見て、レフは呆れたように笑った。
「何? また悄気たの? 本当にコドモだよね、コヘは」
「レフ、言うた通り、俺はまだ、ポーの記憶を全部は思い出してない。半分夢やないかと思ってるくらいや」
「でも、コヘはポーに違いないよ」
レフは意外なほどあっさりと言った。
「オレしか知らないはずの、ポーの昔の話を、知っていたからね。……でも何で、ポーはコヘになったんだろう? それはこれから思い出すのかな」
レフは止まって倒れた馬の首を擦ると、大きく背伸びをした。
「見に行くかい? 『樹』を。オレには霞んで見えないけど、今のコヘには見えるかもしれないよ? 」
航平は頷いた。
「行く。フルカの塔やろ? 」
連れ立って歩きながら、航平は前と違う周囲の様子に気が付いた。耳をすませば、どこからか微かに、しゃらしゃらと薄いガラスが擦れ合うような音が響いていた。随分薄まった靄の中には、溶けてしまいそうに淡い色合いの、何か羽のようなものが舞っていた。ここが変化したのか、それとも自分が慣れてきたからなのか、分からなかったけれど、穏やかなものが心に染み込んでくるようだった。
「でもさ、実際、勿体ないよね」
「うん? 何が? 」
「だってポーは、本当の天才なんだよ? それが、阿呆になっちゃって」
「あっ……アホウってなあ……」
……まあ、否定はできない。
「そうや、レフ。前に俺に……いや、ポーに怒ったこと、あった? 『オレの世界をバカにすんな! 』……やっけ? 」
「ああ」
レフは笑った。
「あったね。ポーがさ、実験のことをいつまでもいじけててさ。オレは船長やニコラや、船の仲間と過ごした時間が、本当に幸せだったから、感謝したいくらいなのにさ。それで……『オレの世界を失敗だったみたいに言うな』って……バカにすんな、じゃないよね。本当に阿呆だね、コヘは」
航平は口をへの字に曲げて、レフの毛糸の頭を睨んだ。
「でも……、ポーは優しいから、悩んだんだよね。そういうところは、コヘになっても、変わらないね」
いつだってレフは、こんな風に、怒る気を失せさせてしまうのだ。それも何だか、悔しくて、ニコラの気持ちがわかるような気がしたのだった。
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