第7話


「すごいよね。彼女はもしかしたら、あの秘密結社に入るためだけに夫を選び、そして殺したのかもしれない。そう思えてしまうくらい、彼女にはぴったりの仕事ぶりだ」

 小箱のふちを自分の指でなぞりながら、ユウは言った。

「秘密を許さないなんて、改めて考えてもヒステリカルでぞっとする。もちろん組織に伝えるべきことを秘密にしていたのは、ミランダの罪かもしれないけれど」

「綺麗だね」

 切り取られた指を見て、はじめに口をついて出たのは、そんな言葉だった。

「とっても綺麗」

「これは君の友人の指だよ。痛ましいとは思わないのかい?」

 不思議そうに聞いてくる彼に、私は微笑んだ。

「痛ましいというのなら、あの人は初めから、これ以上ないほど痛ましいよ」

「ふーん……まあ、そうかもしれないけどさ」

 少しだけ不服そうに頬を膨らませて、ユウは言う。

「怖いとは思わない?」

「わからない。でもたとえ私が怖がっても、シノが喜ぶとは思わない。それにきっと、ユウが助けてくれるでしょう?」

「簡単に言ってくれるねぇ」

 彼はからかうように笑う。

「僕だって死んじゃうかもしれないのに。君、僕が死んだらどうするつもりなの」

「わからない。一緒に死ぬかも」

「君のそういう思い切りのいいとこ好きだけど、じゃあ僕は好きに死ぬこともできないじゃないか。重たくてしょうがないよ。もし明日僕にとびきりの恋人ができて、その子と心中したいってことになったら、君はとばっちりで死んじゃうんだ?」

「その時は生きる。できるだけ」

「へえ。生きられる?」

「自信はないから、なるべくなら恋はしないで」

 そう言って顔を上げると、ユウと視線があう。彼は驚いたように目をぱちくりとさせたが、やがて目を細め、からからと笑った。

「何言ってんの。冗談冗談。命かけた恋するほどバカじゃないよ、僕は」

 私の顔はそんなに真剣だっただろうか、とつい自分の顔に触れたが、そんなことはわかるはずもなく、気まずくてまた顔を伏せた。

「で、本題に戻るけど、ミランダが来た理由と組織を抜けた理由はこれだそうだ。ペットに傷をつけられ、その上連れ去られたんだから、ま、当然と言えば当然だ」

「でも、この指は本当にシノのものかな?」

「別人の指を使う理由がないし、何より常に身近にいたミランダが確信しているから、間違いないと思うよ」

「そう……。話を続けて」

「そういうわけで、彼女は僕に仕事を依頼しに来た。もしくは、組織に脅されてやって来た。シノを殺されたくなければ僕たちを連れてこい、とでも命令されたんだろう。本人は認めたがらないだろうけど、たぶんそっちのが真実に近いと僕は思う。どちらにせよ、僕らはシノを助けに行かなければいけないらしい。でなければ君の友人のシノも、彼の飼い主であるミランダも殺されてしまうからね。友人が死ぬのは、リアちゃんだって嫌だろう?」

「それはもちろん嫌、だけど……」

 ユウにはそれがどれだけ危険かわからないのだろうか? と不安になりながら言う。

「シノを助けに行ったら、そこにはきっと敵が大勢待ち構えているでしょ。いくらユウが強くても、さすがに捕まって殺されるよ」

「殺されないさ」

 ただ飄々と、そう返される。

「僕は人を殺すために生まれてきたような人間だよ? それに僕は普通の人と違う。よほどのことがなきゃ、まず死なないって」

 本当にすごい自信だな、と私は思う。

「その『よほどのこと』があるんじゃないかって、心配なの」

「ご心配どうもありがと。でも、今回おそらく主導権を握っているであろうフェリスは、そういうことをするタイプじゃない。彼女はきっと、獲物がじわじわ苦しんで死んでいくのを、高みから眺めて楽しむタイプだ。ファラリスの雄牛のようにね」

 ミラも大概だけれど、とユウは肩をすくめ、似た者同士だね、と私は答える。

「とにかくフェリスは、標的を一発で仕留めるような簡潔な手法は使わないだろう。そこに付け入る隙がある」

「でもわからないよ、地雷とか爆弾で、一瞬で吹き飛ばされるかもしれない」

「その辺りは心配には及ばないよ」

 後ろから声がして振り返ると、すでに就寝していたはずのミランダが立っていた。

「あれ、聞いてたの?」

 ユウが尋ねると、ミランダは眠そうに頷き、ポケットから便箋を取り出した。

「実はその手紙には、続きがある」

「え、なにそれ。どうして隠してたの」

 手紙を受け取りながら、ユウが不服そうに言う。

「敵に手の内を全部晒すほど、バカじゃないからな」

「敵? 君の敵はフェリスたちだろう?」

「今の私には誰も彼もが敵だ」

 やれやれ、と彼は便箋を読み始める。

「なんだ。お茶会の次は、晩餐会のお誘いじゃないか。『あなたのあっと驚くような客人を招待しておきますのでどうぞお楽しみに』、か」

「こんな贈り物をされて、食事のことなど考えたくもないが」

 ミランダは言って、ふと私の方を見た。正確には、私の手の中にある小箱を見た。

「この手紙にある待ち合わせ場所は?」

「ローテンブルクの外れにあるフェリスの別宅だ。幼い頃に一度だけ、両親に連れられて行ったことがある。広く美しい別荘で、その時からすでに、彼女は喪服を纏っていた記憶がある。その時に彼女は言っていたよ、『ここはローレンス家が先祖代々大切にしてきた場所の一つ、だから私も守っていかなければならないわね』と。そんな思い入れのある場所で、爆弾の類を使うとは思えない」

「思い入れのある場所でおぞましいことをしようとするのも、だいぶ意味不明だけれどね」

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