第19話



 廊下の方からかすかに、男の鼻歌が聞こえる。部屋から出る気にもなれなかった。だから、私はそのどこか調子っ外れな裏声の鼻歌を、冷めきったコーヒーを啜りながら聞いていた。


「Three blind mice. Three blind mice.

See how they run. See how they run.

They all ran after the farmer's wife,

Who cut off their tails with a carving knife,

Did you ever see such a sight in your life,

As three blind mice.」


 いい歌だと思った。おそらくはマザーグースだろう。かなりゆったりしたリズムにはなっていたが、彼の声はよく通り、メロディをやや外してはいても、心から楽しげに歌われるそれは、聞いている側に確かな心地よさを与えるものだった。

 やがて部屋のドアが開き、怪物が瞳をのぞかせた。入るように手招きすると、彼は「あははー」と気まずそうに笑い、血まみれの靴を履き直しながらこちらへとやってきた。

「やあやあ。ユウから話は聞いてるよ。私とは初めましてだよね、えーっと、ミランダちゃん、だっけ?」

「お前の名前は?」

「アヤセ」

「日本人なのか?」

「うん。ところでさあ、包帯とかない? さすがに腕がいかれちゃったわ」

 金属を素手で引きちぎったら、普通、腕がいかれるどころの騒ぎではない。

「その華奢な腕で、よく手錠が壊せたな」

「うーん、ま、それはそれよー!」

 えへへー、とあどけない子供のように笑う化け物に、私は聞いた。

「私を殺しにきたんだろう?」

 うん、と彼は頷く。

「でも、ま、考えなくもないよ? あなたはリアちゃんの友達の親代わりだしさ。あの子を悲しませるようなことはするなって、ユウがいつも言ってるもん。私はどーでもいいんだけどさ。あんた、死にたいの?」

「死神が迎えに来るのを、待ってた時期はある」

「死神なんて、いる訳ないでしょ」

 おかしな人ね。

 くるくるとその場で踊るように回り、ケタケタと笑っていた、金髪の青年の姿をした死神は、ふと、モニターの方に目を向けた。

「あれ」

「どうかしたのか」

「なんか、面白いことになってんね。見に行こっか」

 そう言うが早いが、死神は私の手を強引に引っ張り、部屋から連れ出した。

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