第3話



 まるで貴族の末裔、いや、きっと彼女は未だに貴族そのものなのだろう。ミランダと名乗った女性はわずかに筋肉のついた細い腕を組み、「別に君たちを殺しに来たわけではない」と続けて言った。

「私は組織を抜けてきたんだ。君たちには、ぜひうちのペットを連れ戻す手伝いをしてもらいたい。君らは、あいつの数少ない友人だからな」

 ペット? 友人? 組織?

 ミラという名前と、それらの単語に心当たりがないではなかったが、彼女の話はあまりにも具体性を欠いて自分本位なので、私は恐る恐る訊ね返した。

「ペットって……それってもしかして、シノのことを言っているんですか?」

 彼女は目を細めて頷いた。

「ああそうだよ、市ノ瀬リア。今はもう違う名前になったか? まあ、そんなのはどうだっていい。もっと詳しい話をしたいんだが、家に入れてもらえるか」

「へ?」

「いいのか? 悪いのか?」

 こちらを見つめながら、器用に煙草を取り出して火をつけ始めるミランダに、今度はユウが尋ねた。

「その前に、あなたさっき『組織を抜けてきた』って言いましたけど、その組織っていうのは、例の秘密結社殺しをするための秘密結社、SSMのことと思っていいんですね?」

「ああ。他に私がなんの組織に入るっていうんだ。アマチュアオーケストラか? NPO法人か? 世界中の恵まれない子供を助けたり、僻地に学校を建てたりする慈善団体か?」

「そう怒らないでくださいよ。僕たちはあなたのことなんて、全くってほど知らないんですから」

 ミラは煙を吸い込み、ふうっと吐いた。ユウが驚いてゲホゲホと咽せると、彼女の赤い唇が歪んだ。

「それもそうだな。私は君らのことをよく知っているのに、君たちが私のことをほとんど知らないというのも、変な話だが」

「はあ……まあ、あなたの話は概ね信じます。ですが一応念のため、あなたがもし妙な動きをしたら、すぐこれを使いますから。それでもよろしければ、どうぞ上がっていってください」

 いつのまにかユウは、目に涙を浮かべて咳き込みながらも、両手に小型ナイフを何本か持って、ミラの目の前に突き出していた。光る凶器を見せつけられ、ミラはあからさまに眉を寄せた。

「結構なもてなしだな」

「恐れ入ります」

 ほっと息をつきながら、ことも無げにユウが言う。


 突然約束もなしにやってきたのは向こうの方なのだから、そんなに気を遣う必要もないのだけれど、なんとなく「この一般人向けのパックのお茶をあの綺麗な人に出していいものだろうか」と思いながら、私はキッチンで湯を沸かし、紅茶を三人ぶん作った。輪切りにしたレモンと角砂糖、そしてミルクのポットと一緒にテーブルに持って行くと、ユウとミランダが話しているところだった。

「ていうか、前から思ってたんだけど。あなたたちって結局のところ何がしたいんですか? 僕らを殺したいなら、こうして居場所を知ってるんだから、やれるでしょ? なんか、中途半端っていうか……こっちとしてもイライラするんですよね」

「イライラされても、私にはどうしようもない」

 ミランダが自分のお茶にレモンをふた切れ入れながら言う。

「まず第一に、組織の方針を決めているのは私ではない。私は両親が結社の一員だったが、二人揃って急死したので、穴埋めとして自動的に入っただけのことだ。まあ不本意な加入ではあったが、入った以上はやるだけやっていたよ」

「でももう抜けたんだろ」

「まあな。こんなことになっては、のんきに活動などと言ってはいられない」

 不服そうにため息をつきながら、ユウがカップに角砂糖を3個落とす。

「そう。で、御用は何?」

「うちのシノが、君たちに手紙を送っていたのは知っている。君たちがシノに、現在の住所を教えていることもな。結社が君たちを狙わなかったのは、私が、君たちの住所を知らせていなかったからだ」

「だろうとは思ってましたよ」

 二人の会話を聞きながら、私も自分のカップにミルクを注ぐ。

「ややこしいやつだな、君も。殺されたくないのなら、初めから敵に住所など教えるべきではないだろう」

「それはそうですけど」

 角砂糖を二つ入れ、ティースプーンでかき回す。最近のお気に入りの飲み方だ。

「でもその方が、スリルがあっていいじゃないですか。それにどうせ誰を送り込んできたって、何にもできやしません。僕がいますから。善人からお友達を奪うような蛮行も許さないですしね、うちの結社のお偉いさんは」

 ユウが冗談めかして笑うと、彼女は顔を引きつらせながら鼻で笑った。

「……まあいい。どうせ多重人格者なんて、まともな奴ではないと思っていたからな。それで本題なのだが」

 そう言うとミランダはバッグを開き、中から一通の封筒を取り出して、テーブルの上に乗せた。

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