第9話 宇宙人たち

 あの翌日、浜村はプリントのコピーをとってきて、3人に配った。北条も、浜村の助けのお陰で、無事に親の承諾を得たようだ。青谷ときたら、わくわくし過ぎて寝不足になり、危なっかしいほどだった。


 そんな賑やかな日々のなかで、航平の不安は薄まっていったが、時折、あの時間のない世界に取り残されているレフの姿が、胸のどこかでざらついて感じるのだった。




 そして、土曜日。天気は一日中快晴の天体観測日和だった。集合は午後6時、海の近くの広場だ。航平は浜村の助言通り、長袖のジャージをリュックに押し込むと、『ほな、行ってくるわ』と出掛けようとした。すると母が、バタバタと出てきて、何やら大きい風呂敷包みを押し付けてきた。


「何これ? 」


「おにぎり。みんなの分もあるから。あと、カップの味噌汁」


「みんな自分の弁当は持ってきとるから、こんな大きいの要らんっちゃ」


「夜中起きてるんやから、お腹空くやん。持っていき」


「アホヤとコンビニで買う約束やったのに」


「ほんなら買わんですむやんか」


『ダサいから嫌や』とはさすがに言えず、渋々リュックの奥に詰め込んだ。


 待ち合わせのコンビニに行くと、青谷と浜村が待っていた。浜村は長袖のTシャツとジーンズで、大きな赤いリュックを背負っていた。多分これが普通の『天体観測会』コーデだ。隣に目をやると、『ダメな例』という文字が見えそうな青谷がいた。毒々しいドクロのタンクトップ、引きちぎったような膝丈のデニム、じゃらじゃらしたアクセサリー……もちろん、普段の彼はもっとずっと普通の格好だ。多分気合いの入れすぎだろう。


「おまえ……それはあかんやろ」


「あたしも今、言うてたとこ。絶対寒くて居られんから」


浜村の仏頂面はこの場合、もっともだ。


「いや、暑い」


「アホヤ、ちょっとは案内読めや。せっかく浜村が配ってくれたのに。しかも似合うてへん」


「え」


青谷はちょっとショックだったようだ。


「ジャージ取りに帰れ」


「……北条に会ってからじゃあかんか? 」


「会う前がお前のためや。引かれんぞ」


「えぇ……じゃあ弁当だけ買うて……」


「要らん要らん。うちのオカンがおにぎり作りよった。ほら、早よ」


 肩を落とした青谷の後ろ姿に、二人はため息をついた。可哀想ではあるが、確かに彼のためにはその方が良かった。




 どたばたしたものの、時間通りに天体観測会は始まった。社会人の天文サークルが主催とあって、いろんな世代の男女が集まっていた。こういう経験は初めてだ。北条などは、家族以外と夜に外出すること自体初めてらしく、緊張しているようだった。


「君らには僕が教えるよ。」


天文サークルの三朝という人が、航平たちに付いてくれた。隣の県の大学に通っているそうだ。


「もう少し暗くなったら始めるから、今のうちに腹ごしらえしとこ」


と、三朝がカップめんを取り出したので、航平はタッパーにぎゅうぎゅうに詰められたおにぎりを差し出した。


「良かったら、食べてください。うちのオカン、16個も作りよったんで、食べきれませんから」


「えっ!ええの⁉ うわー嬉しいわ!頂きます! 」


三朝は思いの外大喜びで、大きなおにぎりを頬張った。


「うっまー! おにぎりってこんな旨かったか」


それはお世辞ではなかったようで、青谷も、浜村も、おしゃれな洋風弁当持参の北条でさえ、良く食べた。16個はあっという間になくなった。航平は、ほんの少し、珍しく、母を誇らしく思った。


「さて、ちょっと説明しとくわ。あっちのカメラとか設置してるとこ、あそこは今日のところは、近寄らんといてね」


もう大分暗くなっていて、三朝が指差す方は、かろうじて見える程度だった。


「あの人らは天体写真撮ってんの。まあ望遠鏡も一緒やけど、星ってすごい遠くにあるから、ファインダーに捉えても、ほんのちょっとの振動とかで、すぐどっかにずれちゃうんや。写真にとると、アホみたいにジグザグになったりな」


「天体写真、撮ってみたいです」


「じゃあ次、初めての人でも撮りやすい機材揃えとくね」


次、と言われて、浜村が嬉しそうに小さく跳ねた。


「今日使う望遠鏡は、あの屈折望遠鏡。惑星を観てもらお。土星って、知ってるやろ? 」


「あれやったら、バカサん家にもあったなあ! 」


「オモチャな。土星って、ほんまに輪っかあるんですか? 」


「あるあるー。ちゃんと観えるよ。あと、あっちのは反射望遠鏡っていって、もっと遠くの星雲とかも観れる。今日は僕らが入れるから、君らには観てもらうだけになるけど」


 三朝は、極軸合わせとか、ファインダー合わせとか、色々準備からやってみたら、もっと面白いと言った。男子はこういう精密なものに触ってみたくなる。航平は、是非次も来ようと思った。青谷も北条のことは抜きでも、興味を持ち始めたようで、『高校入ったらバイトして買おかな』などと言い出した。


「あの、アホなこと、訊いてもいいですか? 」


青谷がハイハイと手をあげた。


「気軽に訊いて」


「宇宙人っているんですか? 」


「僕はいると思うよ。会ったことはないけど。観てみ」


三朝が空を指した。気がつくと既に暮れ残りの紫色も失せ、満天に星が現れていた。途端に宇宙が降りてきたような感じだった。北条が小さく、感嘆の声をあげた。


「これ全部、恒星、つまり僕らの太陽と同じやからね。惑星を持っている星も沢山あるはずやし、生命が生まれる条件の揃った惑星もあると考えるのが自然やと思う。けど、どの星も遠いやん? 光の速さで何万年もかかる距離やったりする。それをどう飛び越えて、この地球にやって来るんか、それがわからん」


「それはワープすんねん」


青谷は興奮気味に言った。


「そう、ワープ航法かもしれん。あるいは僕らが考え付かない方法もあるんかもしれんね。ワープ航法ゆうんは、ここをA地点として、あっちをB地点とするやん。普通は移動すると、距離÷速さ分の時間がかかるところを、A=Bに限りなく近づけることで、時間の短縮をするっていう方法やね。ただ、これを可能にするには、空間とか、湾曲させる技術が要る。3次元の僕らにはすごく難しいように思う。でも、めちゃくちゃ進んだ科学が有れば可能なんかな」


三朝は子供の質問に、真剣に答えてくれた。


「光速を越えた速さやったら、どうなんかな? 」


浜村が身を乗り出した。


「それな、もしかしたら可能かも知れんのやて」


「……何だか、時間も飛び越えそうやね」


北条がそっと言うと、皆は黙って宇宙を見上げた。科学と現実の限界を押し上げていく力は、もしかしたら、こんな想像力から生まれてくるのかもしれない。

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