第9話

本当に私の今はグダグダだ。特に何もすることもなく、時間だけがダラダラと過ぎていって私の脳みそさえも麻痺させる。


カレンダーは神無月を示し始め、制服の衣替えもした。登校前の無駄に清々しい青空が、私の今日が虚しいものになると物語っていたのは誰が知ったことか。



まず、中間試験の結果が返された。


よりによって数学の補習対象になってしまった....。担当はもちろん“ヤツ”だ。最近、言っても直らない馬鹿がいたり、幼稚な人ばかり目につくせいで、日常が嫌なことの繰り返しの様に感じられて、精神的に苦しくなるところが多くなってきている。それで、勉強にも、周りの人への思慮にも手が回らなくなっている....。


「精神的に」って言い方は、いい訳みたいに聞こえるから嫌いだ。でも、本当のことだからそのほか無い。


「マイちゃーん。絵を描いてるの?私も混ぜてよ〜」


はい、きました。ユカナの声ですね。


「私は別にいいけど。朝岡ちゃんは?」

「あっ、え、私は....。マイちゃんとだけが、いい....」

「あっ、そう。好きにすれば?」


....この女、自分から頼んどいてそれは無いでしょ。どんな神経してんのかな。


朝岡ちゃんって子は、寡黙気味で休憩時間はずっと一人で絵を描いている私のクラスメイト。私のクラスで一番大人しいんじゃないかな。そんな朝岡ちゃん、私は好きだね。


「結構、正直なんだね。朝岡ちゃん」

「....好きなことくらい、好きな人だけと、したいし....」


朝岡ちゃんは基本無表情。目元まで伸びた前髪が更に表情を読み取り難くしている。でも今は、目元は見えないけど、口元が微笑んでいるのが見えた。


しっかし、芯のある朝岡ちゃんの意思の強さを私は見習わなきゃな。



「マイちゃーん?最近朝岡ちゃんと仲良いね」


このストーカーめ。また何か根に持ったか。


「三人称視点から見ればそうなのねー。嬉しいな」

「ユカナと関係が浅くて悲しくないの?」

「まあ心身ともに害がないから、悲しくないって言った方が妥当かな」


最高の軽蔑を吐き捨てた途端に、私は余儀無く壁と密着させられた。力で押さえ付けられるとは微塵も思ってもいなかったもの。


「ふざけないでっ!!なんで、私を嫌うの!?」

「やめてよ。声大きいし、ここ廊下だし」


私の両肩を鷲掴みにするストーカー女の手に力がこもっていく。


「それが原因だって、何回言われても分からないのね。だから私はこれ以上ユカナのことを好きになることが無ければ、嫌悪感がどんどん増していく一方だよ」

「なんで、なんでなの!?嫌いにならないでよっ!!」


ダメだこの女。ずっとこの一点張りだ。明らかに来る場所を間違えてる。ユカナって言うこの女が行くべきだったのは、ここ、普通校定時制ではなくて....。


「ユカナは精神病院に行くべきだったね」

「....!!うるさいっ!!マイちゃんは、ユカナの愛を受け入れればいいだけなの!」

「うっ....!?」


....えっ?ユカナ何してるの....?


私はユカナのとった行動をよく噛み砕けないでいた。


だってこの状況で急にキスされて、冷静になれる?普通。しかも、廊下の壁際で。


「可愛いマイちゃんは、ずっと私だけのものでいいの....!」


ユカナのこの言葉で我に返り、とっさに私はユカナを突き飛ばしていた。


「っ、痛い!何するの....!?」


廊下の真ん中で騒ぐし、望まないキスもされるわで当然ながら周りの生徒たちに怪奇な目で見られている。先生が来るのも時間の問題だろうなぁ。


もうメチャクチャだ....。消えたい....。


私はもう、冷静でいられなくなった。



嫌なことが立て続けに起こって、正直今日はもう何もしたくなかった。


それなのに、「精神病院に行け」って言う発言は差別だの、公共な場でのキスはどうのこうだのと、分かりきった言葉の羅列だけの先生の説教を聞かされた挙句、現場の廊下にいた野次馬の輩どもは私のことを「レズ」とか「メス犬」とか知性のかけらもない言葉で散々言いなぶるわでもう最悪だ。集団でしか動けないくせにね!虚勢張るなよ!!


それより私に向けられた「レズ」って言う言葉の使い方のほうがもっと差別的な意味が含まれてるでしょうに。


ほんっとバカだらけね!「教師」って言う肩書きは名前だけなの?ほんとアホくさい。バカ!アホ!!ドジ間抜け!!!


敵だらけだ。大嫌いだ。私の嫌いな人は全員死んでしまえばいいのに....!!


でも今は待ちに待った下校時間。さっさと帰れる。帰らない理由がない。空はすっかり真っ暗だ。でも、私の気分の方がもっと黒い。


「よっ。レズ。ご機嫌いかが??」


ここにきて、ルイに会ってしまうなんて....。もうやめてよ....。


「ルイ!そんな言い方やめなよ」

「おー、王子様のお出ましかぁ。じゃあ、私はさっさと帰るとしますよ。バイバイ!“レズちゃん”!カケル君と仲良くね」


何あの女。死んでしまえ....。


「マイちゃん....?大丈夫?」

「ごめん。ほっといて」

「でも、僕がいないと、色んな人が...」

「うるさい!!ほっといてよ!!」


私はまたあの時のようにカケル君を振り返らず、日没時もとうに過ぎた頃の暗闇へと身をくらませた。

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