第11話 再会
夜明けと共に、日常が戻ってきた。
天体観測会のお陰で、浜村や北条とは今までより親しくなれた。青谷は幸せそうだが、それほど煩くしなくなった。余裕が出てきたのかもしれない。
夏休みは、航平たち受験生には、やらなければならないことが沢山あったので、あっという間に過ぎていった。去年までは部活三昧だったから、面倒な勉強さえ楽しく思えた。
2学期の始まりは体育祭でどたばたした。落ち着いた頃にはもう秋だった。その間、航平は、アケルナルとレフのことを思い出さなかった。
その日も、いつも通り、青谷と自転車を押して帰っていた。
「あー、北条と一緒の高校行きたかったわー」
「まだ頑張ったら行けるんちゃうか? 」
「どんだけ頑張ってもあかん。女子高やもん」
「そらあかんな。性転換せな」
「女になったら、一緒に行く意味あらへんやん」
大真面目にそんな話をしていると、背後から自転車のベルが鳴った。振り向くと、浜村だった。
「バカサ、アホヤ、ちょっとええ? 」
「何? 」
「今な、三朝さんに会うて。秋の観測会やるんやて。今度はサークルのメンバーだけのんみたいやけど、良かったらおいでって」
「ほんまか。いや……行きたいけど、今度の中間テストは頑張らんとあかんからな……日にちによるかな」
航平が言うと、青谷も頷いた。
「俺も。ちゅか、北条には訊いたんか? 」
「彩花は二人が来たら、多分行くって言うと思う。ほら、前、バカサ、エリダヌス座観たがってたから、三朝さんも覚えてくれてて」
あ、と思う。こんなにきれいに忘れているものなのかと、少し驚いた。
「それやったら、行かんと申し訳ないな」
「まあ、でも受験生やから。無理言わんとくわ。一応日にち聞いたら教える」
「頼むわ。……浜村、ちょ、待て」
用件だけ言って、直ぐ立ち去ろうとする浜村を、青谷が呼び止めた。
「何? 」
「ほれ」
青谷は、ウサギの絵が描いてある、小さな袋を投げた。浜村はキャッチに失敗して、かろうじて胸元で受け止めた。
「ラムネ? 懐かし。ありがとう。……あれ……」
「何や? 」
「何でもない。何か夢で見た気がしただけ」
「そか。ほななー」
リンリン、とベルをならして走り去る浜村を見送りながら、青谷は航平にも小袋を渡した。二人は、5、6粒入ったラムネを一気に頬張った。
「すっっば! 」
口の中が泡だらけだ。ついでによだれも溢れそうだ。しばらく喋ることもできなかった。
「しゅ……すっぱ……アホヤいっつも駄菓子持ち歩いとんのか」
「そろそろ持ち物検査ヤバいな」
「次、カルパスがええわ」
稲刈りが終わったばかりの田んぼには、落ち穂をついばむ鳥たちが、忙しなく跳ね回っていた。軽やかな西の風が、籾殻を燃やす煙の香りを運んできた。航平も周りの友達と同じで、都会に憧れているし、いつかはテレビで観るような街で働くつもりだが、それでも、こんな田舎の様々を、自分の中から消し去ることはないだろうと思う。生まれた川の水の臭いを辿って戻ってくるという魚たちのように、きっと。
「……俺、なんか分かってきた気がする」
目覚めてみたら、そこは部屋ではなかった。航平は眩しさに顔をしかめながら、覗き込んでいる目を見上げた。それはサイコロくらいの大きさのキューブで構成された、奇妙な人間だ。普通なら、一声叫んで気を失うところだが、航平は落ち着いたものだ。ピクトグラムの衝撃に比べれば、なんてことなかったし、しかもこういうドット絵は、ゲームなどで馴染みがある。粗すぎるのが残念だが。
「あ、なんか今のシーン、見たことある、っちゅうのが、ここに来るきっかけな。それ言われたら、寝んかったらええんやな」
「んー。ちょっと違うかな。見たことがあるって言うのは、オマエがここに来て、向こうに帰った時に、ちょっと重なって繰り返された部分ができるから、周りの人はそう感じるだけで。きっかけじゃなくて、結果だよね」
相変わらずの、間延びした声だ。
「そしたら何がきっかけなんや? 俺はこんな風に、望んでもないのに急に移動させられると、なんか嫌や」
航平は体を起こして、レフを睨んだ。レフが、あの船の時のように、何かで吊り上げたんだろうと思ったのだ。
「オレはオマエみたいに、自分の意思でここに帰ることは出来ないから、あくまでも推測だけど……」
「俺が自分の意思で帰った? イヤイヤイヤ、それは無い」
「でも、オレは待ってただけだから。多分、オマエ、ここのことを考えながら寝たんだろ」
「向こうに帰った時は、そら、考えたこともあるけど、最近キレイに忘れとったんや。そんときはこっちに来んで、何でやねん」
レフは頭を掻いた。ごりごりと、あらぬ音がする。
「この会話もね、まあ何度目かなんだけど。前なんか、オマエ、オレがかっさらったみたいに言ったからね」
(……今も言いそうになってたけどな)
「多分、オマエが一度忘れてから、思い出すと、何か強いものが生まれるんじゃないのかな。ほら、鉄とかさ、冷やして熱してってすると強くなるし」
「折れるんちゃうかった? 」
「そうだっけ? まあオレは鍛冶屋じゃないから。で、それから寝るとかして、オマエの意識が解放されると、飛べそうじゃない? 」
『じゃない? 』と同意を求められても、と航平は口をへの時に曲げた。そりゃ、レフにだって解らないものは解らないんだろう。それでも納得いかない。
「寝んかったら、ええんやろ? つまりは」
「寝なくても、気を失うとか、酔っぱらうとか、いろいろ……」
「そん中じゃ、寝てまうのが一番普通にあるわな。まあ、しゃあない。レフが無理に来させたんやないんなら、文句言うても始まらんわ」
レフは、口元のキューブをもたもたと入れ替えて、笑ってみせた。それは彼なりの、精一杯の感情表現だった。
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