第21話 星は結ぶ
「よ、受験生」
まだ一度しか参加していないのに、天文サークルの人達は、4人のことを覚えてくれていた。
「すいません、お邪魔します」
浜村は学校よりも、年上の人達と一緒の方が、少し愛想が良い。秋の観測会は、運良くテストが終わった週末だったので、参加することができた。むしろ、それを楽しみに、勉強を頑張ることが出来た。
「君らの寝袋も準備したからなー」
「寝袋? ここで寝るんですか? 」
航平が訊くと、おっさんは笑った。
「寝てもええけど、流星群の観測するんやで? 見ないんか? 」
「流星群! うわ、来て良かった」
「アホヤ、案内読めって、何べん言うたらきくのん。ーー寝転がって、観測するんですか? 」
「うんうん。全天を観測するんやで。担当の方角決めてな、時間と、流れた方角と、数を記録するんや」
「なるほど」
「あと、今日は天体写真も教えたる。ああ、三朝君来たら、勉強も教えたるってはりきっとった。こんな暗い中、出来るんかいな」
噂をすれば、何だか重たそうな箱を肩に掛けて、三朝が現れた。
「遅れてすいません。お、揃って来れたんやな」
「三朝さん、こんばんは」
三朝は箱をそっと降ろすと、
「これ、貸したげる。古いけど、初心者には扱いやすいカメラや。僕の愛機」
と、ちょっと胸を張った。
「やった! 俺も教えてもらえますか? 」
「もちろん。えっと、青谷君やったね? あそこにおるおっちゃんが、準備してくれてるから、これ運んで、教えてもらって。ーー岩美さーん! 」
呼び掛けられた人影が、振り向いて懐中電灯を振っている。
「僕、飯食わせてもらいますんで、教えたってくださーい! 」
「おー! おいでー! 」
「バカサは? 」
「俺、ちょっと三朝さんに教えてもらいたいことあるから、後で行く」
「そうか。なら、俺、行くわ」
「あ、私も……カメラやってみたい」
「あたしも行く。アホヤ、一人で担いで、落としたら大変や。一緒に持と」
「ダビデかて女やろ。俺の役目やこれは」
何だか楽しげに、3人は行ってしまった。航平は、カップ麺にお湯を注いでいる三朝に、取っておいたおにぎりを差し出した。
「あっ。わざわざ取っといてくれたん? ありがとう。僕、君のお母さんのおにぎり、大好きや。いただきます」
「こないだ、みんなが喜んでた、言うたら、張り切りよって」
「ええお母さんやね。……ところで、ダビデって何? 」
「ああ、浜村の新しいあだ名です。なんか、ダビデ像が理想みたいで」
三朝は笑いだした。
「ダビデ像かあ……僕も初恋はアンドロメダやったなあ」
「あの、星座の? ……ですか? 」
「うんうん。神話読んで、『どんだけ美人なんや』って、想像出来る限りの美人を作り上げてなあ……まあ、今でもそれを越える美人には出会えてないわ」
「なかなかですね」
三朝はまだ少し固いカップ麺を、待ちきれないように啜った。
「ところで……君は、エリダヌスに……会いたいんやったね」
「はあ。まあ、美人でもなく、河なんですけど」
「あれや」
三朝が割り箸で東の天を指した。見上げると、すぐに分かったのは、オリオン座だった。膝元にある、青白い星を先頭に、堂々たる登場だ。それまでは、良く形の分からない、小さな星の連なりが占めていた空が、一気に華々しくなる。
「オリオンの、右。あの辺り。リゲルって分かる? あの一番光ってる星のすぐ横から、ずーっと、南に流れていく」
割り箸の先は、下に向けて動き、ついに南側の木立の影まで達して、最後はラーメンに戻った。
「君が気になっていたアケルナルは、もっと南にあって、見えへんのやよ」
「そうですか……エリダヌス座って、思っていたよりずっと大きいんですね」
うん、と頷いて、三朝はスープを飲んだ。
「……何で君は、エリダヌスに惹かれたんかな? 割とシブいチョイスやなーと思うんやけど? 」
三朝なら、あのアケルナルのこと、レフのこと、時の河のことを話したら、受け止めてくれるのだろうか。航平は、全部話したくなった。(……でも、話して信じてもらったところで、三朝さんにだってどうすることもできへん……)
航平が躊躇って黙ってしまうと、三朝は空になったカップをコンビニ袋に入れながら言った。
「僕は不思議な夢を見た。ずっと昔や。あんまりはっきりした夢やったから、いまだに覚えてる」
「……夢ですか」
「ああ、独り言や……眩しいくらい、いたるところ真っ白な所でな、七色の霧のたつ大きな河が流れてて……僕は岸へ行かんとあかんのやけど、誰かがしっかり手を握ってくるんや。『ごめん』と僕は言う。『何故、そっちを選ぶんだ』とそいつは泣いていた。僕も、気がついたら涙が溢れてた。そして僕は言うんや。『また君に会うために』……『ありがとう、レフ』」
航平は、全身の血管が爆発しそうなくらい脈を打ったのを感じた。脳みそが痺れるくらいの衝撃に、言葉を発することはおろか、身動ぎもできなかった。何という巡り合わせだろう。
「……おかしな、夢やろ」
三朝は笑って、コンビニ袋をがさがさと丸めた。航平は、深呼吸をした。
「……あ……」
あまりにも驚いたせいか、声がつぶれていた。
「……あの、三朝さん。……僕もその……夢、知ってます。……レフと会うたんです」
「うん」
何故か三朝は驚きもせず頷いて、航平を見た。光のいたずらだろうか、その瞳は微かに蒼かった。
「君もいた。……大丈夫だ、ポー。僕はニコラだよ」
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