第26話 世界を創るもの

「いやー、夕方から急に冷えるようになったねえ」


そう言いながら現れた三朝は、コンビニのイートインスペースの椅子に、コートごと尻を押し込んだ。


「あっ、すいません。わざわざ……」


航平はボーっと眺めていた参考書を慌てて閉じて、腰を浮かせた。


「いや、話したい言ったんは僕やし。こっちこそごめんね。勉強あるのに」


「コネコ、助かってます。……三朝さん、温かいもん、飲みますか? 」


航平がポケットから小銭を取り出そうとすると、三朝は笑った。


「いくら貧乏学生でも、中学生におごらせるわけにいかんよ。……僕、ココアにしよ。若桜君、何がええ? 」


三朝は答えも待たず、レジに並んでいる。


「いや、俺は自分で……」


「すいません。ココアの温かいやつ。大きい方で。あとガブチキ2つ。……それと肉まんとピザまん」


 てんこ盛りのトレイを掲げて、三朝が戻ってくる。


「はい、つまみ。……肉まんとピザまん、どっちがええ? 」


「えっ……俺の分も? えっ、じゃあお金……」


「いらんて。お小遣い、大事にせんとー。あっ、君の飲みもん……」


「いやいや、あります! 俺、ほらこれ、まだ入ってます」


 とりあえず、三朝を落ち着かせないと、話が始まる気がしない。ココアを口にすると、ようやく三朝がほーっと息を吐いた。


「あー……落ち着く。……そうや、写真ありがとう」


三朝はスマホを取り出して、航平が送ったレフのぬいぐるみの写真を見せた。


「待ち受け……」


「気に入ったもんやから。……まだあれから一度も、レフに会えてへんの? 」


航平は頷いた。早く会いたいと思うときほど、何故か行けない。いつ飛ばされてもいいように、ぬいぐるみを側に置いて寝るようにしているのだが。


「ちょっと心配なんですけど、ぬいぐるみ、持っていけると思いますか? 今まで布団とか枕とか、持って行ったことないですけど……」


「君が持って行きたいと思ってるんやから、大丈夫やと思うよ? 多分そのうち、自分の意思で行けるようになると思うし」


三朝は肉まんにかぶりついた。


「で、ポーの記憶を思い出したんやって? 」


「思い出したというか……夢で見たんですけど……何か、全然自分事に感じなくて……それに肝心のレフの事とか出てきてへんで……」


 夢、というのは、実は少し違う。何がきっかけになったかは分からないが、ある日突然、完全に起きている状態で、頭の中に流れ込んできたのだ。途切れ途切れだったけれど、航平の中ではきちんと繋がっていった。


 航平は、三朝に全部話した。時として下手くそな図を交えながら。話すうちにこの荒唐無稽な物語が、自分の中にしっくりと収まってくるのを感じた。三朝は真剣に聞いてくれた。本当に、三朝がーーニコラが居てくれて良かった。もし独りだったら、到底受け入れることなど出来なかった。


「そう……きっと、君にとってとても大切な記憶なんやね。……いや、それにしても、ちょっとショックやなあ。僕らが必死に生きてるこの世界とか、謎に満ちた宇宙とかも全部、ポーの実験によって生まれたもんやなんてなあ……」


「……なんか……ほんま、俺もショックやけど……なんかすんません……」


複雑な心境だった。しかし、三朝は微笑んでくれた。


「いや、君のせいやないし。もちろんポーも悪いわけやない。意図して作った訳やないんやから。……いやむしろ、ポーで良かったんかもしれん。ポーやから、実験を止めるという選択をしてくれたんやろ」


「それは……そうやと思います。ポーは実験したのには違いないけど、フルカという友人と一緒に作ったと感じてたんです。そういう気持ちでいたこと、俺、何かここに残ってるんです」


航平は胸を指した。


「そやけど……俺は怖いんです。実感はないけど、何と言うか、とんでもないこと、しでかしたんやから……ポーもすごい悩んでました。無知で無力やから、生命のある世界を作ってしまったって……」


「ポーたちは、生命に対して淡白で、僕らほど大切に考えてへんのやろ? それやのに? 」


「それやのに、です。ポーはフルカが消えたとき、感じたことを、怒りやと思ったみたいやけど、それもあるんやろうけど、ほんまに、哀しかったんです。今の俺やったら、解ります……そやから、もう、嫌やったんです……時空嵐で誰か消えるんも、この世界の命を消すんも」


何故か、涙がこぼれ落ちた。不思議だった。ポーが泣いている、そう感じた。


「ごめん、ごめん。キツかったね……でも、ほんまにポーで良かったわ。どうか後悔せんといて欲しい。この世界に存在出来て、良かったと思えるかどうかは、僕ら自身の問題なんや。それに僕は、なかなか面白い、ええ世界やと思てるよ。昔も今も、僕はここが、好きや」


『オレの世界を、失敗だったみたいに言うな! 』耳の底に、聞こえるはずのない声が響いた。それはポーが聞いた、レフの言葉だ。そして今も、航平の萎えそうな気持ちを叱ってくる。


「それで、話は変わるんやけど、時空嵐の制御は、進んでたん? 」


「一応、弱めていくみたいな方法は、だいぶ進んでたみたいです。あとは天の滝の霧が、一定以上に濃度が上がると、時空嵐発生予報とか、そういうとこまでなんとか……」


「そう、さすがやね。良かった。……ああ、なんかレフに会いたくなってきた」


三朝はぐん、と伸びをすると、ガラスの向こうの夜に目をやった。


「三朝洋一郎も、楽しいんやけど、やっぱりレフは特別やった。そうはおらん、おもろい奴やったから」


「俺も、会いたいです。ニコラさんとこうして会うてること、自慢したいです」


「ははは。ええね。どっちかいうと、僕の方が、ポーに会うた自慢したいんやけどね。あいつめっちゃ羨ましがる思うよ。……そうや、手紙書こかな。レフに。届けてくれる? 」


「あっ、はい! もちろん。……持っていけたら、やけど……」




 そしてその夜、航平は眠りにつく直前に、ぬいぐるみと三朝の手紙(テーブルに置いてあった何かのアンケート用紙)を並べ、レフに会いたい、と願った。もう習慣になっていたことだったが、何だかいつもよりもはっきりと、目指すところを思い浮かべることができた。『あ、飛ぶ……』航平は慌ててぬいぐるみと手紙をひっ掴んだ。


 

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