リィズ 1

 カルディナを襲撃した魔王軍は殲滅した。


 しかし、珍しく敵陣に中級魔族が混ざっており、戦場で運悪く遭遇したかなりの人数が命を落としていた。

 度重なる襲撃で、町の守備隊も瓦解寸前となっている。


 近いうち、町の防衛そのものを冒険者ギルドに依存してくるかもしれないが、それでもどれだけ持つかがわからない。

 町を捨てて逃げるという案も出ているが、辺境に位置するカルディナですらこの有様だ。どこに移るかの答えは一向に出ない。


 どの道、征司にはあまり関係のないことだった。

 どんなことになっても、征司はここを離れるつもりはない。


 被害状況の聞き込みと、今後の対処について、町の有力者たちと天幕で話し合っているとき、聞き捨てならない事柄が告げられた。

 今回の襲撃の本隊は、南から北上してきたと。

 これまで、南方からの襲撃を受けたことはない。それは、南に2時間ほど下った先に、獣人の戦奴たちの村――つまり、リィズが所属する部隊が配置されているからだ。


(リィズ――!)


 征司は即座に天幕から飛び出していた。


 復旧作業にあたっている人々の脇を、完全武装のまま走り抜ける。

 何事かと町人が振り返ったが、それらすべてを風景に流して、征司は駆けた。


 道中、行軍から外れたと思しき魔物や魔獣の残党を瞬殺しつつ、征司はいつもの帰路をいつもの数倍の速度で駆け戻った。


 ようやくの思いで獣人の村に着いたとき、征司の視界に入ってきたのは、村の荒れ果てた惨状だった。


 建物は無残に破壊され、数多の足跡で踏み荒らされ、辛うじて建造物の形を残した物も、いまだ炎で燻っていた。

 見慣れていたはずの風景の成れの果てに、征司はしばし唖然となった。


 血痕はあるが、死体はない。

 ということは、弔った者――生存者がいるはずと、征司は我に返って村の中に足を踏み入れた。


 すぐに生き残りの獣人は見つかった。

 征司も見知った顔で、征司に気づいた相手のほうから歩み寄ってきた。


 簡単に経緯を聞くと、折り悪く獣人の主力が哨戒に出ていたときに魔王軍の急襲を受けてしまい、村はほとんど抵抗することもできずに壊滅したらしい。

 急報を聞きつけて戻った主力との戦闘になったものの、1体だけ指揮官と思しき強力な魔族が混じっており、ただでも多数に無勢、獣人側は多大な犠牲を伴なって潰走したという。


 その指揮官とは、カルディナで梃子摺らされた、あの中級魔族のことだろう。


「あいつは――リィズはどうした!?」


「リィズ……あ、小隊長ですか? 小隊長なら――」


 生き残った獣人は、手荷物をまとめて村の北側に集合する手はずとなっており、他の獣人たちと違って村から離れた場所で暮らすリィズは、いったん荷物を取りに家へ戻ったらしい。


 戦死した他の獣人たちに侘びつつも、征司はまず彼女が無事だったことに神仏に感謝した。


 年若き獣人に手短な別れを告げ、征司は今度は家に向かってひた走った。


「――リィズ!」


 征司がドアを蹴破る勢いで家に飛び込むと、ちょうど荷物をまとめているリィズと鉢合わせした。


 一瞬、リィズは驚いた顔をして腰のナイフに手を伸ばしかけていたが、闖入者の正体に気づくと、無言で荷造りを再開していた。


 もう何年前だったか正確には思い出せないが、幼い顔立ちで気の強い仔猫のようだった彼女も、落ち着いた雰囲気を醸し出す大人の女性となった。

 気の強いのは相変わらずだが。


 身体つきもずいぶん変わった。

 小柄だった身長も、10センチ以上は確実に伸びている。

 女性らしく出るところは出てきたし、それでいて無駄のないしなやかな筋肉を纏った戦士でもある。


 素直に美しくなった、と思える。


 毎日のように顔を合わせているのに、そのときなぜか征司はそう感じた。


「無事だったか、リィズ」


「ああ。わたしはなんとかね。たくさんの犠牲者は出てしまったけれど……」


 死傷者について、リィズがぽつりぽつりと話し出す。

 その中には、征司のよく知った者の名前もあった。


 足繁く通っていた最初の頃に比べると、冒険者になって足は遠のいてしまったが、それでも月に一度は村に顔を出していた。

 住人の半分くらいは名前と顔が一致するし、何度も酒を差し入れては飲み明かしたこともある。


 征司が死者を悼み黙祷していると、リィズは唐突に切り出してきた。


「わたしたちは、シルティノ砦に向かうことになった」


 咄嗟に声を出せずにいる征司を、リィズは睨むように真っ向から見据え、


「シルティノ砦に向かうことになった」


 そう繰り返した。


 シルティノ砦。

 言わずと知れた現状に於ける最前線、最大の激戦区である。


「……そっか」


 征司は、ただ一言だけ返した。


 本当にいくのか、とは訊けなかった。

 行かないでくれ、逃げよう、とも言えない。

 それは先に封じられた。それほど断固たる口調だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る