第24話 ポ=アルテッサ·ポウ

 研究室は、全て、青みがかったアルマカルナスで作られている。純度の高いアルマカルナスは、精製する困難さゆえに、大変に高価なのだが、それがこれほど惜し気もなく使われている事だけでも、この研究がいかに国家的重要課題であるかが見てとれる。研究チームはより抜きの学者たちと技術者たちで編成されていて、世界中の人々の期待に応えることが使命だった。


 ポ=アルテッサ·ポウも、その中の一人だった。


「失礼します。ポウ」


「はい。……あれ、フルカ、合格なさったんですね? 」


「ええ、お陰様で、無事に」


 この世界の『人類』には、基本的に性別というものがない。種子として産み出され、一定の期間貯蔵され、必要なときに目覚めさせる。完全に、数的に管理されているのだ。


 その種子を産み出す役割を担うのは、超難関の国家試験と遺伝子検査に合格した者のみとされていて、特殊な染色体操作を施される事によって、その能力を得るのだ。その者たちは、外見的には女性に変化し、一生のうち一度だけ数千の種子を産み出せば、特別な地位と手厚い保障が与えられる。


「研究と同時進行では、大層大変だったでしょうに」


「楽ではありませんでしたが、名誉のためと思えば。それに、あなたの協力もありましたし」


「エ=サリ·フルカの名が歴史に刻まれるのですね。ああ、これからはエ=フルカですね。おめでとうございます。私としては、優秀なチームメイトを失うのは、辛いところではありますが。……いつまで居られるのですか? 」


「明日です」


「そんなに急とは……やはり先日の時空嵐のせいですか? 」


「ええ、種子が足りませんので……お陰でこの度の合格者は、通常より多かったのです。私が合格できたのはそのせいですよ」


 私達の感覚で、約150年の成長期を過ぎると、彼らはそれ以上老化することなく、『何もない限りは』永遠に生き続けることも可能だ。しかし、彼らには本能として、『閉じる』欲求があるため、一定の年齢に達すると、それを抑えるホルモンが分泌されなくなり、自ら人生を閉じていく。それが彼らにとっての、自然の摂理なのだ。


 優秀な生命体として進化を遂げ、管理が行き届いた彼らの世界にも、『自然』ではない、死がある。事故や争いもあるが、最も多くの命が、一度に失われるのは、災害だ。中でも、時空嵐と呼ばれるものは、未だに防ぐ手立てがなく、最悪の記録では、人口の3分の1が消滅した。


 ポーたちの研究は、まさにその最悪の災害を如何に察知し、対処し、人々を救うか、という事だ。これまでの研究の成果で、純度の非常に高いアルマカルナスは、時空嵐の影響を受けにくい(らしい)と判ったので、世界の中枢機関とこの研究所の幾つかの研究室のみ、この貴重な物質で護られているのだが、全世界を覆うというのは余りに非現実的だった。もちろん、他の研究チームでは、アルマカルナスの効率的な精製方法や、それに代わる物質の研究が進められている。


「ポウ、あなたなら、源家試験など簡単に受かってしまうでしょうに。……でもあなたがチームから外れたら、研究が進まなくなるでしょうし、許可は下りないかもしれませんね」


「まさか。買い被り過ぎというものですよ。それよりも私が変化したら、きっととても見れたものではない風貌でしょうから、遠慮しておきます」


 そんな他愛もない会話をして、フルカが見せた笑顔が、彼女との思い出の最後の画になってしまった。フルカはその後、立派に務めを果たして多くの種子を残したが、暫くして、発生した時空嵐の犠牲になった。


 生死について、割り切った考えを持ち、大きく感情を揺さぶられる事のない彼らだが、ポーは何とも言えない気持ちになった。『種子を産むまでは、アルマカルナスのシェルターの中で、完全に護られていたのに、産んだ後は追い出され、逃げ込むことも叶わなかった……フルカは人々を救う研究に、あれほど貢献してきたのに。金と名誉を与えて、ありがたがらせて、救わない。……なんて事だ……フルカは、あの類いなき才能は、使い捨てにされたのだ……』


 それから、ポーは前にも増して研究に没頭するようになった。それまでは、大きなプロジェクトの一端を担っている、という位にしか考えていなかったが、自分が前に進めなければならないと思うようになった。そもそも自分達だけは安全な場所にいる連中に、『人々を救う』ことを本気で考えられるわけがないのだ。今までの自分がそうだったように。少しでも早く、沢山の『フルカたち』を助けたい。彼女達の種子を護りたい。そこに在るはずの可能性を、消滅させてはいけない。


 ポーはチームでの研究の他に、個人的な実験場を作った。それは巨大な乳白色の球体で、中は幾つか座標軸を抜いた亜空間になっていて、球体の外に影響を及ぼさない。ポーはその中で独り、自由になる時間を全て費やして実験を繰り返した。もちろん、結果は研究チームに提供するつもりでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る