第23話 流星群
「近寄らないで! 」
北条が、押し殺した声でぴしゃりと言った。こんな彼女を見るのは初めてだ。航平は思わずその場に固まった。歩きかけの、変な格好だ。隣では、同じように三朝が凝固している。
「アホヤに言うたんよ。多重露光してるんやけど、2回ほど、アホヤに揺らされて。彩花、めっちゃ真剣になってもて……かわいいねえ」
浜村がくすくす笑いながら近付いてきた。二人はほーっと息を吐いて、ゆっくり体を解した。
「びっくりした」
「再び北条の知られざる一面を見た」
「まあ、多重露光の時は皆、人が変わるなあ。青谷君も災難やな」
「ダビデは撮れた? 」
浜村は別の、望遠鏡に色々装備がくっついたようなものを指差した。
「星団、撮った」
「やるなあ。ダビデさん」
三朝が言うと、浜村はにこにこしたまま、航平の足をぎゅっと踏んだ。三朝は気付かず、望遠鏡の隣でパソコンを操作している人の元へ行ってしまった。
「……って! 何すんのやっ」
「何を余計なこと話してん。あほ」
「気に入らんかったんやったら、はよ言うとけや。俺はてっきり……」
「気に入るか、あほ。バカサたちに言われるんはほっとくけど、三朝さんに教えることないやろ。ほんま、乙女心の分からんやっちゃ」
暗くて表情は見えないが、浜村がふくれているのは良く分かる。
「オトメゴコロ? オトメゆうんは、こう、淑やかな女の人やぞ。足踏まへん」
「なんやったら蹴ったってもええんやけど? まあ冗談はさておき」
「冗談なんか。なんや。……ていうか、足どけてんか? 」
「もうちょっとで出来るんよ。オトモダチ」
そう言って、浜村はスマホを取り出し、写真を見せた。男の子のぬいぐるみの、頭部だ。まるっこい輪郭は、この場合仕方がないとして、茶色の毛糸の髪も、小さな鼻も、なかなかかわいらしく出来ている。
「うまっ! 浜村、お前、裁縫上手かったんやな! いや、これはかわいい」
「え、ほんま? 割と大きくしたから、作りやすかったんよ。後は、彩花が作ってくれてる胴体と、繋ぎ合わすだけやのん」
「北条が胴体……なんか虫みたいなんになってへんか? 」
「大丈夫や。途中で修正かけたから」
危なかった。よく軌道修正してくれた。
「な、これ、三朝さんに見せてもええかな? 」
「え? 何で? 」
「偶然な、偶然、三朝さんもこいつ知っててん。……あ、ロボット云々は知らへんから、そこは内緒な? ただ、顔、知っててん」
嘘をつくのは下手くそだが、どうしても三朝に見てもらいたかった。
「あ、そうなん? 奇遇やねえ。そういうこともあるんやね」
青谷といい、浜村といい、こういうところは、いつも本当に助かっている。
スマホを借りて、三朝に見せにいくと、思った以上に喜んでくれた。レフにそっくりだと言って、写真を欲しいと言い出した。少し目を細めて、じっと画面を見つめる三朝の心に、今溢れている想いは、きっと、百年以上も前の光だ。時間の流れに抗えないこの世界で、それを越えるものがあることを、航平は知った。
「完成したら、写真撮って、送ります」
「……うん……うん、頼むわ。ありがとうね……」
三朝はしばらくの間、どことなく元気がないように見えたが、真夜中、流星群の観測が始まると、いつのまにか普段通りに戻っていた。
色とりどりの寝袋が転がっている様は、空から見たらきっと花のように見えるだろう。と、思った瞬間、
「イモムシだらけに見えるやろな」
青谷が情緒のないことを言って笑った。
「あっ!流れた!南へ流れました」
「あ、こっちも!西に」
報告を星図に記録している三朝が大変なほど、次々に星が流れる。
「二個流れた! あっちとこっち」
「ちょっとアホヤ、方角で言うのんやって」
「こんなんで、記録になるんですか? 」
航平が訊くと、三朝は朗らかに笑った。
「ええんや。ちゃんとした記録は、あっちのおっちゃんグループがとってるから。君らには楽しんでもらえたら、そんでええんや」
「なんやー良かった。俺、テンション上がってもて、方角とか分からんようなってまうんや。……ほらまた流れた! 」
青谷が伸ばした手の先に、オリオン大星雲が蒼くけむっている。
「すごいね。こんなにたくさん、流れ星見たの、初めて」
「願い事、いっぱい叶うやろか? 」
皆もう、観測は放棄して、惜し気もなく降り注ぐ星屑の前に、身も心も投げ出していた。
「そういえばバカサ、ちっこい頃、流れ星こわがっとったやん」
また懐かしい話を、青谷が持ち出した。
「あれは……何かの漫画で、人が死ぬとき、星が流れるって言うてたから……」
「ああ、巨星墜つ、って言うね」
三朝が言うと、どこか知的な雰囲気が出るが、航平の中では、保育園で大泣きして笑われた、恥ずかしい記憶でしかない。
「……そう言われると、何だか怖いね……今、まさに大量に……」
何だろう。あのダークファンタジーの一件以来、北条のキャラクターが謎の覚醒を始めたように思える。でもきっとこれは、良い傾向だろう。
「ヤメテ。ただ純粋に流星見させたって」
「そやけど、人は死ぬと星になるんやとも、聞いたことあるわ」
「何でおまえらは、楽しく流星群が見られへんのや」
青谷の嘆きに、浜村は笑った。
「ちゃうよ、あたしが言いたいんは、死ぬと星になるなら、あの流星は、生まれてくるために地上に降って来るんやないかな、って」
「お、それ、ええね」
か細くも、光の尾を引いて、星は流れる。生まれ来るものへの、去り逝くものへの、幾千万の想いを縫って。
そしてたぶん、人も時代も変わっても、その一瞬に込められる祈りは、同じなのだと思う。大切な存在が、『幸せでありますように』と。
「……人口問題……」
「……青谷君、ザンネンやわ……」
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