第20話 迷走会議
それから一週間後の放課後、4人は美術室に集まった。美術部員たちは、各々の作品に黙々と取り組んでいて、部外者がいても気にとめなかった。遠くから響く、運動部の掛け声と、リードミスしたクラリネットの音が、この空間だけ切り離されているような感覚を際立たせている。漂う絵の具の香りも、いつもと違う、上質なもののように感じた。
「忙しいとこ、ほんますんません」
まずは、航平が頭を下げた。いつになく礼儀正しいのは、雰囲気に呑まれているせいだ。横を見ると、青谷も背筋を伸ばして座っている。つくづく単純な連中だ。対して、自分達の領域に居る浜村と北条は、普段よりくつろいで見える。完全にホームとアウェイの図である。(……今度は野球場でやろかな……)
「とりあえず、下絵いうことで、描いてみた」
浜村がスケッチブックを開いた。隣で北条も、用意している。
「おおー」
「うわ、うまっ」
思わず声をあげて、きょろきょろと辺りを見回した。幸い、誰もこっちを見ていなかった。
浜村のスケッチは、肌の陰影まで見事で、まるで本物の画家が描いた作品のようだった。航平はすっかり感心してしまった。
「いや、さすが部長やなー」
「似てる? 」
正直いえば、レフには似ていない。
「ほらな、マッチョや」
青谷が勝ち誇ったように言った。浜村はもう一度自分の絵を眺めて頷いた。
「そうやね。筋肉描くのが楽しかったもんで、つい」
「そやけど、俺、なんかこの人知ってるわ……」
「うん、俺も思た。……レフ……友達とはあんまり似てへんけど……」
「由良、あの、これ……もしかしてダビデ像じゃ……」
北条の言葉で、美術の教科書に載っていたギリシャ彫刻を思い出した。それや、と互いに指をさした。
「そうかて、バカサのメモ通りに描いてみたら、めっちゃ変な顔になったんやもん。気の毒やなあって思て、ついあたしの理想を付け足してしもた」
付け足したというか、まるごとだろう。青谷は出来るだけ声を抑えて、震えながら笑っている。
「……ダビデが……理想……ダビデ……」
「現代には、ほとんどおらんタイプやな」
航平も我慢できなくて笑ってしまった。
「北条の絵も見せてもろてええ? 」
青谷が涙を擦りながら言ったので、北条はおずおずとスケッチブックを開いた。
「……おお」
「これはまた……見事な」
見事な、なんだろう……姿は確かに人類だが、顔は完全に人ならざる者……いや、繊細な線といい、ポーズの正確さといい、間違いなくうまいのだが、独特の雰囲気が……はっきり言って、怖い。今まで何度か、北条の描いた人物画を見てきたが、まったく普通だった。それなのに何故。
「似てるかな? 」
そういう次元ではない気がするが。
「……彩花、完全にダークファンタジーやよ、これは」
「え、でも、お米みたいな細い顔で、目がイザンで、って描いたのよ。……正直に言うと、描いているうちにちょっと、私も理想を入れちゃったけど」
うふ、と照れ笑いする北条は愛らしいが、ここに理想があるなら、おいそれとは近付けない高みだと言える。青谷などは完全に固まってしまっている。
「えっとな……」
航平は躊躇ったが、せっかく描いてくれたからこそ、きちんと伝えなくてはならない。まあ、平たく言えば『人間描いてくれや』なのだが。
と、そこへ青谷が口を開いた。
「……なあ、これ、立体にするて、言うてたやん? 置物にしたいんか? 」
「いや、置物とちごて……その中に人が入って動く、ちゅうか……」
皆は、きょとんとした。
「それやったら、彫刻とか、粘土やったらあかんやん」
「うん……まあ、うん。……正直、そっからどうしよか、まだ考えてへんで」
「なんや、おまえ、人に描かせといて、ノープランかい」
青谷の言うことはもっともだ。
「すまん……でもな、何とかしたい。……えっとな、そう、そいつ、ロボット作ってて。本人に似せたやつにしたいなーってな? 」
咄嗟に、何かの映画で見た設定を口にした。嘘つきだが仕方ない。
「アンドロイドか⁉ バカサ、そんなすごいやつと知り合いか⁉ 」
「いや、そんなそこまですごいやつ違うんやけど……」
青谷はそういう話が大好きだ。興奮して身を乗り出してくる。浜村は少し、不満げだ。
「なんや、そういう話やったら、最初から言うてくれたらええのに」
「いやいや、そういう研究はな、極秘でやるもんなんや。バカサは俺らを信用して、明かしてくれたんや。安心しろ、俺は誰にも言わん」
青谷はいったい、どんな漫画を重ね合わせているのだろう。よくわからないが、本人は真剣そのものだから、航平も合わせておくことにする。
「おう、助かるわ」
「私も言わない」
「でも、そんな精巧なロボットやったら、皮膚とかもなんか、特殊な素材で作るわけやろ? あたしらにそこまでは……」
「いやいや、だから、アンドロイドとちゃうから。もっと庶民的なやつでええから。……例えば、似顔絵をお面にして全身タイツのやつに被せるとか」
苦し紛れに言ったのだが、我ながらセンスゼロな案だ。
「それは気持ち悪いわ」
「申し訳ないけど私もそう思う……」
「人形みたいなんでも怖いし……キグルミは? 」
浜村の案に、皆の顔が明るくなった。
「でも、キグルミもどうやって作ってええか、分からん」
「中に入るのは、人間やなくて、ロボットなんやろ? 脱いだり着たりすることは考えへんでええんやろ? ……そうや、それやったら、ぬいぐるみでええんちゃうの? あんまり似てなくても、大丈夫やし。それこそ彩花の描いたキャラでもええし」
「俺らにも作れるか? 」
「まあ手伝ってもらうけど、基本あたし作るから大丈夫や。 ぬいぐるみでええなら、早速彩花とデザイン決めるけど? 」
ということで、レフはぬいぐるみになることになった。本人よりはだいぶん小さくなりそうだが、仕方ないだろう。せめて、『二人ともが、普通にかわいいと思えるラインで』と、控えめに注文をつけたのだった。
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