第12話 俺は金髪美少女が大好きだ。愛してる その2

「自信作なんだけど、面白かったかな?

 ヒトに見せるのは、これが初めてだから……できれば、感想とか欲しいな」


「私のなかでインスピレーションが、次から次へと湧いてくるほど面白かったわよ」


 姫川さんは知性あふれる微笑をうっすらと浮かべている。


 その言葉と向けられた笑顔に、俺は心を完全に掴み取られてしまった。


 それも2度と離れられなほど強く。


「そんなに俺の書いた小説、面白かった……です……か?」


 驚きのあまり口が渇き、喉に張り付く感じが強くて、上手く声が出せなかった。


「もう我慢できないわ……スハァ~スハァ~クンクンクン……なんて、濃厚な香りなのかしら……」


 まるで子供のように目を輝かせ、ノートの匂いを嗅ぎながら、足元に置いてあった紺色のスクールバッグから鉛筆を取り出すと。


 机の上にノートを広げ、立ったまま左手がまるで魔法のように動き、美麗なイラストを描き上げていくその姿はとても美しかった。


 そしてデッサン力が非常に高いことは素人目にも理解できた。


 躍動感が凄くて今にも動き出しそうで目が離せない。


 強い鼓動が自分の胸骨を震わせ、無意識に胸を押さえてしまうほど響くものがあった。

 

「こんなにも可愛らしい金髪美少女は、初めて見る。

 まさに俺の理想像を完璧に表現している。具体化させているな」


 やっぱり俺とは住む世界が違う『ヒト』なんだな。


「あ、あの……は、恥ずかしから……そんなにじっくりと……見ないでください……あわわwww……」


 アワアワしながらも、決してノートの匂いを嗅ぐのをやめようとはしなかった。


 さっきまでの彼女からは想像できないほど、か細く弱々しい声。


 戸惑うように頭を小さく下げ。


 気弱い笑みが貼りついて。


 今の彼女からはあの気品に満ち過ぎていて、寒さらすら感じさせるクールさの面影は、微塵もなかった。


 ふんわりと広がるスカートの裾を握りしめ、人形のように端麗な面も憂いで満たしている。


「そんなに、恥ずかしがることないだろう。こんなに上手く描けているんだからさ。

 イラストレーターとしての恐ろしいまでの才能を感じるぜ。

 イラストを描いている姿は、他人には見せられないかもしれないけどさ」


「お世辞はやめてください。

 私よりも絵が上手い人なんて……たくさんいますから。

 それに『才能』なんて言葉を簡単に口にしないでください」


 その瞳にはいつも元気で、強気で勝気な彼女には珍しく不安げな光が宿っていた。


 そして姫川さんは両手で顔を覆い、ぺたりと床にお尻をつき、泣き崩れてしまう。


「本当にお世辞とかじゃないんだよ。

 俺は姫川さんが描く絵が好きだよ。

 信じてもらえないかもしれないけど。

 でもイラスト描くたびに、匂いを嗅がれるのには、抵抗があるけど……それでも姫川さんが描くイラストをもっと見たいと思ったキモチは、本当だよ」


 その必死な様子を見て。


 彼女はそれが本当だと信じてくれたのか?


 透き通り綺麗な白魚のような指で、優しく涙を拭い。

 

 にっぱぁっと笑顔を浮かべて。


「それの言葉を信じても、いいんですか?」


「ああ。キミの描く絵は、俺の心を奮わせた。光るモノを感じた。

 姫川さんはきっと『素晴らしい絵描き』になるよ」 


 眩しい金色をした髪を風で波打たせながら。


「なら、私に力を貸してくれる。

 アナタと一緒なら心を強く保つことができるわ。

 だってアナタに褒めてもらうために、私は絵を描き始めたんだから」


 気丈さと守ってあげたくなるような『か弱さ』を併せ持った、さっきまでとは、どこか違う。


 何かを決意した強い金色の瞳で見つめてくる。


 間近で見る彼女の微笑みは想像以上にまぶしすぎて。


「何でっ!? 俺なんですか?」


「これを書いたのは、アナタで間違いなのよねぇ」


 彼女は困惑したような表情でもう一度。


 確かめるような感じで聞いてくるので、俺は力強く頷き。


「はい、間違いありません。

 読んでみて、わかっていただけたと思いますけど。

 それは『未完の作品』です。

 俺には『文才』がありませんから」


「なら、何の問題もないと思うんだけどな♥」


 細い腰回りにミニスカートを軽やかに揺らし。


 長い脚を上品に揃えて、佇む姿は神々しく。


 彼女の声質はとても柔らかくて、女性的なのに凛とした知性を感じられた。


「俺と一緒にいるところを誰かに見られたら、姫川さんに迷惑がかかると思います」

 

 俺は照れくさそうに頬を掻きながら、相手に警戒心をあたえないように目つきを柔らかくして、唇あたりに視線を落ち着かせ。


「俺と姫川さんって、ぜんぜん釣り合ってないじゃないですか?

 俺……イケメンじゃないし……ボッチだし……。

 小説だってぇ……まだ一度も『完結させたことがない』ですよ」


「小説のことはよくわからないけど。私はアナタの書いた小説好きよ♥

 それだけじゃ、ダメなの? 釣り合うとか? 釣り合わないとか? そんなこと関係ないわよ」


 俺を見つめる彼女の瞳には、挑むような力強さがあり、言葉に込めた意思が強く、走り出したら止まりそうになかった。


 彼女はいつも前向きで『失敗ですら』笑い話にできる屈託ない明るさを持った人だと思っていた。


 でもその認識は、間違いだったみたいだな。


 ただ『一つ』のもののために一生懸命になることで『強い心』を保っていただけだった。


 だからそれを否定されたら『生きていけない』のは、俺と同じか。


 俺には彼女のキモチが痛いほどわかった。


「相手の顔色をうかがう必要なんてないわよ。

 大切なのはアナタがどうしたいか? でしょ。

 男らしく勇気を持って行動しなさい」 


 声の柔らかさや口調のリズムから、親身にこちらのことを想っていてくれるという、優しい気持ちがひしひしと伝わってきた。


「ひ、姫川さんは、見た目で人を判断しない、いい人なんですね。 

 わかりました。こんな俺でよければ協力します。

 そう言ってくれた姫川さんのためにも。

 絶対に『面白い小説』を書き上げてみせます」


 声を上擦らせながらも、一生懸命に思いのたけを言葉にした。


 ああ、これが類似性の法則ってやつなんだな。


 彼女はとても優しく親しげな笑み浮かべて。


「私の携帯電話とメールアドレス。ここに書いといたから。

 小説を書き上げたら、連絡してちょうだい」


「はい。頑張ります。姫川さんの期待に応えられるように」


 連絡先を書いた『可愛らしいメモ用紙』を差し出してきた。


 それを両手で受け取り、俺は精一杯のキモチで答えた。 


 まさか? 連絡先まで交換できるとは、思ってもいませんでした。


 恋愛の神様ありがとうございます。 


 赤い糸って、本当にあるんだな♪


「ふふ、楽しみが一つ増えたわね。

 それから姫川ではなく。

 『理沙』と呼び捨てにしてくれてもいいわよぉ」


 知性で抑制された、それでいて女性らしい柔らさも感じさせる、とても涼やかな声を発し。


 まるで握手を求めるように差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。


 ああ、女の子の手って、こんなにも小さいさくて、か細いモノだったんだ。


 思わず『理沙』と呼びかけそうになり、慌てて口をつぐむと、軽く咳払いしてから返す。


「それは勘弁してください。

 恋人でもない『女性』を名前で呼ぶなんて、そんな破廉恥なことできませんよ」


 喜び、なのだろうか。


 その瞳は輝きを増し、口元が緩み。


 それから頬を赤らめ、うつむいてしまい。


 それからまた顔を上げ、姫川さんは俺の顔を食い入るように見つめてくる。


「じゃあ私を『理沙』って呼ぶなら『龍一』って呼んであ・げ・るわぁ」


 うおぅ! 名前を呼ばれてしまった!


 涼やかな声で再生された甘美な響きを脳内ハードディスクに、しっかりと保存する。


「さあ『理沙』って呼んでみて。そうしたらちゃんと『名前』で、呼んであげるわよ♥」


「ごめんなさい」


「意外と純情なのね。

 そんなアナタだからこそ、私は惹かれたのかもしれません。

 まあいいわぁ、好きに呼びなさい。

 その代わり私も好きに呼ばせてもらうわよぉ」


 耳元で色っぽくささやいてきたので


「はい。姫川さん」


「私の後についてきなさい、龍一」


 その声は、いかにもお嬢様って感じで、満足そうに鼻を鳴らし。


 彼女は悠然ゆうぜん笑みを浮かべ。


「いつまで私に重たい鞄を持たせておくつもりなのよ。

 この私が一緒に帰ってあげるって言うんだから、鞄くらい持ちなさいよね。

 まったく気が利かないわねぇ」


 その高校生離れした『胸』をぷるんと揺らし、赤く上気した艶のある頬がこれまた艶めかしくて!? 


 ここまでそろうともはや『二次元美少女』の比ではなく。


 三次元でこれほど美しい女性がいるのかと、圧倒されるほど『今の彼女』は光り輝いていた。


「す、すっません。お嬢様……」


「本当に面白いヒトねぇ。

 普通は怒るところよぉ、龍一」


 目尻は細く切り込んで眼差しも鋭く、また言葉の切れも鋭かった。 


 そして優しくも芯のしっかりとした気丈な目をしていた。


「そうなんですか?

 それは知りませんでした。

 まだまだ勉強不足で、お恥ずかしい限りです」


「それで鞄は持ってくださるのかしら」 


「ええ、喜んで」


「ありがとう、龍一♥」


 一点の邪気も曇りもない、晴れやかな笑顔。


 あまりにも純粋なその笑顔に見惚れてしまう。


 この子をずっと大切にしたい。


 どんな災厄からも守ってあげたい。


 そんな感情がはっきりと芽生えているのを『自覚』しつつ。


 その想いは――ずっと昔にも抱いたことがあったなあ。


 それにあの高飛車な物言いとか? 不遜な態度とかにも……強い既視感を覚えた。

 

 あれは、いつのことだったけ……。


 どうしても『それ』を思い出すことができなかった。

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