第12話 結晶づくり

「俺は訊きたいことが山盛りある」


 航平は、レフの『エリダヌスの結晶作り』を手伝いながら言った。言いなりになるのは面白くないが、元の世界に戻ることができると知った今、少しくらい一緒に居てやってもいいかな、という気になっていた。それに、この結晶には興味があった。


 まず、レフが作った小さな暖簾のようなものを、川面すれすれに垂らす。極力、時間の流れに影響を与えないように、慎重にだ。そうやって、暖簾の糸で、飛沫を受け、丁寧に払うと、やっと目に見えるほどの粒子が採れる。それをうんざりするまで繰り返して、小さな器に溜める。溜めたら、器をゆっくり回しながら混ぜる。すると、粒子同士がくっついて、結晶ができるんだそうだ。気が遠くなるほど地道な作業だ。一人でやってろ、とは、さすがに言えなかった。


「オレもあるよ。ーーもっと丁寧に払い落として。もったいない」


「まず、今回は、俺は記憶があるわけやけど……」


「毎回ここまではあるよ。オレが『セステナ号』にオマエを乗り込ませると、途端に全部忘れるんだよね」


「お前のせいなんかい! 」


思わずツッコミを入れたが、また謎が増えた。


「……『セステナ号』って何? 」


「マッカ船長のあの船だよ。ーーおい、間違ってもこぼすなよ? 」


「星かなんかの名前? 」


「いや、正確には、『世界中の素敵なものをあなたに』号という」


完全に意表をつかれた。どうツッコめばいいものか。


「……それは……なんちゅうか、センスが……」


「マッカ船長のセンスだよ。……まあ、オマエが忘れるのは、確かにオレのせいだよね。今度はちゃんと、いろいろ説明して、馴れてから利用、いや、協力させるから」


「イヤイヤイヤ、何でかなー。何で上からなんかなー。言葉言い換えても、ニュアンス一緒やから」


 それにしても、手間がかかるわりに、出来上がる結晶の少ないこと。以前レフが、塩コショウのようにぱっぱっと振り掛けていたのを思い出し、青谷のじいさんが薬を飲む時使っている、耳掻きのような匙を、使うように言おうと思った。


 レフは、慣れた手つきで器を回しながら、話を続けた。


「まあ、詳しいことはまた話すけど、要するにオレは、あの嵐から船を助けたいんだ。もしそれが出来ないなら、せめて船長と乗組員の皆を助けたい。オマエにはそれに協力してほしいんだよ」


 その想いには気付いていた。しかし。


「……分かるよ? 俺がレフやったら、やっぱり同じこと考える。だけど、歴史が変わるんやろ? もしかしたらもっと沢山の人が死ぬようなことが起きるかもしれんやんか。そんな気軽に『よっしゃ』ゆうわけにいかん」


「だよね。……まあ、今のはただ、オレの望みを言っただけだから、ポーも交えて、話し合いたいんだよね。オレだって、自分のために、世界を犠牲にしたいなんて思ってないから」


 きっと、アケルナルに来てから、長い間、一人で考え続けていたのだろう。レフはぶっきらぼうだし、ちょっといい加減なところもあるが、決して悪い奴ではない、と思う。一緒に考えてやるくらいは、いいのではないか。それこそ『乗りかかった船』だ。


「そうや。俺な、帰ったとき、前に自分が何て言ったか、覚えてへんで、なんか適当に言ってもた。そういうちょっとした間違いでも、歴史は変わってまうのんか? 」


「そのくらいじゃ、ほとんどなにも変わらないよ。せいぜいオマエが不幸になるとか、そんなもん」


「せいぜいってなんや」


「それはおいといて、オマエさ、気になってたんだけど、何で今回は丁寧語じゃないの? 」


「……2回目やから」


 自分ではあまり気にしていなかったが、本当は多分、レフに親しみを感じ始めていたからだと思う。けれどそれは何となく、言いたくなかった。


「ま、オレはそっちの方がいいけど。オマエと友達になれたみたいで」

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