第6話

「マイちゃーん。ねぇ!マイちゃーん」

「....何?ついてこないでよ。用があるならここで言って」

「ずっと、そばにいてほしいの」

「それは無理。じゃあね」

「待ってよ」


こいつ....。どこまでもついてくるつもりだ....!


「マイちゃーん」

「....」


ああ、しつこい。


「マイちゃーんってば」

「....っ!何なの?ついてこないでよ」


足を早める。すると、メンヘラ女も早足になる。


「ねぇねぇ。マイちゃーん。なんで無視するの〜?」


このメンヘラ女....!何回言ったら分かるの。


「私が無視すると言うよりか、ユカナが勝手について来てるだけでしょ!?」


流石に私は大声を出してしまった。この女に対する怒りは常に最高潮に達している。


「これからアンタのこと、ストーカーって呼ぶから!!」

「なんで、ストーカーじゃないし!」

「どっからどう見てもストーカーでしょうが!?トイレする時も私について来た挙句、同じ個室に入ろうとするし!ホント頭大丈夫なの!?」

「だってそれは....、マイちゃんのことが好きだから....」


はぁ....。この女に抗っても無駄なのは分かってたはずなのに。もう、いや....。


「ユカナ。もう、そういうのは大概にしたら?」


私とストーカー女に割って入った声は、マスク君のものだった。


「カケル君....。流石、人気者。そっかぁ〜、カケル君がそう言うなら...。でも、ユカナからマイちゃんを取らないでね?」

「取らないよ。ただ、大切だから側にいるだけだよ」

「分かったよぉ。それじゃあ、ユカナは教室に戻る」


マスク君に制されたストーカー女は教室へノロノロ向かった。


「大丈夫?」


マスク君がうつむいた私の顔を覗き込む。


「いやっ、だ、大丈夫....。それより....」


気が高揚していて気付かなかったけど、ここは人通りの多い廊下の真ん中であるが故に、私たちは沢山の人に注目されていた。


「私も、教室に戻って次の授業の準備するよ。ありがとうね」


私は言った通りに動いたのだった。廊下に残ったカケル君を一度も振り返らずに。



「今日はありがとうね。カケル君」

「あれ、”マスク君”じゃない。珍しいね」

「じゃあ、マスク君で」

「ええっ。まあ、どっちでもいいけどさ」


私とマスク君はいつもと同じように、校門をくぐり出た。が....。


「おっ、マイじゃん。わろた。B組の人気者、カケル君と一緒に帰れて幸せ?」


その先には同じクラスのルイがいた。この女も中々のクズで、その身勝手さはまるで独裁者。そしていつも取り巻きといる。今もまさに。一人じゃ心細いんだな....。タチ悪。


ルイは人を自分より弱いと判断すると、その人を徹底的にズタズタにする。私もきっとそのターゲットなんだろう。しつこく私に嫌味を言ってくる。


これもその一環。


「うん。幸せだよ」

「何その生意気な態度。しょーもな」

「そう」

「ま、まあまあ。二人とも....」


マスク君は困った声色で私たちの仲立ちを図った。


「カケル君。ふふっ。まあいい。もうちょい待ってもいいよね?」

「そうだね〜。あははっ!」

「それじゃあね。カケル君」


三人の取り巻きは何に共感して笑ったかは意味不明だったけど、独裁者らはとっとと消えてくれたから良しとしよう。


「ねぇ、マスク君はどうして私によくしてくれるの?」


今まで、深く考えたことは無かったこと。

どうして、人気者のマスク君は私と一緒にいてくれるのか。


私みたいな、雑草の搾りカスにどうして親切にしてくれるのだろう。


「えっ、それは大切だから」

「それは分かる。何回も聞いた。じゃあ、どうして大切なの?」


マスク君はふふっと笑って言った。


「それ、聞いてしまうの?」

「焦らさないでよ....!」


私が急に声高になったのに慌てたのか、マスク君の肩がピクッとした。


「ん、ごめん。そうだね、前の僕と似てたから、かな」


マスク君はそう言うと、マスクを外し、私の前に立ってまだ見たことのない彼の素顔をはっきり正面から見せた。


「マスク君....?口が....」


左半分の上唇が削れていて、そこから顎のところまで斜めに線を引くような傷が、マスク君の口にあった。


削れた傷口からは歯茎が剥き出しになっていた。


そんな口で、マスク君はあっけらかんと笑う。


「はじめまして。マイちゃん」

「どうして....」

「僕、前はいじめられっ子だったんだ。それで、こんな傷がついた」

「酷い....!」

「だから自分と同じように嫌がらせとかを受けている人を放っておけない。助けたくて。自分と同じ思いを、絶対にさせたくなくて....!」


私は、とても後悔している。


「だから、マイちゃんは僕にとって助けるべき大切な人なんだ」


カケル君のことを、"マスク君”なんて呼んで....!!


「ごめん....。ごめんね....!マスク君なんて呼んで....!!」

「大丈夫。泣かないで、マイちゃん」


この日から私は、カケル君のことを二度と“マスク君”と呼ばなくなった。

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