第18話 直線 (後)

 昼休み、航平は浜村の姿を探していた。あの後、『まあ、その方が早いな』というふうに話はまとまったのだが、航平としては、何だか浜村に申し訳なかった気がして、落ち着かなかったのだ。


 浜村は弁当を友人たちと食べた後、一人で読書をする。大抵、中庭の木の下だ。ところがそこにいなかったので、航平は走り回ることになった。


「あっ! 浜村っ」


渡り廊下の向こうに、やっとその小さな背中を見つけた。


「ん? あ、バカサ」


「いや、その、すまん」


浜村の表情は普段通りだ。


「うん? なにが? 」


「いや、あの似顔絵の……最初に気持ちよく頼まれてくれたのは、浜村やのに」


「ああ、ほんま、別に気にせんといて」


「でもなんか、……なんかな。あのな……訳があってな……北条にも頼むことにしたんは……」


ちゃんと説明したいが、青谷の気持ちをばらしてしまうのはどんなもんだろう……でも北条本人にばらすわけではないし、浜村なら誰にも言わないだろうし、などと航平が言い澱んでいると、浜村はさらりと言った。


「アホヤやろ」


「え、……浜村、知っとったんか? 」


「分からん方がおかしいやん。いまだに知らんと思てんのは、バカサとアホヤだけやろね」


航平は頭を掻いた。浜村が歩き出したので、航平も一歩後ろをついていく。


「……でも、アホヤはまだ、バカサよりは大人やね」


「ええ⁉ どこが⁉ 」


「……あんまりな、言いたくないけど……」


浜村はくるりと振り返って、真剣な目を向けた。


「……言うことやないとは思うけど、頼まれてるし、今日みたいなことあってもややこしいし」


「頼まれてる? 何を? 誰に? 」


「彩花に。バカサに気持ちを伝えて欲しいって。どうしても自分からよう言わんから、バカサがどう思てるか、訊いて、言われてる」


「……は? 」


航平の間の抜けた顔を、笑い出さずに見つめている浜村は、実際大したものだ。


「あたしは自分で言うべきやと、何回も言ったんやけど。でも、バカサ、鈍感すぎるから、見てられへん。彩花はバカサのことが好きなんやて」


「はあ⁉ ちょ、そんなん、知らんわ俺……そんなん、困る」


航平は真っ赤になって、思いきり首を振った。もしここに北条がいたら、傷ついてしまったかもしれない。浜村は大きなため息をついた。


「……そうやろね。だってアホヤは親友やもんね。でももし、アホヤが彩花の気持ちに気づいて、応援しようとしてるんやったら、どうなん? 」


 航平は、もう何が何やら分からなくなって、鯉のように口をパクパクしながら、ひたすら両手を振り回していた。とにかく、女子に気に入られたこと自体、初めてだ。その上こんなややこしい状況なんて、捌けるわけがない。


「でも……でもアホヤは、北条と一緒にいたいんや……」


「それもあるやろけど、さっきかて、彩花とバカサが一緒にやったら済む、ってあたしが言うたら、無理に割り込まへんやん? あれは彩花の気持ちに気づいてるんやと思う」


「いやいや、俺、アホヤの応援しとって……ちゅか、何でアホヤは北条を応援すんのや? まだ告白もしてへんやろし、まだオッケーかも知れんし……」


「だから、バカサはコドモで、アホヤはちょっと大人や言うの」


 浜村は、再び踵を返すと、すたすたと歩き出した。航平はしばらく呆然としていたが、はっと気づくと、慌てて後を追った。何だか、幼稚園から知っている浜村とは、別人のようだ。いつの間にこんなに差がついていたのだろう。


「浜村、今の、ほんまの話……」


「午後の授業始まってまうよ」


「ちょ、俺な、俺はな……やっぱりアホヤの応援してきたし、そんな目で北条見たことなかって……」


「ちょっと、もう人いっぱいおるし、名前出さんといて」


浜村は怒ったように言うと、人差し指を唇の前に立てた。


「あ、ああ、すまん……でもな、俺はやな、今まで通りの友達でいたいわ。それがほんまの気持ちや」


「分かった」


「……本人に、言うんか? 俺の答え」


 教室のドアを開けながら、浜村はちら、と航平を見た。真面目な顔だが、黒い瞳は少しだけ笑っていた。


「言わんよ。そんなん」




 青谷と、北条と、航平と。三角形と言うよりは、直線上に並んだ関係は、まるでオリオンの三ツ星のように、まだ初々しく瞬いている。


 航平は、浜村の背中に言った。


「な、やっぱり、浜村にも描いて欲しいのやけど」


浜村はふふ、と笑った。

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