第14話



「また会ったね、お姉さん」


 少女の爪には見覚えがあった。ネイルアートの綺麗な、整えられた長い爪。駅で首に絡みついてきた手にあったものと、それは全く同じだった。

「解体屋の最後のお客さんが、あなたとあの殺し屋だった。私はそう聞いてる。ねえ、あってる?」

 私は首を小さく縦に振る。少女は年相応な無邪気さで、嬉しそうに笑った。

「ねえ、私はね。あるマフィアの構成員の娘だった。でも、私のお父さん、ある日何を思ったのか、組織を裏切ってお金持ち出して、家族で国外へ逃げようとしたの。当然捕まって、家族は犬まで皆死んだ。でも私だけは生きている。どうしてだと思う?」

 検討もつかない。私は首を横に振る。少女は息巻いて続けた。

「私たち家族はすぐに拘束され、コンクリートで四方を囲まれた部屋に入れられて、そこへある男がやってきた。まだ小さかった私は、震えながらその人を見て、『ああ、私たちは全員、この人に拷問されて殺されるんだ』って思った。その人が解体屋だったの」

 ふふふっ、と少女は小鳥のさえずりのように笑う。

「あの時のことは、今でも鮮明に覚えているわ。彼は磨き立ての新車みたいにピカピカと輝くオレンジ色のチェーンソーを持ったまま、しばらく何かを考えていたけれど、やがて思いついたように『殺しあえ』と言った。『今日は俺もリサもちょっと調子上がんねえから、できれば勝手に死んでみてくれねえかな』って。真面目な顔でね。そして一本のナイフを床に放り投げた。彼は最後にこう付け加えた。『生き残った一人だけなら見逃してやる』」

 それを聞いて、ロナルドがくつくつと押し殺した笑い声をあげる。

「真っ先に動いたのはお父さんだった」

 少女は自分のチェーンソーをするりと持ち上げ、重さを感じさせない動きでそれに頬ずりをした。

「ナイフを掴んで、解体屋の青年に襲いかかった。いくらチェーンソーを持っていたって、敵が自分より年下の生意気そうなガキだったら、元マフィアの男なら誰でもそうすると思うよ。でもそしたら、次の瞬間には、お父さんの体は真っ二つに裂かれていた。横にじゃなく、縦に、ね。顔に返り血を正面から浴びても、解体屋はまるでガムでも噛んでるように顔色ひとつ変えなかった。私はその時、彼に恋をした。と思った。だってそうでしょ? 恋をしている、叶えたい恋がある……それだけで生存には十分な理由だよね」

「だ、だ、だからって、家族を殺せるなんて、く、狂ってると僕は、お、思うけどね」

 横からそう言われ、少女は不服そうに頬を膨らませた。

「恋する人はみんな狂人よ。よくそう言われるでしょ? とにかく私は家族全員を殺したあと、そして『あなたの彼女にして』って頼んだ。でも断られた。『どうしたら好きになってくれる?』って聞いたら『俺は誰も好きにならねえよ、うるせえ女はむしろ嫌いだ』って言われて、チェーンソーを向けられたから、一旦逃げた。だから彼に殺されないよう、遠くから彼を見つめ続けることにした」

「オリビアの行動力はすごいものよ。その思いたったひとつだけで、身寄りもないのにここまでたくましく生き延びてきたんだから。あなたも少しは見習うべきなんじゃないかしら?」

 オリビアという名前なのか、と私は思った。思っただけだった。特に何かリアクションをとることもしなかった。もうなんでもいいから、一思いに殺してくれないかな、とも少し思った。どうでもいい話を一方的に聞かされるのは苦痛だ。


「でも、あなたのせいで……いや正確に言えば、あなたの属する組織のせいで、私の恋人は死んでしまった。だからね、リアちゃん。私は、あの人と同じになることにしたの」


 その時、突然体の拘束が外され、かと思うと、頬を思い切り殴られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る