リィズ 2
「わたしを理解してくれていて嬉しい」
「そちらこそな」
ふたりは互いに笑みを交わす。
お互いがお互いの性格を熟知しているからこそ、この会話だけで成り立った。
リィズは一度決心すると、決して譲らない。
なにがあっても、なにを言っても。頑固を通り越して、捻くれ者といってもいい。
征司も力尽くで従わせるようなことはしない。
確かに征司の力を以ってすれば簡単なことかもしれないが、それだけは決してやってはいけない。
ましてや相手がリィズとあっては、絶対にやらない。やりたくもなかった。
つまりお互い、捻くれ者の似たもの同士なのだ。
「国から通達があった。1ヵ月後に、魔王軍の大侵攻が計画されている。シルティノ砦を落とし、勢いそのままに王都まで攻め落とす規模の。ここで食い止めないと、確実に国が滅びる。国内各所に点在していた他の種族の戦奴たちも集結する予定。生き残った獣人も、これに参加することになった。……わたしはきっと死ぬことになるでしょうね」
「……ひとつだけ訊かせてくれ。従うのは、リィズが奴隷だからか?」
「それもある。飼い主の命令は絶対の義務。それに、今まで死んでいった獣人たちの命を無駄にはできないから」
荷物を詰め終えたバッグを床に置き、リィズは近くの壁に寄りかかって項垂れた。
「ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「セージ様が、わたしに気を寄せてくれているのは知っている。わたしのために陰日向で尽力してくれていることも。あのとき……傷の癒えたセージ様が冒険者になったとき、正直この家から出て行くと思っていた。でも、そうじゃなかった。今までずっと、こんなわたしと一緒に居てくれた。なぜ、わたしなんかを想ってくれるのかは、今でもわからないけれど。だから……ごめんなさい。こんな結果になって」
こういったことを聞かされるのは、征司は初めてだった。
リィズはいつも素っ気なかったし、気にもかけていないと思っていた。
だが、違っていた。
知っていながら、邪険にすることも、否定することもなかった。
つまりは消極的にしろ、受け入れてくれていたことになる。
だからこそ、征司はそのことに気づくことができた。
「そうだったのか、リィズ。おめー……自分が嫌いなんだな……」
リィズの肩がぴくっと震えた。
「……嫌い、か……」
ぼつりと呟く。
「……ああ、そうだ、嫌いだ。大ッ嫌いだ! このわたしの存在、そのものが!」
激情のままに放たれた言葉は、もはや留まることを知らなかった。
「わたしが半獣人であったから、両親は故郷を追われ――父さんは魔族の襲撃に巻き込まれ、わたしを庇って死んだ! わたしが半獣人であったから、母さんは差別と迫害を受け、失意の中で亡くなった! わたしのせいでふたりは死んだんだ! なのに、当のわたしはなぜ、こうしてのうのうと生きている!?」
征司はリィズとの付き合いもかなりの年月になるが、リィズがこうまで声を荒げることも、感情を露わにするのもなかった。
ましてや、悲嘆して泣き顔を晒すなど。
自分が原因で両親が亡くなったから、幸せになる資格はない。
かといって、自殺はできない。両親の行為を無為にしてしまうから。
他人とは極力関わらない。
自分が原因でなにかあったら、今度こそ耐えられないから。
責任を逃れるのは簡単だ。他人の責任で動けばいい。
だから、奴隷という立場に甘んずる。
義務という誤魔化しで動く。危険な任務にも率先して赴く。それで死んでしまったのなら、仕方のないことだから。
言い尽くして、リィズは息切れを起こし、肩で息をしていた。
「だから、わたしは――」
「待て待て、ちょいと待て。俺にも言いたいことがある」
感情的になっているリィズに、征司は言葉尻を被せて押し留めた。
「……?」
「まあなんだ。てめーのこととはいえ、俺の惚れた女を『こんな』とか『なんか』とか卑下するのも気に入らないが……まずは、そうだな」
征司は息を吸い込み、鼻先が触れ合うほどにリィズの顔面間近まで迫った。
「な、なにを!?」
不意で慌てるリィズを完全無視して、声の限り――そして、最大声量を以って征司は叫んだ。
「いっくら、おまえが自分を嫌っててもな! 俺はおまえが好きなんだよ! 大好きなんだよ! この、ばーか!!」
「!!!?」
ただでも聴覚に優れた獣人だけに、至近距離からの怒号に近い大声に、リィズはたまらず獣耳を押さえて蹲った。
「はっはっ! 悪いな。でも、すっとしたぜ」
征司は清々しい表情で鼻下を拭う。
「俺の惚れた女だ。おまえは絶対意志を曲げねえだろ。だったら――」
耳鳴りの続くリィズには届くことがない宣誓を、征司は終えた。
この瞬間、征司は覚悟を決めた。
制限期間は1ヵ月。
いや、もっと短いと考えていていい。
ならば、すぐに行動に移すしかない。
奴隷という立場、仲間の遺志、魔族との戦争――彼女を縛る他のすべてのものをぶっ潰す!
「まずは王都だな!」
征司は内に秘めた気勢を治め、かの方角を睨めつけた。
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