第17話 直線 (前)
3センチほどの厚みのある本のページを、何度も何度も捲りながら、航平は呻いた。『今の若い子の顔は、みーんな同じに見えて分からへんわ』と、母がテレビを見ながらこぼすのを、『年寄りくさっ』などと嘲笑っていたのが恥ずかしい。こうしてじっくりと見比べてみると、だんだん違いが分からなくなってくるのだ。記憶の中のレフの顔そのものが、あやふやになる。どうやら安請け合いしてしまったらしいと、浅はかな自分が恨めしかった。
それでも、レフがあんなにも喜んでいたことを思うと、『やっぱ無理』などと言えない。指先で弄んでいた付箋の束が、一枚ずつ丸まったり折れたりして広がっていく。
「……わっからん! もうあかん」
仕方なく、青谷が言っていた『犯人の特徴』のように、大まかなところからメモに書き出してみることにした。
「えーと……年齢は、18才から……20代かな。身長は……俺よりちょっと高いかな」
航平は180センチ位、と書き込む。判らないところは想像で補う、と言えば聞こえがいいが、早い話が適当だ。
「職業、船乗り。ただしそれほどマッチョではない、と」
書き始めると、意外と進むものだ。こうなったら、全体的に適当でもよかったが、せっかく浜村が貸してくれた本を使わないのも申し訳ないと、何となく似ていそうなものに付箋を貼り付けていった。
「……よっしゃ。終わり終わり。寝よ」
航平の机に残されたメモには、こんなことが書かれてあった。
『年れい……18才から20くらい 身長……180センチ位
しよく業……船乗り ただしそんなマッチョでない
足……ふつうの長さ
顔のりんかく……細長い (米粒みたい)
かみのけ……くるくるロンゲ
まゆ毛……128ページのふせんのやつ でも太くない
目……150ページのふせんのやつ もう少し細いけど あと茶色
鼻……207ページのふせん でも鼻の穴はもうちょっと小さい
口……34ページのふせん でもてきとうでもよし
首……そんな太くない でも短め
あとてきとうでいいんで おねがいします』(原文ママ)
浜村はメモと本を見比べて、何か言いたそうな顔をしたが、ふ、と小さなため息をつくと、
「……分かった」
と言った。と、すかさず青谷が割り込んだ。
「何や、ほとんど適当やんか。これはさすがに、浜村にも難しいやろ」
「まあ、描いてみて……」
「そうや。北条と二人で描いてみて、似てるとこ合わせてみたらええんちゃうか? 」
(なにが『そうや。』や。わざとらしいにもほどがあるわ)
浜村も、話を黙って見守っていた北条も、ちょっとぽかんとしている。青谷は気にせず話続けた。
「俺、手伝うわ。こういうのは何人もで見た方がええやろ」
「いや、そうやけど、アホヤ、その人知らんのやろ? あんまり意味が……」
浜村の言うのは至極もっともだ。仕方ない、ちょっとでも北条と一緒にいる理由がほしい青谷の為だ、と航平は助け船を出してやることにした。
「そうやなあ。一人で見てても、自分の好きな方に寄ってしまうしなあ」
「やろ? 」
「……あの……」
北条が何故か浜村の袖をつん、と引っ張って、話に入ってきた。
「それなら、私も……バ……若桜君の役に立てるなら……描いてみたいな」
「やった。北条、ありがとうな。良かったな、バカサ! 」
「え、あ、うん。すまんな、北条。忙しいとこ」
ううん、とうつむき加減に首を振る北条の横で、浜村は何とも言えない表情を浮かべていた。
「別にええんやけど……彩花がやりたいんなら、別にあたしじゃなくても、ええんちゃうのん? 彩花が描いたのを、バカサが見たら済む話やん? 」
浜村は、多分変な空気にならないようにと気を使ったのだろう、普段はほとんど見せない微笑みを浮かべて、言った。
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