勇者と魔王

 征司はひとり、薄暗い通路をひた走っていた。


 担いだ相棒、大鉈の惨殺丸はもとより、本来は鮮やかな青色の鎧まで含めて、全身を真っ赤な血で染めている。

 それが返り血なのか、自らのものなのか、いちいち気にしている暇もない。


 真っ直ぐに伸びた石畳の通路は広く、先が見通せないくらいに長い。

 城の通路というより、トンネルといったほうが、いっそしっくりくるような様相だ。


 征司はまだお目にかかったことはないが、敵連中には巨人族に匹敵する体躯の者もいるという。

 なるほど、確かに身長が4~5メートルもありそうな者が通行するには、これくらいの規模になってもおかしくないのかもしれない。


 石畳で隠そうともしていない足音は響くが、この騒動の渦中にあっては些細なことだ。

 なにせ、ここは敵の本拠地である魔王城――自分以外には敵しかいないのだから。


 惨殺丸を一閃。

 また1体、暗がりから襲い掛かってきた魔族を一刀のもとに屠る。

 魔族が苦し紛れに放たれた攻撃魔法は、攻撃と同時に張った4層の魔法防御壁で遮断した。


 城内には中級以下の魔族は存在しないらしい。

 下級魔族の攻撃魔法で2層、中級でも3層でお釣りがくるが、ここの連中は4層の魔法防御壁でも危うい。

 気を抜けば、出会い頭の一撃で消し炭となりかねない。


 魔王城に突入してから、およそ1時間。

 征司は休む間もない連戦を強いられていた。


 征司自身も予想はしていたとはいえ、かなりきつい。


(魔王軍の中でも、将軍クラスに匹敵するような輩が、まだこうも残っていやがるたあ……)


 シルティノ砦への大侵攻を控え、魔王城の有力者たちは、ほぼ出払っているという算段だったが、そんなに甘くはなかったようだ。

 いや、算段が的を射ていてその隙を突けたからこそ、これで済んでいるのかもしれないが。


 これまで各地で培った冒険者仲間の助力もあり、十全の状態で魔王城に突入はできたものの、先はまだ長そうだ。

 なにせ、ゴールには親玉の魔王が控えている。

 魔王が配下の魔族よりも弱いということはありえないだろう。


 それからさらに数十もの魔族を薙ぎ払い、長かった道程にも終わりが見えてきた。


 巨大な城の最上階にして最奥に、ひときわ豪奢な両開きの扉が窺える。


 あれこそ終点、王の間に違いない――征司は手にした惨殺丸をよりいっそうの力で握り締める。


 扉の前に、いつの間にかひとりの若き魔族の姿があった。


 魔族の特徴、黒い雄角に銀の双眸は、征司にとってはすでに見慣れたものだったが、瞳だけではなく髪までもが銀色の魔族は初めてだった。

 魔族の銀は、体内から迸る魔力の現われという。雰囲気も、これまでの並みの魔族とは比較にならない。


 魔族が征司に向かって、音もなく手を挙げた。

 殺気が膨れあがり、どこからともなく巻き起こった風が、輝きを増した銀の長髪を吹きあげる。


「すべからく滅び朽ちよ」


(こいつは――やばいっ!)


 征司は城に突入してから初めて足を止め、防御姿勢をとった。


 征司を中心として周囲に黒い霧が立ち込め、瞬時に張り巡らせた魔法の防御壁を猛烈な勢いで侵食し始めた。


 黒い霧が晴れ――その場に五体満足で立ち尽くす征司の姿を認識し、魔族が興味深げに感嘆する。


「魔法が効かないという報告は上がっていたが――これすら耐えるか、人間よ」


「お褒めに与り、どーも」


 耐えるには耐えたが、とんでもない激痛が征司を蝕んでいた。


 感覚から闇系統の魔法とあたりをつけ、闇の防御壁を2層、反属性の光の防御壁を2層、さらに通常の防御壁と、計5層の魔法防御で迎え撃ったが、そのすべてが喰らい尽くされ、再度、5層の魔法壁を張るという荒業を行なう破目になった。


 結局、計9層の魔法壁を突破された時点で防ぐことができたが、どういう作用か筆舌しがたいダメージも受けてしまっていた。


(……連発されると、さすがにまずいか)


 無茶な魔法具使用の副作用か、頭痛も酷い。


 ただ、距離は先ほどよりも詰まっている。

 相手の魔法が先が、間合いに飛び込むのが先かの勝負になるだろう。


 征司は惨殺丸を握り直し、利き足に力を籠める。

 足の指で床を噛み、脹脛の筋肉が膨れ上がった。


 惨殺丸を盾とし、ある程度のダメージは覚悟して、防御よりも攻撃重視で特攻を仕掛ける腹積もりだ。


 ――が、にわかに魔族の殺気が失せた。


「先に進むがよい、人間。この先の玉座に魔王がいる」


 言うが早いか魔族は道を空けると、転移魔法なのか、足元の影に沈みこんで姿を消してしまった。


「……なんだってんだ? 変な奴だ……」


 不可解さを覚えつつも、征司は正面の巨大な両開きの門を開け、中に踏み込んだ。


 一見して、そこは王城の謁見の間だった。

 赤絨毯が床に伸び、階段を経て、壇上に据えられた玉座へと続いている。


 玉座には、肘置きに頬杖を突き、興味なさげに眼下を見下ろす魔族――魔王の姿があった。


 壮年にして、征司を凌駕する体躯に荘厳な風貌。

 雄々しき漆黒の角、銀色に瞬く長髪、深くも鮮やかな銀光を放つ瞳――見た目としては、先ほどの魔族に面差しが似ている気がしたが、内から溢れ出す威圧感と魔力の奔流は比ぶべくもない。

 王を冠する者だけあって、まさに威風堂々とした佇まいだった。


「……ぬしのことは知っておる。『辺境の勇者』などと呼ばれている人間だな。さしづめ此度の大攻勢を前にして、怖気づいた王にでも乞われて、我を討ちに来たか?」


「違うね」


「では、同族の惨状を見かねて、取るに足らない正義感にでも駆られたか? それとも民衆に勇者と煽られ、万人を救おうなどという、くだらない妄想にでも取り憑かれたか?」


「それも違う」


 征司はいずれも即座に否定した。


「この際だ、はっきり言おう。俺はあんたが邪魔なんだ。俺は俺のエゴで、あんたに消えてもらうことに決めた。だから、怨んでもらって結構だ」


 征司は断言する。


 王都で確約は得た。魔王さえ倒せば、戦争は終わる。

 必要をなくした戦奴も奴隷も解放される。リィズを戦いへと誘う、すべてのものを取り払って意味をなくさせる。


 あの死にたがりに死ぬ場所など与えない。与えてなどやるものか。

 リィズは死なせない。命を救う。そのために。


 征司は思いの丈すべてを闘志と化して、魔王の前に曝け出した。


「ほほう!」


 それまで退屈そうだった魔王の眼の色が変わる。


「それはいい……! 実に魔族的な考え方だ! 認識を改めよう、人間よ」


 魔王が歓喜と共に、玉座から立ち上がった。


「ならば我は、勇者に敵対する魔王としてではなく――ぬしの抱く野望を妨げるためだけに、こうして立ち塞がってくれようぞ!」


「いいね、上等だ! 俺の望みのため、こっちも罷り通らせてもらう! 人の恋路を――邪魔してんじゃねえぞ!!」


 雄叫びを以って、両雄は激突した。

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