第15話 ラボラトリー
「……それはともかく」
レフは物悲しい空気を振り払うように、ちょっと大袈裟に顔をあげた。航平が、どう声を掛けたらいいだろうかと悩む間もなかった。
「今度は面白い所だよ。ほら、立って立って! 」
「な……なんやなんや……」
レフに急かされて立ち上がり、また後を追う。レフの足取りは明らかに空元気だったけれど、一人でやっているよりは多分、いくらかましなのではないかと思う。(……向こうに帰ったら、寺で手でも合わせとこかな……宗教違うか知らんけど)
「そう、寂しくなる所の次は、面白い所に行かなきゃいけないよね。『あとよし』っていうんだよね」
レフは明るい声で話し続けた。
「コヘ、これは大事なことだよ。覚えておくと役に立つよ。オレの相棒のニコラは、通訳だったんだ。交易の時、難しい交渉とかもあるだろ? うちの船長はどっちかというと、言葉が足りないタイプでね」
まあ、あの船長はそんな感じだな、と思う。
「ニコラは、気の利いたやつで、船長の言葉に色々付け加えたり、相手の言葉も意味は同じでも感じのいい表現に変えたりして、通訳していたんだよね。ニコラが間に立つと、うまい具合に話がまとまるんだよ」
レフは自慢げだ。航平は、青谷のことを思い出してみる。気の利かないところも、面倒くさがりなところも、ツッコミだけは頭が回るところも、ほとんど自分とそっくりだ。それでも、自慢出来るほどではないかもしれないが、信頼できる、いいやつだ。ニコラと張り合ってもしょうがないけれど。
「そのニコラが、教えてくれたんだけどね。『いいことは、後から言う』んだとさ。例えば、『コヘはいいやつですが、不細工です。』っていうよりは、『コヘは不細工ですが、いいやつです』って言った方が、印象がいいだろ? 『いいやつ』ってことの方が強調されるだろ? 」
「何をさりげなく悪口混ぜてんのや」
「役に立つから。大人になったら、使えるから」
どうもレフの役には立っていない気がするが、一応覚えておくとしよう。
気がつくと、河辺から大分離れて、島の真ん中あたりまで来ていた。ずっと同じ、短い草の野原だ。けれど、良く見ると、小さな色とりどりのキューブが転がっている。
「オレの作業場だよ。……見てなよ」
そう言って、レフは作ったばかりの結晶を手のひらに出すと、大きく広がるように撒いた。
「ああっ! もったいない! 」
航平は思わず叫んだが、次には、別の驚きの声をあげた。
「う……わあ! 」
半透明の、豆を横にしたような形の机は、作業台だろうか。青い横長の箱と、様々な形の器や瓶、薄い紙のようなものが並んでいる。周りには、大きさも色もとりどりのキューブが転がり、積み木の小さな家や、動物まであった。まるで、ショッピングモールなどで見かける、子供向けの遊び場のようだ。レフが言う通り、これは見ているだけで楽しくなってくる。
「大人になっても、積み木って、意外と楽しいよね」
レフは鼻を擦ったのだろうか、顔の中心をがしがしと掻いた。それから、積み木の馬のような動物に近づくと、尻尾を掴んで力一杯回した。
「なんか馬、えらい痛そうやで」
「これはまだ研究中の仕掛けなんだけどね……」
レフが手を離すと、馬がぎくしゃく歩き出した。なるほど、ゼンマイのような仕掛けになっているらしい。尻尾を激しく振り回しながら、馬は数歩進んで止まった。脚が中途半端に開いてぐらぐらしている。航平は思わず笑った。
「ここの素材では、ばねのようなものを作るのが難しいんだよね」
「草はそのままで弾力感じるんやけどなあ」
「そうなんだよね」
二人はしばらくの間、ゼンマイの改良やら、素材作りの研究やらに夢中になった。難しいことを、こんなに面白く感じるのは、初めてだった。気がつけば、結晶をすっかり使いきってしまっていた。
「……ごめん」
「いやいや、調子に乗りすぎたオレも悪かったよね」
二人は再び河辺で結晶を作っていた。航平を帰らせるための、あの巨大釣竿を作る分も残していなかったからだ。
「まあ、2回も作れば、とりあえず足りるから」
「……何か、今回は俺、遊びに来ただけな気いするわ……」
「仕方ないよね。ポーが居たら怒濤の展開もあり得たんだけどね。でもまあ、オレは楽しかったよ」
航平はレフのように素直に言葉にできなかった。ただ、軽く頷いた。
「……とりあえず、次は、レフの似顔絵を持ってくるわ。いつになるかわからんけど……」
「ちゃんと覚えた? オレの上等な顔」
「どんなんでも我慢してや。……もしめっちゃ長いことかかって、俺がおっさんになってたら、レフもおっさんなように描いてもろとくわ」
「そういうの要らないから。オレは永遠の18才だから」
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