第23話 いきなり人気のない校舎裏に呼び出された俺は……

 次の日。


 彼女は何事もなかったみたいにいつも通り登校してきた。


 俺の心配は杞憂に終わった。


 まあ、変わったことと言えば、何かと理由をつけて、姫川さんが俺に話しかけてくることが多くなったことかな。


 授業中でも熱い視線を感じるし、紙切れが回ってきたこともあった。


 男子トイレの個室にまで、一緒に入ろうとした時はさすがに驚いたけどな。


 もはや常軌を逸した異常な行動としか思えなかった。


 そして昼休み。


 いきなり人気ひとけのない『校舎裏』に呼び出された。


 小さな花壇と多少の木々がある程度の寂しい場所だ。


「りゅ、龍一……い、いつも~パンばかり食べてるでしょ。

 でも、それだと栄養が偏っちゃうから。

 今日は私がお弁当……つ……作ってきてあげたわよ♥

 か、感謝しなさい♥

 栄養面を考えながら、ちゃんと龍一の舌に合うように、愛情をたくさん込めたスペシャルお弁当よ」


 そこで可愛らしい白猫がプリントされたお弁当箱を手渡される。


 弁当箱を差出してきた時の姫川さんの顔は、なんだか赤く染まっており、普段以上に可愛く見えたので、つい受け取ってしまった。


 でも考えてみれば『女の子の手作り弁当』を貰うなんて、これまで生きてきた『人生』のなかで初めてのことだった。


 だから正直言って、めちゃくちゃ嬉しかった。


「ここで、開けちゃダメかな?」


「ええ、いいわよ……というか、ここ以外で開けちゃ駄目よ。

 だって、その、もにょもにょ……龍一以外の人に、見られるのは……ちょっと……恥ずかしいんだもん♥」


 恥ずかしがる彼女の姿に興奮しつつ弁当箱を開けるとーーその中身は


「……ハートマーク」


 白いご飯に大きく、赤飯で『ハート』が描かれていた。


 まるで『恋人』が作ってくるお弁当みたいで、たくさんの愛情が詰まっていた。


 さらに花をあしらったニンジンや、きゅうり、パセリ。


 蝶みたいな形に切ったカマボコ。


 鶏の唐揚げとレモン。


 ウインナーで作ったウサギも可愛らしいくて、うずらの卵の串揚げが絶品だった。


 あと焼き鮭が美味しかったな。


 皮はパリッとしていて、適度なこげめが食欲をそそり、家庭的な味がした。


 それから毎日のようにお弁当を作ってくれるようになった。




 ++++++++++++++++++++++++




 でも……教室で姫川さんが作ってくれた『愛妻弁当』を食べると、クラス全体の空気が悪くなるので、校舎裏のベンチでひっそりと食べている。


 別にイジメられているわけではない。


 ただ落ち着かないのだ。


 原因は俺にある、いまだにヒトから注目されるのは、苦手なんだよな。


 でもどうしても注目を集めてしまう。 


 何せ、姫川理沙は全校生徒の『憧れの的』だからな。


 いまだに諦めきれない男子や女子が大勢る。

 

 その帰る道で、園芸用の小さな剣先スコップを握りしめた斎藤さんを目撃した。


 髪型はサイドアップで、制服ではなく『体操服』を着ていた。


「斎藤さん、園芸用のスコップなんて持って一体どこに行くの?」


「神村君の足元に咲いている花を花壇に植え替えようと思って」


 そこで初めて足元にマリーゴールドが咲いていることに気がついた。


「この辺りの土は踏み締められていて、固いから俺も手伝います。

 スコップを貸してください」


「お言葉に甘えて、お願いします」


 口数も少なく表情も乏しいものの、それが逆に儚くて幼い少女人形のような、神秘的な雰囲気を漂わせている。


 しかしそんな一面は、あくまでも一面でしかないことを俺は実体験で知っている。


 斎藤さんからスコップを受け取り、近くの花壇へと花を植え替えた。


 手が汚れるのも構わずに斎藤さんも手伝ってくれた。


「これでよし……っと、手伝ってくれてありがとうね、神村君」


 そう言って彼女はニコっと柔らかく微笑んだ。


 控えめで甘いその表情に、俺は思わずドキっとさせられ、照れ臭そうに頬を掻きながら


「そんなお礼を言われるようなことじゃありません。

 斎藤さんがいなかったら、足元に咲いている花にも気づかずに踏みつぶしていたと思います。

 もし、気がついたとしても……花壇に植え替えようなんて行動力は、俺にはありません」


「そんなことないです。神村君は花を慈しむことができる優しい人間だと思います」


「それは買いかぶり過ぎです。

 俺はそんな……大層な人間では……ありません」


 斎藤さんは目を細め、なんだが勝ち誇ったような意地の悪い笑みを浮かべて。


「神村君の場合は、謙遜っというよりも意気地なしですよね」


 その視線は研ぎ澄まされた刃物のように鋭く。


 彼女は俺の耳元にそっと紅い唇を近づけて、ささやくように


「いつも校舎裏でコソコソとお弁当を食べているそうじゃないですか」


 低く、ドスのきいた声が俺の心臓をえぐる。


「めっちゃくっちゃ痛いところを突かれて、何も言い返せない」


 張り詰めた重い空気が流れ。


 俺は耐え切れずにその場を逃げ出す。


 戦略的撤退だ。


 ヒトはそう簡単に変われない。


 やっぱり女子は苦手だ。


「なんで逃げるんですか!? 神村君のバカぁああ!?」


 ラブコメの主人公は短絡的で子供でお調子者だ。


 俺とは全然違うな。


 俺はラブコメの主人公にはなれそうにない。




++++++++++++++++++++++++


 自室。


「なあ理沙、夏と言えば『帰省ラッシュ』だよな。

 ひまわり畑をバックにした『純白のワンピース』と『麦わら帽子』をかぶった少女との再会」


 かき氷を食べながら俺たちは話し合っていた。


 理沙を慕う後輩からの差し入れだ。


 ちなみに俺はメロン味で、理沙はイチゴ味だ。


「そうねぇ、○○年ぶりに『故郷』に帰るというパターンの話はよく耳にするわね。『畳』に『縁側』に『ふすま』という『日本家屋』が立ち並んでいるイメージよね。あとは『風鈴』なんかもあると風流を感じるわよね」


 理沙の話を聞きながら俺は思いを馳せる。


 空はどこまでも青く、流れる雲は清々しいほど白くて、覆い被さってくるかと思うほど山の緑は力強く、溢れるかえる木々や夏虫の鳴き声。


 道の脇から土手を下り、川辺に立つ。


 夏の日差しに熱せられた砂利からの照り返しが強いが、都市部のアスファルトに比べればずいぶんとましなんだろうな……きっと。


 川の浅瀬でジャバジャバと水遊びを始める、俺と理沙。


 理沙はノースリーブの真っ白なワンピースに麦わら帽子という、なにやら昔の映画に出てきそうな避暑地のお嬢様スタイルだ。


 ワンピースの裾を持ち上げ、パシャッ、と川の水を蹴る理沙。


 穏やかな流れの川面に、いくつかの波紋が広がる。 


 まるで世界に2人きりになったような感覚を味わうことができるんだろうな。


 デートの定番イベントいえば、やっぱり『ピクニック』だもんな。


「田舎暮らしと言えば『キャンプ』だ。『バーベキュー』だ。『山小屋』だ。

 この三拍子だもんな。

 アニメや漫画などでも『よく目に』する定番中定番イベントだもんな。

 豚の蚊取り線香も外せないアイテムだ」


「アウトドアは憧れるわよね。

 外で食べる『焼きそば』や『焼きトウモロコシ』は、本当に美味しいのよね。 

 それから『かき氷』に『アイスキャンディー』に『アイスクリーム』も外せないわね。夏バテ予防に『ウナギ』。飲み物は『ラムネ」。パイナップル。ココナッツ。スイカ。メロンなどのフルーツ類など。美味しいモノがたくさんあるわよね」


「そして忘れてはいけないのが『扇風機』だ。

 アレはエロいよな。

 分かるヒトにはわかるエロさがるんだよな。

 それから庭で『線香花火』に、ビニールプールやホースをなどを使っての『水遊び』も憧れるよな。

 それからリア充イベントも充実しているよな。

 ライブ、サマーフェスティバル。夏祭り。温泉旅行などが定番ネタだな。

 夏はとにかくイベントが目白押しだからな。『南の島でバカンス』『山登り』『川釣り』『天体観測などなど」


「どれもこれも『オタク』には、関係のないイベントだけどね。

 でも取材が必要だって言うなら、付き合ってあげてもいいわよ」


「本当か?」


「ええ、もちろんよ」


「やったぁ♥

 ありがとう、理沙」




++++++++++++++++++++++++




 今にもセミの鳴き声でも聞こえてきそうな、じっとしていても汗ばむ本日。


 待ち合わせ場所に到着した俺は、もう先に来ていた理沙を発見した。


 鮮やかなウェーブヘアと鋭い瞳を輝かせる美貌に、衣装の仕立てはいずれも上等で、清楚可憐なデザインでありながらどこか色っぽく!?


 つい見惚れてれてしまうと――――。


「もう、遅いよ! 待ち合わせ時間の『一時間前』に来ているのが、普通でしょう。こんな可愛らしい彼女を待たせるなんて。信じられないわ」

 

 理沙に叱られ、小さめのハンドバックで胸元を何度も叩かれた。

 

「今度からは気をつけるから、許してくれないか?

 せっかくのデートなんだからさ。この通りだ」


 両手を合わせて謝罪した。


「今回だけよ。次はないからね。

 もし同じようなことがあったら……わかってるでしょうね」

 

「肝に銘じておきます」 


「今日はデートだから……気合いを入れて、一番可愛い服を選んできたのよ」


 そう叫ぶ彼女は、麦わら帽子と雪色のワンピースドレスに身を包み。


 スラリと伸びるキレイな脚先を飾るはミュールが、彼女の魅力を数十倍にも引き立たせ、どこかお嬢さまを感じさせる気品に溢れたファッションスタイルだ。


「どうかな? 似合ってるかな」


 そう言って、理沙はその場でくるりとターンをする。


 するとフリフリの裾が優雅に宙を舞った。


 デートのためにおしゃれをしてきてくれたことが、何よりも嬉しくて。

 

「ああ、めっちゃくっちゃ似合ってるぜ。

 まるで雪の妖精だな」


「ありがとう、龍一。えへへ♥」


「今日の予定って、もう決まっているのかな」


「龍一にお任せかな? ちゃんとエスコートしてね」


 小柄な肢体をピッタリと密着させてきた。


 こ、この……柔らかな感触は……間違いない。


 オッパイだ。


 高校生とは、とても思えないほどの豊満なオッパイだ。


 まるで絞め殺さんとばかりの勢いで、抱きしめてきた。


「だ、抱きつかないで、ください。

 これは……あくまでも、取材なんですから」


「もう、照れちゃって、カワイイだから」


 そう言って、はにかむ彼女の笑顔に、ドキっとさせられ。


 そのためあどけない表情のわりに、口元だけが大人びて見えた。


 白い歯がとても綺麗だった。


「私を捕まえてみなさい」


 クルッと振り返り。


 ターンの際にふわりっとスカートが舞う。


 途端にぷりっと張りのあるヒップが、視界に飛び込んできた。


 清楚なデザインの下着に包まれた形のいいお尻。


 そこに食い込むように、青と白のしましまパンが栄える。


 もう少しだけスカートには、気を付けてほしいモノだな。


 普段なら蹴りの一発でも、飛んで来そうなものだな。


『え、えっちなのは、イケないと思うな』という『お約束のセリフ』が飛び出す。


 今日はすこぶる機嫌がいいのか? 気がついていないのか?


 蹴りは飛んでこなかった。


 こんな日もあるんだな。

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