第20話 幼い頃の思い出とすれ違い。

 放課後の空き教室に呼び出された俺は、夕日が差し込む窓際の席で、物思いに耽っている彼女に向かって


「大切な話って、なんですか」


 真剣な面持ちで姫川さんを見つめと、彼女は瞳を微かに潤ませ、風にまぎれてしまいそうなほどの小声で


「龍一は覚えていないかもしれないけど……ね♥

 私たち幼い頃に、一度出会っているのよぉ」


 とても悲しそうな表情で胸の内を話してくれた。


「そうなんですか?」


 昔を懐かしむに遠くを見つめて。


「私の家は厳しくて、外で友達と遊ぶことは、いっさい許されず。

 漫画やゲームなどの娯楽も禁止されていたわぁ。

 でも禁止されると、それを破ってみたくなるのが、人間よねぇ。

 塾に行くフリをして、オタクショップに向かう途中で道に迷って!? 古びた公園のブランコに座り、泣いていた私にアナタが小説を書いてくれたのよぉ」


 そこは『絵本や漫画』だろうと思っているかもしれませんが俺は絵心がありませんし、どちらかといえば『活字』の方が好きだったんです。


 マセガキだったんです。


 少しだけ大人ぶっているところがありました。


 今、思い出すとめっちゃくっちゃ恥ずかしいです。


「それがきっかけで私は、イラストレーターを目指すようになったのよぉ。

 あの小説に絵をつけたいと思ったら。

 私にはアナタほどの文才がないって、わかっていたから」


 そう叫び彼女の横顔に、初恋の女性の面影を感じ取った♥


 俺が小説家を志すようになったのも、一人の女性との出会いがきっかけだった。


 俺の書いた小説を面白かった。


 そう言ってくれたことが凄く嬉しくて、認めてもられた気がしたから。


 そのことは覚えているんだけど、でも金色の髪が綺麗な美少女だったことぐらいしか? 

 

 もう思い出せない。


 彼女の話をもっと詳しく聞けば、思い出せるかもしれない。


「どんな話だったか? 覚えていますか?

 小説の内容を聞けば、思い出すかもしれません」


 そんな思いにかられて俺は叫んでいた。


「もちろん、今でもしっかりと覚えているわ♥」


 まるで夢見るような表情を浮かべて彼女は語り始めた。


「魔王にさらわれた、王女様を助け出す『王道ファンタジー』に見せかけた。

 珍道中活劇物だったわ♥

 話の流れがもう支離滅裂で、すんごくぅ面白かったを覚えているわ♥」


 そう話す彼女は、先とは打って変わって、満面の笑みを浮かべている♥


 本当にその小説が大好きなんだろうな。


 それが嫌というほど伝わってきたので、俺はちょっと意地悪な質問して見ることした。 


「支離滅裂だったのに、面白かったのか?」


「あの、はちゃめちゃな感じが、すごーくぅ~面白かったのよね♥」


「そういうものなのか?」


「王道的な内容って、退屈でつまらないじゃない。

 私は奇抜的な内容の方が好きよ♥ 

 王女様を助け出すはずの勇者が、道半ばであっさりと死んでしまうのも、衝撃的だったけど」


 注説:ドラゴ○クエストなどの『RPG』をプレイしたことがあるヒトならわかってもらえると思うですけど、勇者は死んでも復活するというのが『常識』でした。


 でも現実は、そんなに甘くありません。


 死んだら終わりです。


 やり直しことなんてできません。


 子どもながらに、そんなことを思っていたんです。


 その口調はとても軽やかで


「勇者の死を知った王女様が悲しみに暮れる姿を見て、魔王が『命の尊さ知る』場面には感動した♥

 何かと気にかけてくれる魔王に、心惹かれていく王女様」


 とても楽しそうに、瞳をキラキラさせ。


「そして勇者の死の真相をした時の女王様の驚き。

 まさか? バナナの皮で滑って、馬に跳ねられて死んじゃうとか。

 事故みたいなものなのに、勇者の『死』に責任を感じている魔王の姿には、心打たれたわ。ウルウル」

 

 豊かな胸に手を置いて、思い出に浸るように彼女は言葉をつづける。


「最終的には、魔王と王女が結ばれて、魔王があっさりと『改心しちゃう』ところが一番衝撃的だったわ。

 愛の力って凄いんだなってぇ……子供ながらも思ったものよぉ」


 聞いている俺の方が、照れ臭くなりそうなほど熱く語ってきた。


「それを書いたは間違いなく俺だ。

 一見、支離滅裂な小説に見えるが、そんなご都合主義な小説を書くアホは、俺以外に残念ながら思い当たらないな」


「まあ、確かに『ご都合主義』とも言えなくもないわね。

 別の勇者を再召喚しなかったのも、不思議だし。

 いくら改心したとはいえ、世界中の人たちが魔王と王女様の結婚を祝福するとか、ご都合主義としか思えない超展開よねぇ。

 その他にも色々と『ご都合主義』的な展開はたくさんあったけど……それでも……やっぱり、私はアナタの書いたあの小説が大好きだわ」


 その笑顔を見て……俺は……確信した。


「あの時の少女は、姫川さんだったのか?」


 姫川さんは嬉しそうに顔を輝かせて。


「やっと思い出してくれたのね」


 金色の瞳には大粒の涙を浮かべて、震える唇で言葉を紡ぐ、と次から次へと涙が頬を伝わっていき、白くてキレイな頬を濡らしていく。


 とても演技をしているようには見えない。


 純情で真っ直ぐな性格であることを、俺は誰よりも知っているからだ。


 幼い頃に抱いた淡い恋心を忘れずに大切にしていたというのか?


「あっ! だから……俺だったのか?」


「うん。そうだよ。

 私もあのノートを見るまで、確信が持てなかったんだけど……。

 成長したアナタを一目見た時から、運命的な出会いを感じ、淡い期待を抱いていたのよ」


「なんか? ごめんな! 姫川さんのキモチに全然、気がつかなくて。

 でも、そういうことなら、何がなんでも面白い小説を書き上げて、新人賞を受賞してラノベ作家になって、ヒット作を連発するような売れっ子作家に絶対になるから……それまで待っていて欲しいだ」


「龍一がそう決めたのなら、私……5年でも10年でも……何十年でも待つよ。

 だから……龍一は絶対に自分の夢を叶えてね。

 約束だよ」 

 

「ああ、約束だ」




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