第13話 レフの肖像

「……なあ、何で前は標識みたいな体で、今回はサイコロみたいなんや? 」


 レフの素直な言葉に、航平は何だかむず痒くなって、話を変えた。レフはまたごりごりと頭を掻いた。


「なんというか……描けないんだよね。オレ、絵が壊滅的に下手くそなんだよ。機関部の図面ならいけるんだけどね。前は定規で人間っぽい形を描いたんだけど、なんか気に入らなかったからね。今回は積み木方式にしてみたよ。色もつけられて、組み替えも出来て、しかも立体的にするのが容易で、なかなかの……」


よほどの自信作だったようで、レフの自慢話は止まるところを知らないようだ。(めんどくさいこと、訊いてもたなあ……)開けっ放しの瞳を見ていると、ピクトグラム以上に哀れみを感じる。何とか、もう少しらしい姿を作ってやれないものか。例えば、絵のうまい人に頼むとかして……(そうや、もしできれば、浜村か北条に頼んで、イケメン……じゃなくてもええから、ニンゲンを描いてもろたらどうやろな)


 ならば、少しでも本物のレフの面影を、見つけて帰ってやらなけらばならない。航平は、じっとレフを観察した。


「レフ。青い目やったんやな。」


「それが……え? オマエたまに人の話をぶったぎるよね。オレの目は茶色だよ」


「青やん」


航平が指をさすと、レフは目の部分をかたかたと動かした。見ているだけで痛い。青のキューブは、反転すると茶色になった。


「はい、茶色。いいじゃないか、好きなように作っても」


「向こうに帰ったら、絵のうまい友達にレフを描いてもろたるから、ほんまの姿が知りたいんや。レフかて、自分に似てる方がええやろ? 」


レフは思わず、大切な結晶の器を落としそうになった。


「えっ!……オマエ、……オマエ、それ、本気で言ってる⁉ オマエそれは……」


レフがこれほど狼狽えるのは、初めてだ。


「オマエ、それは、すごいな……本当にか……オマエ実は親切だな」


レフは器を置くと、胸の辺りのキューブを外し、中から丸い小さな皿のようなものを取り出した。あんまり慌てたせいで、いくつかパーツが崩れたが、そんなものに構っていられない様子だった。


「これ。これ、オレ。機関士になった祝いに、ローマで描いてもらったんだ」


皿に見えたものは、額縁だった。中に絵がはまっている。それは、赤茶色のチョークで描かれた肖像画だった。巻き毛の、細面の若者が、生真面目そうな瞳で航平を見つめ返してくる。想像していた顔とは違ったが、ようやくレフの存在に体温が与えられたような感じがした。


「こんなええの持ってたんやったら、これに結晶かけたらええんちゃうの」


「この絵は、本当はオレの体と一緒に、海の底に沈んだんだよね。だからこれはいわゆるレプリカなんだよ。オレがオレを忘れずに居られるようにって、ポーが作ってくれたんだ。ポーが作ったものは、結晶で素材化できないんだよ。なんか複雑な座標軸を持っているみたいだ」


 レフは再び器を取り、ゆっくり回し始めた。沈殿したようになっていた粒子が、渦を巻いていく。まるで銀河のようだった。


「前も聞いたけど、座標軸って何? 」


「んー、オレには上手く説明できないんだけど……」


 ポーのいう『座標軸』とは、航平たちの世界でいう『次元』という指標に近い。その世界に存在するものを座標で表すと、そのものは座標軸で構成された空間ならば自由に移動することができるし、形をとることもできる。例えば、航平たちの世界は、縦と横と高さの座標軸があるので、ものは立体であることができるし、空中を飛ぶこともできる。もっと多くの座標軸を持つ世界もあるのだが、認識できるのは自分が持っている座標軸上にあるものだけなのだという。


「ポーが言うには、エリダヌスの流れの中、つまりオレたちの居た世界だけど、時間の座標軸もあるんだそうだ」


「いや、あらへんやろ。だって俺ら、時間を自由にできへんやん」


「なんかね、座標軸にも色々あるみたいなんだよ。固定だったり、流動的だったり、双方向だったり。もしかしたら時間を自由にできるっていうのは、もっと沢山の時間軸がいるのかもしれないよね」


「……ふーん。……あんま、ようわからん」


 ふと、三朝との会話を思い出した。『……人の目では不確かなものも、それでも確かに存在するんや。僕は、知らないから、見えないからって、否定してたら、ほんまのことは分かり得ないと思てるよ』


「……一万年前の光を見たしな……なんかわかりそうでわからんけど、いつかわかるか知れんな。それにタイムマシンも、できるかもしれんもんな」


航平は独り言のように呟いた。


「まあ、オレだっておんなじだよ。でも実際、ポーがいるからね。ーーほら、大きい粒が出来てきたろ? これで出来上がりだよ」


 レフは器を傾けて、結晶を薄い紙のようなものに移すと、それを小瓶の口に差し込んだ。こういうものもすべて、レフが作ったんだろうか。何だか、少し尊敬してしまう。航平は大抵のものが揃った、便利な世界でのほほんと生きてきたので、作るという発想にすら至らないのではないかと思った。


「ああ、今思ったんだけど。……この絵に結晶をかけて、物質化できたとしてもさ、オレ、胸から上しか無いよね」


「あー……そやな」


「描いてもらってね。足。オレの長い足」


「全体的に、今よりはましになるから、まあ任せときや」


「あとさ、」


レフは大切そうに、額縁を胸の中にしまい込むと、真剣な目(のように見えるキューブ)を航平に向けた。


「……オマエ、名前つけてやろうか」 


「いや、あるから。名前」


「ウンダにしよう。今からオマエはウンダだよ」


「却下や」

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